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第100話「その頃の三崎②」

 ◆


 三崎たちは廃屋の影に身を潜めながら、息を殺していた。


 住宅街の細い路地は、まるで迷路のようだった。


 崩れかけたブロック塀、錆びついたフェンス、そして至る所から這い出る赤黒い蔦。


 視界は数メートル先までしか効かない。


「この地形は最悪だな」


 陣内が低い声で呟いた。


 アングリー・オーガの巨体は、狭い路地では不利だ。


 身動きが取れず、その強大な力を発揮できないだろう。


「ギギッ」


 ゴブリンの一匹が警戒の声を上げた。


 三崎は即座にその視線の先を追う。


 瓦礫の向こうから、複数の影が蠢いているのが見えた。


「来るぞ」


 高槻が魔剣ラスティソードを構える。


 次の瞬間、角から飛び出してきたのは巨大化したネズミのモンスターだった。


 ──いや、違う。


 三崎は目を見開いた。


 そのラットの体表には、見覚えのある赤い果実の破片がこびりついていた。


 魔植の果実だ。


 そして、そのサイズは通常の倍はある。


 更にサイズが大きいだけではなく──


「ちょっと!レベル高くない!?」


 英子が悲鳴に近い声を上げた。


 巨大ラットは信じられない速度で突進してくる。


 前田のナイト・バルワーが盾を構えて受け止めようとするが──。


 ガァン! 


