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第97話「襲撃⑥」

 ◆


 麗奈は一穂の顔色が変わるのを見て、身構えた。


「どうしたの? 何が見えるの?」


 一穂はデモンズアイを通じて遠くを見ながら、震え声で答える。


「さ、鮫……みたいな……でも、おかしいの」


「鮫?」


 麗奈は眉をひそめた。


 ──まさか、陸に鮫なんて


「でも、脚があるの! 四つ足で歩いてる! 頭がすごく大きくて……」


 一穂の説明は要領を得ないが、その恐怖は本物だった。


 デモンズアイの瞳孔が激しく収縮を繰り返している。


「ちょっと待って、もっと詳しく見るから」


 一穂が集中すると、デモンズアイから情報が流れ込んでくる。


「レア度3……陸侵すマーシャル・ジョーズ、レベル1。能力は『強噛みつき』」


 ──陸を歩く鮫……


 麗奈は内心で苦笑した。


 この世界では何が起きても不思議ではないが、それにしても奇妙な組み合わせだ。


「何匹くらいいるの?」


「えっと……一匹、二匹……うわ、たくさんいる! 十匹以上はいるかも!」


 一穂の声が上ずる。


「なんで陸に鮫が……」


 麗奈は頭を振った。


 理屈を考えている場合ではない。


「なんだか映画みたいだよね」


 一穂が震えながらも、どこか現実離れした感想を漏らす。


「そういうのは映画だけでお腹いっぱい」


 麗奈は苦笑しながら、周囲を見回した。


 まだ生き残っているリトル・サーペントの処理に追われている覚醒者たち。


 ──みんなに知らせないと


「日山さん! 竹田さん!」


 麗奈が声を張り上げると、二人が振り返った。


「新たなモンスターが接近中です! 鮫型ですが、四つ足で陸を歩くタイプ! レア度3、十匹以上!」


 その報告に、覚醒者たちの顔が青ざめた。


「鮫が陸を……?」


 竹田が信じられないという表情で呟く。


「もう何でもありだな……」


 日山は冷静さを保とうとしているが、その顔にも疲労の色が濃い。


「蛇の処理を急ぎましょう。新手が来る前に──」


 その時だった。


 建物の外から、奇妙な音が聞こえてきた。


 ズルズルという、何かを引きずるような音。


 そして──。


「シャアアアッ!」


 甲高い鳴き声が響いた。


 麗奈はアーマード・ベアの感覚を通じて、外の様子を探る。


 鋭敏な嗅覚が、新たな獣臭を捉えた。


 魚のような、しかし陸生動物のような、奇妙な混じり合った匂い。


「来た……!」


 誰かが叫んだ。


 窓の外を見ると、信じられない光景が広がっていた。


 巨大な鮫の頭部を持つ、四足歩行の怪物たち。


 灰色の肌はぬめりを帯び、背びれが不気味に揺れている。


 太い四本の脚で、器用に瓦礫を乗り越えて近づいてくる。


 最も恐ろしいのは、その顎だった。


 何列にも並んだ鋭い歯が、まるで肉を引き裂くための機械のように見える。


「うわ……」


 一穂が小さく呻いた。


 しかし次の瞬間、彼女は別の光景に気づいた。


「あ、蛇が……!」


 麗奈も見た。


 建物から逃げ出していたリトル・サーペントたちが、マーシャル・ジョーズの群れに遭遇していた。


 そして──。


 ガブリ。


 鈍い音と共に、マーシャル・ジョーズの一匹が蛇を噛み砕いた。


 強力な顎の力で、リトル・サーペントの硬い鱗があっさりと破壊される。


「食べてる……」


 佐藤が呆然と呟いた。


 マーシャル・ジョーズたちは、次々と蛇を捕食していく。


 まるでご馳走を見つけたかのように、貪欲に噛み付いていく。


 ──モンスター同士の食物連鎖……? 


