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日山の冷静な指示のもと、覚醒者たちの即席連携が始まった。
アーマード・ベアが前に出て、押し寄せるリトル・サーペントの群れを引きつける。
「くまっち、そのまま!」
麗奈の声に応じて、銀色の巨体が蛇たちの攻撃を一身に受ける。
毒牙が次々と食い込むが、鎧のような毛皮がその多くを弾いていく。
「今だ!」
日山の号令と共に、リリ=パティの小さな狩人たちが一斉射撃を開始する。
矢の雨が蛇の急所を正確に射抜いていく。
「儂のカメ公も行くぞい!」
老人が声を上げると、シールド・タートルが重々しく前進した。
如何にも防御力には自信があるといった風情で頼もし気だ。
──囮に向いてるね
そんな事を思う麗奈。
そして、水商売風の女が操るザックーム。
こちらは小さな枝に次々と何かの実を成らせている。
それを召喚モンスターたちに配っているようだ。
「それたべたらちょっと強くなるから!」
と、女が叫ぶ。
──バフかな
麗奈は素早く理解した。
バフとはゲームの用語で、味方の身体能力を向上させる技能を意味する。
──お兄ちゃんが言っていた通り、なんていうか確かにゲームっぽいね
「バランスは良いみたいだけど……」
しかし──。
「うわああああ!」
悲鳴が上がった。
振り返ると、避難民の一人が蛇に巻き付かれている。
太い胴体が男性の体を締め上げ、骨が軋む音が聞こえた。
「助けて……!」
男性の顔が見る見るうちに紫色に変色していく。
竹田のプラントウィップが必死に蛇を引き剥がそうとするが、力が足りない。
「くまっち!」
麗奈が指示を出すが、アーマード・ベアは他の蛇の群れに囲まれて身動きが取れない。
次の瞬間、嫌な音と共に男性の体が力なく垂れ下がった。
「あ……」
一穂が口を手で覆う。
締め殺された男性の体から、リトル・サーペントがゆっくりと離れていく。
──間に合わなかった
麗奈の胸に苦い感情が込み上げる。
「きゃあああ! やだ、やだあ!」
別の方向から子供の泣き叫ぶ声が響いた。
幼い女の子が母親の腕の中でもがいている。
その細い足首に、別のリトル・サーペントが巻き付いていた。
「離して! お願い、離して!」
母親が必死に蛇を掴もうとするが、ぬめりのある鱗に指が滑る。
蛇はゆっくりと、しかし確実に子供の足を這い上がっていく。
「誰か……誰か助けて!」
母親の絶叫が響く。
麗奈は歯を食いしばった。
──お兄ちゃんがいてくれたら……
思わず弱音が心に浮かぶ。
兄ならきっと、冷静に状況を判断して最適な指示を出せたはずだ。
ゴブリンたちを巧みに操り、効率的に蛇を排除できたに違いない。
──私一人じゃ、全部は守れない
アーマード・ベアは強力だが、数の暴力には限界がある。
目の前で人が死んでいく。
自分の無力さが、胸を締め付けた。
外では自衛隊の対戦車ミサイルが断続的に発射される音が響いている。
サーペンタインとの死闘は続いているが、それどころではない状況が建物内で展開されていた。
「ぎゃああああ!」
今度は中年の男性が、蛇に頭から呑み込まれていく光景が目に入った。
リトル・サーペントが信じられないほど顎を広げ、男性の頭部を包み込んでいく。
男性の手足がばたばたと暴れるが、次第にその動きも弱くなっていく。
「やめて……やめてよ……」
一穂が震え声で呟く。
デモンズアイも主人の恐怖を反映してか、瞳孔を激しく収縮させている。
──逃げ出したい
麗奈の中で、そんな衝動が鎌首をもたげる。
アーマード・ベアがいれば、この建物から脱出することは難しくない。
壁を破って外に出て、そのまま逃走すれば──。
──お兄ちゃんなら、きっとそうしろって言うよね
三崎なら他人を見捨ててでも、妹の生存を優先しろと言うだろう。
それが合理的で、正しい判断だということも麗奈には分かっている。
しかし。
「うわあああん! ママ、ママあ!」
子供の泣き声が、麗奈の逡巡を断ち切った。
──見捨てられない
自分でも呆れるほどの甘さだと分かっている。
こんな感情は、この状況では何の役にも立たない。
むしろ足枷でしかない。
──でも、私は……
麗奈は唇を噛みしめた。
湧き上がる自分の甘さへの嫌悪感。
「くまっち、もっと頑張って!」
声を張り上げて指示を出す。
アーマード・ベアが雄叫びを上げ、群がる蛇たちを薙ぎ払っていく。
しかし倒しても倒しても、新たな蛇が窓や換気口から侵入してくる。
まるで無限に湧いてくるかのような蛇の群れ。
「キリがない……!」
日山も焦りの色を隠せない。
リリ=パティの小さな狩人たちも、少しずつ数を減らしている。
物流センターの中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
床には血が流れ、あちこちに動かなくなった人々が横たわっている。
生き残った人々は、必死に高い場所や物陰に隠れようとしているが、蛇たちはどこまでも執拗に追いかけてくる。
──こんなはずじゃなかった
麗奈の心に後悔が押し寄せる。
避難所で情報を集めて、仲間を増やして、兄に褒めてもらう。
そんな単純な計画だったはずなのに。
──私、何もできてない
アーマード・ベアは確かに強い。
でも、この数の前では焼け石に水だ。
他の覚醒者たちも必死に戦っているが、戦闘向きのモンスターが少なすぎる。
「もうダメだ……」
誰かがそう呟いた。
諦めの空気が、じわじわと広がっていく。
麗奈の中でも、絶望感が頭をもたげ始めていた。
その時──。