◆
「間中 一穂です。いちほでもいっちゃんでも何でもいいから、気軽に呼んでね。……あ、迷惑だったらごめんなさい!」
「ううん、そんなことないです。むしろこっちが助かるかも。私、ここ来たばかりで全然勝手がわからなくて……」
麗奈がそう言うと、一穂は安心した様子で笑った。
「そうですか、よかったぁ。実は私も覚醒者枠でここに入ってるんですよ。家族とは一緒に避難所に来たんだけど、覚醒者ってだけで大型のテント割り当てられちゃって……家族とは別居状態なんです」
「そうなんだ……」
麗奈が少し申し訳なさそうに頷く。
ここの避難所は覚醒者用に大きめのテントを割り当てているらしいが、そのぶん家族と離ればなれになってしまうケースも出てくるというわけだ。
「私の家族はみんな普通の人だから、覚醒できたのは私だけなの。ほら、うちってお父さんとお母さん、あと弟がいるんだけど、誰もそんな力持ってないから、あっちの普通の区域にいるのよ。まぁ、様子を見に行ける距離なんだけどね」
「そっか……私も家族とは別行動なんだよね。兄がいるんだけど、今は他のところでいろいろやってて……」
話しているうちに、一穂のふんわりした空気に影響されてか、麗奈の緊張も少し溶けてきた。
「そういえば、麗奈ちゃんはどんなモンスターを呼び出せるの? ここってさ、モンスターの話題ならいくらでも盛り上がれそうでしょ? だって周りみーんな覚醒者か、その家族かだもん」
一穂があけすけな様子で尋ねてくる。
さすがにまだ会って数分の相手に全部話すのはためらいがある。
しかし、ここは覚醒者同士で共通の話題もあるし、情報交換には絶好の機会かもしれない。
──けど、先に相手のモンスターを見せてもらうのがいいかな
そんな考えが頭をよぎり、麗奈は控えめに微笑んだ。
「えっと……もしよかったら、一穂さんのモンスターを先に見せてほしいな。私も見たいかも」
「お、いいよぉ~。かわいすぎてびっくりしないでね」
一穂はそう言うと、自分の胸元を軽く叩いた。
……え? と思った次の瞬間、一穂の服のあたりから何かがぽん、と飛び出してきた。
まるで空気の塊が弾けたような動き。
麗奈は一瞬、視界が追いつかず、「えっ」と声を上げる。
何かがものすごい速さでテント内を飛び回り、ヒュンヒュンと空気を切る音が聞こえる。
「こら~! そんなに飛び回ったらびっくりしちゃうでしょ~。戻っておいで~!」
一穂がなんだか妙に間延びした様子で呼びかけると、その飛び回る何かは少しずつ速度を落としていった。
それは大きな、いや“巨大な目玉”だった。
眼球がぷかぷかと空中を舞い、こちらを凝視しているのだ。
「え、こ、これ……!?」
麗奈は思わず声を上げた。
大きさはソフトボールの球ほどか。
表面に血管のような筋が浮き出ている部分もあり、見た目は正直言ってかなりグロテスクだ。
その巨大な目は懐くように一穂の周囲をひゅるりと飛ぶ。
「私のモンスターね。デモちゃん!」
麗奈の目にもステータス・ウィンドウがちらりと映った。
──『レア度3/睥睨する右眼・デモンズアイ/レベル1』
かわいいといっていいのかどうか疑問だが、それを口に出すほど麗奈はコミュニケーション能力が低くはない。
「すごいね……これでどんなことができるの?」
「すっごい遠くまで見えたりするよ! 私も全部は把握してないんだけどね。遠くを見る時は少し大きくなるの。バスケットボールくらいかな~……」
一穂がデモンズアイを優しく撫でるように触れると、目玉はぷるぷると震えながら嬉しそうに瞳孔を収縮させた。
一穂はこの巨大な目玉を可愛いと思っているらしく、そこに嫌悪感はまったくないようだ。