 麗奈は奇妙な光景を見つめながら、複雑な感情を抱いた。


 ◆


「覚醒者の皆さん! 至急支援をお願いします!」


 息を切らしながら駆け込んできたのは、先ほどとは別の自衛隊員だった。


 迷彩服は泥と血で汚れ、顔には疲労の色が濃い。


「巨大蛇との戦闘で、我々の戦力は大幅に削られました。負傷者も多く、その対応にも人員を割かなければなりません」


 隊員の言葉に、覚醒者たちは顔を見合わせた。


「今度こそ皆さんの力が必要です。お願いします」


 先ほどまでの、民間人を守ろうとする自衛隊の矜持。


 それが崩れるほどの状況だということが、誰の目にも明らかだった。


「分かりました」


 麗奈は真っ先に応える。


 その時、新たな人影が現れた。


「すみません、負傷者の搬送を手伝ってもらえませんか」


 若い男性自衛隊員だった。


 まだ二十歳前後だろうか、あどけなさの残る顔立ちをしている。


 救護班の腕章を付けているが、その横には奇妙な植物が立っていた。


 ──『レア度4/緑肌の癒葉アロリエール/レベル1』


 麗奈の視界にステータスが浮かぶ。


 巨大なアロエのような姿をしたモンスター。


 肉厚の葉は淡い緑色に光り、その表面からは透明な樹液が滲んでいる。


「自分は新人の宮沢です。つい最近覚醒したばかりで……」


 宮沢と名乗った隊員は、どこか申し訳なさそうに頭を下げた。


「この子の力で、少しでも負傷者の手当てができればと思って」


 アロリエールが葉を震わせると、甘い香りが漂ってきた。


「すごい……レア度4だ」


 一穂が小さく呟いた。


「でも、戦闘は……」


 宮沢が苦笑する。


「ええ、この子は戦えません。でも、傷を癒すことはできるんです」


 外から爆発音が響いた。


 自衛隊がマーシャル・ジョーズの群れと交戦を開始したらしい。


「行きましょう」


 日山の号令で、覚醒者たちが動き出す。


 物流センターの出入り口付近は、まさに戦場と化していた。


 対戦車ミサイルの残骸が散乱し、自衛隊員たちが必死に応戦している。


 しかし、その動きには明らかに疲労が見て取れた。


「撃て! 撃て!」


 隊長の怒声が飛ぶ。


 銃弾がマーシャル・ジョーズの分厚い皮膚に当たるが、致命傷には程遠い。


 鮫型モンスターたちは、その巨大な顎を開いて突進してくる。


「うわあああ!」


 一人の隊員が噛み付かれた。


 防弾チョッキごと、胴体を食いちぎられそうになる。


「くまっち!」


 麗奈の指示で、アーマード・ベアが割って入った。


 銀色の巨体がマーシャル・ジョーズに体当たりを食らわせる。


 鮫型モンスターは隊員を離し、新たな敵に向き直った。


「助かった……!」


 隊員が這いながら後退する。


 その体には深い歯形が刻まれ、血が流れている。


「こちらへ!」


 宮沢が駆け寄り、アロリエールが負傷した隊員の上に葉を広げた。


 透明な樹液が傷口に垂れると、みるみるうちに出血が止まっていく。


「すごい……痛みも和らいで……」


 隊員が驚きの声を上げる。


 しかし、治療している間にも、戦況は悪化していった。


 マーシャル・ジョーズは群れで行動し、巧妙に連携を取っている。


 一匹が正面から突進し、別の個体が横から回り込む。


「囲まれる!」


 誰かの叫び声。


 麗奈は戦況を見渡しながら、冷静に分析していた。


 ──やばいなぁ……くまっちなら一対一でなら勝てると思うんだけど……


「こいつら、知能も高いぞ! 散開して狙いを絞らせないようにしている!」


 また誰かが叫ぶ。


 ──このままじゃ、じり貧だ


 麗奈は唇を噛んだ。


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