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「では、こちらへ」
女性隊員の後についていく麗奈。
「ここから先が避難所用のテントが設営されているエリアです」
転がるコンテナやプラスチックパレットが壁際に積まれ、少し先の敷地にはいくつものテントが並んでいる。
遠目に見えるテントはまるでレジャー用の簡易テントのようで、どこも人がすし詰め状態だ。
子どもを抱えたお母さんや車椅子に乗ったお年寄りなどもいて、決して十分な環境とは言い難い。
麗奈は内心辟易したが、それが表情に出ていたのかもしれない。
女性隊員はどこか申し訳なさそうに笑い、もう少し敷地の奥を指し示した。
「あちらです。あそこの大型のシェルターテントになります」
「え……あれって」
麗奈が目を向けると、先ほどとは違ってかなり大きめのテントが見える。
外壁は分厚い帆布で、上部には換気のための開口部らしきものもあるようだ。
「はい。覚醒者向けということで……。呼び出されるモンスターの中には覚醒者との密なふれあいが必須という種もいますので、ある程度広いスペースを確保しているんです。少し贅沢なようにも見えますが、周囲への影響を考えればこちらが妥当かと」
「はあ……」
麗奈は正直ホッとした。
あんな狭いテントに詰め込まれるのは嫌だったし、何よりプライバシーが皆無なのは耐えられない。
それでもこの状況下で自分だけ少し快適な空間に身を置くことに、うしろめたさを感じなくもない。
「では、中へどうぞ」
テント入り口の帆布をめくると、中は思った以上に広々としていた。
床には木製のパレットが敷かれ、簡易マットがその上に広げられている。
人が立ったままでも天井に余裕があるし、壁際には少しばかりの収納スペースもあった。
「わあ……思ってたより、ずっと過ごしやすそう」
正直、こんな状況では贅沢は言えない。
麗奈は素直に安堵する。
女性隊員は「ここが仮住まいになります」と言って、あらかじめ用意されていた冊子を手渡した。
「中には配給の時間や避難所内の利用規則が書かれています。三崎さんのような覚醒者の方々には、モンスター召喚に関する追加ルールも記載してありますので、よく読んでおいてくださいね」
「はい、わかりました」
女性隊員はそれだけ伝えると、「何かあれば私たちを呼んでください」と言って去っていった。
テントの帆布がばさりと揺れ、静かな空気が戻る。
「……はあ」
麗奈はその場でしゃがみ込み、冊子の表紙を眺めた。
表紙には「避難所内行動規則(覚醒者版)」と印刷されている。
ページをめくれば、やれ食事配給の時間だの、禁止行為だの、避難所ネットワークの連絡先だの、小さい文字がギッシリだ。
「面倒くさいなあ……でも読まないとダメだよね」
聞こえる範囲で何人もの声が行き交っているが、テントの外を出歩く気力はまだ湧かなかった。
三崎と離れてしまったことの心細さが、一気に押し寄せてきそうな予感もある。
「でも……お兄ちゃんの役に立たなくちゃ」
呟きながら、ページを一枚ずつめくる。
避難所の配給時間は朝夕の二回、シャワーは週に二回ほど順番制、洗濯は有志で回しているので要相談。
そういった雑多な情報に目を走らせるうちに、いつの間にか数分が経過していた。
すると、不意にテントの外から声がかかる。
「すみませぇーん。どなたかいらっしゃいますかぁ」
間延びした柔らかい声。
麗奈は思わず冊子をぱたんと閉じ、立ち上がって入り口へ近づいた。
「はい、いますよ」
麗奈が顔をのぞかせると、そこには一人の女が立っていた。
「隣のテントの者なんですけど……あ、こんにちはぁ」
肩までのクセっ毛が茶色っぽく、全体的にふんわりした雰囲気がある。
ぽってりした唇と少し垂れ気味の目、そして首から下がやたらと豊満な女。
──同い年くらいかな
毒気のないポワポワとした雰囲気が印象的だ。
「えっと……こんにちは」
麗奈が会釈をすると、相手の女性は「わあ、かわいい……!」と目を輝かせて言う。
思わぬ言葉に、麗奈はどう返していいか一瞬戸惑う。
「ごめんなさい、急にお邪魔しちゃって。私、隣のテントにいる間中 一穂(まなか かずほ)っていいます。呼び方とか何でもいいんで、とりあえず挨拶だけでもって思って」