「へえ……なんだかすごいな」
「でしょ~。でも最初は結構びっくりしちゃってね。自分で呼び出したはずなのに、ずっと悲鳴あげてたんだよね、私」
一穂はけらけらと笑う。
そういう意味では麗奈が“くまっち”と呼ぶアーマード・ベアは愛嬌たっぷりで、ずいぶんと恵まれていたのかもしれない。
「じゃ、次は麗奈ちゃんの番かな。どんな子を呼ぶの?」
一穂がわくわくした様子で言う。
麗奈はテント内をぐるりと見渡した。
配置された物資やランタン類が邪魔にならないか確認し、端のスペースを選ぶ。
「じゃあ……うん、呼ぶね。……くまっち、出ておいで!」
そう言いながら、手のひらを床に向けるようにかざす。
すると、茶色い光の粒子がぱっと弾けて、そこから大きな熊の輪郭が浮かび上がった。
アーマード・ベア。
銀の鎧を装着したような表皮、鋭い爪と頼もしげな顔つき。
巨大な熊がテント内に姿を現し、大きな鼻先をくんくんと動かして匂いを確かめている。
「……わぁ、すごい。これが麗奈ちゃんのモンスター?」
一穂は大きく目を見開き、そして「でかっ……!」と呟いた。
アーマード・ベアはうずくまったまま動かない。
戦闘状態ではないことを理解しているようだ。
眼差しは穏やかで、襲いかかる様子はまるでない。
「……へえ、レア度高ッ。しかも……信頼度、めっちゃ高いね~」
一穂が感嘆の声を上げた。
信頼度?
麗奈は思わず首を傾げた。
「信頼度って……何かな?」
一穂は「あー、そっかそっか」と頷き、デモンズアイをそっと撫でるようにしながら続ける。
「私の子はね、こうやってモンスターのステータスを見るときに、なんか『相性』とか『信頼度』とか、色んな表示が出てくるの。私にもわけわかんない項目が多いんだけど……。ま、デモンズアイがそういう能力を持ってるっぽいから、その情報が私に共有されてる感じかなぁ」
「なるほど……」
麗奈は何となく合点がいった。
自分が持っている視覚情報だけでは、ゴブリンやアーマード・ベアの“レア度”や“レベル”、あるいは“名称”しかわからない。
だけど、一穂のデモンズアイはもっと複雑な情報も読み取れるらしい。
「そう考えると、私には見えていないステータスがあるんだね」
「そうそう。多分、それって麗奈ちゃんの子にもあると思うよ~。『信頼度』とか『忠誠度』みたいなやつ。モンスターとどれだけ心が通じてるか、みたいなイメージなのかも」
一穂はにこにこしながらアーマード・ベアの鼻先を覗き込む。
全然怖がっていないのがすごい。
「いいなぁ~、こんな大きくて立派な子に守られてるんだ。頼もしそう。信頼度も高いし……きっと麗奈ちゃんがちゃんと向き合ってあげてる証拠なんだね」
その言葉に、麗奈は少しうれしくなった。
「そ、そうかな……ありがと。くまっちも嬉しそう」
アーマード・ベアは低く唸るようにして、ゴロンとその場に座り込んだ。
攻撃の意志はなく、むしろ寛いでいる感じだ。
一方、デモンズアイはまだ浮遊したまま、時折まばたきを繰り返しながら周囲を見回している。
「ねえ麗奈ちゃん。私たち、ここでさ、色々情報交換とかしようよ。せっかくお隣さんになったんだし、困ってることも助け合えると思うの」
一穂が嬉しそうに言うと、麗奈も「うん」と即答した。
避難所は混雑しているし、何をするにしても協力者がいたほうが楽だ。
それに、このふんわりした雰囲気の子と話していると、少しだけお兄ちゃんと離れた不安を忘れられる気がした。
「よろしくね、一穂さん」
「いいのいいの、さん付けとかやめて~。一穂か、いっちゃんでいいよ。私も麗奈ちゃんって呼んでいい?」
「もちろん。じゃあ……改めて、よろしく、一穂」