 金属音と共に、騎士が後方へ吹き飛ばされた。


「なんて力だ……!」


 前田が青ざめる。


 ナイト・バルワーの盾には、深い爪痕が刻まれていた。


「散開しろ! 囲まれるぞ!」


 吉村が叫ぶと同時に、別の方向からも敵が現れた。


 ゾンビ、スケルトン、そして見たこともない昆虫型のモンスター。


 その全てが、通常よりも一回り大きく、動きも俊敏だった。


 魔植の果実を食べたモンスターたち。


 三崎の脳裏に山本の最期がフラッシュバックする。


 人間が食べれば死ぬが、モンスターにとっては強化アイテムなのだ。


「くそっ、キリがない!」


 高槻がラスティソードで敵を斬り伏せながら叫ぶ。


 しかし、倒しても倒しても新たな敵が現れる。


 そして──。


『こちら第三班! 至急援護を! 包囲されている!』


 無線から切迫した声が響いた。


『第五班も危険な状態です! モンスターの数が多すぎる!』


 別の声も続く。


 吉村が苦渋の表情で無線に応答する。


「了解。本部、こちら第七班も苦戦中だが──」


『第七班は現在位置で持ちこたえてください。増援は第三班、第五班を優先します』


 本部の冷徹な判断が下された。


 ──当然だ


 三崎は理解していた。


 より危機的な状況の部隊を優先するのは、戦術として正しい。


 しかし、それは同時に自分たちが見捨てられたということでもある。


「ちっ、俺たちは後回しかよ」


 陣内が舌打ちする。


 その時、三崎の意識に奇妙な違和感が生じた。


 モンスターたちの動き。


 一見すると無秩序に見えるが──。


 ──いや、違う


 三崎は目を凝らした。


 よく見ると、モンスターたちは絶妙なタイミングで攻撃を仕掛けてきている。


 まるで誰かが指揮を取っているかのように。


 そのせいでより手ごわく感じているのだ。


「吉村さん!」


 三崎が叫ぶ。


「この中にボス個体がいます! モンスターたちを統率している何かが!」


 吉村の表情が引き締まった。


「確かに……動きが組織的すぎる」


 即座に無線で本部へ報告する。


 しばらくして、新たな指示が下った。


「狙撃班を高所に配置する。ボス個体を特定次第、排除する」


 自衛隊員の一部が、崩れかけたビルの上階へと移動を開始した。


 しかし──。


「どれがボスだ? 全部同じように見えるぞ!」


 狙撃手の困惑した声が無線から聞こえる。


 混戦の中、標的を特定することは困難を極めた。


 そして、その間にも犠牲者は増えていく。


「うわああっ!」


 一人の自衛隊員が、レベルアップしたゾンビに組み伏せられた。


 通常の三倍はある握力で首を絞められ、みるみるうちに顔が紫色に変色していく。


「助けろ!」


 仲間が駆けつけるが、間に合わない。


 嫌な音と共に、隊員の体が力なく垂れ下がった。


「畜生……!」


 誰かが悔しそうに呟く。


 吉村が決断を下した。


「全員に魔石を配布する! 召喚モンスターを強化しろ!」


 自衛隊員たちが、保管していた魔石の入った袋を開け始める。


 色とりどりに輝く石が、覚醒者たちに手渡されていく。


「これで少しでも戦力を……」


 前田がナイト・バルワーに魔石を与える。


 騎士の鎧が一瞬輝き、より重厚なものへと変化した。


 高槻も魔剣ラスティソードに魔石のエネルギーを注ぎ込む。


 刃がより鋭く、より長くなった。


 三崎は手の中の魔石を見つめた。


 ──偵察には二匹の方が便利だったけど


 これまでゴブリンを二匹のままにしていたのは、それなりの理由があった。


 広範囲を探るには、数が多い方が有利だったのだ。


 しかし今は違う。


 純粋な戦闘力が必要だ。


「二人とも」


 三崎が二匹のゴブリンを呼び寄せる。


 小さな緑の怪物たちは、主人の意図を察したのか、互いに顔を見合わせた。


 ──合成


 三崎が念じると、二匹のゴブリンの体が光に包まれる。


 そして、光が収まった時──。


 そこには一回り大きな、虎縞模様のゴブリンが立っていた。


 タイガーゴブリン。


 鋭い爪と牙を持ち、筋肉質な体躯は明らかに戦闘に特化している。


 しかし三崎はそこで止めなかった。


 魔石を取り出し、タイガーゴブリンへと差し出す。


「進化しろ」


 魔石のエネルギーがゴブリンへと流れ込む。


 再び激しい光が周囲を包み込んだ。


 光が収まると、そこには全く別の存在が立っていた。


 電撃を纏った手斧を握りしめたゴブリン・ジェネラル。


 筋骨隆々とした体躯はアングリー・オーガに勝るとも劣らない。


「すげぇ……」


 高槻が息を呑む。


 ゴブリン・ジェネラルは低い唸り声を上げると、手斧を振るった。


 雷撃が走り、突進してきたレベルアップラットを一撃で焼き払う。


 その圧倒的な戦闘力に、周囲の覚醒者たちから歓声が上がった。


 しかし──。


 三崎の表情は晴れなかった。


 彼の中の"冷徹な自分"が、冷静に状況を分析している。


 ──これでも、まだ足りない


 脳内でシミュレーションが展開される。


 あらゆるパターン、あらゆる戦術。


 しかし、どれを選んでも結末は同じだった。


 全滅。


 全滅。


 全滅。


 敵の数が多すぎる。


 レベルアップした個体の戦闘力が高すぎる。


 ゴブリン・ジェネラルが先ほどなぎ倒したのは、言ってしまえば雑魚だ。


 更に強い個体に対しては相応に力を出さなければならないだろう。


 そして、三崎にはわかるのだ。


 あとどれくらいゴブリン・ジェネラルが力を出せるかが。


 まるでゲームの様に三崎には視えている。


 体力、そして意思の力のようなものが。


 ──必ずボスがいる


 三崎はそう確信している。


 そして、そのボスを倒せば恐らく統率は乱れ、こちらが有利になるだろう。


 姿の見えないボス個体を探して討たねばならなかった。


 だが、ゴブリン・ジェネラルもそうだが、シンプルに強いモンスターというのはとかく派手だ。


 攻撃手段が派手だったり、あとは単純に雄大な体躯をしていたり。


 ゴブリン・ジェネラルは攻撃のたびに雷光を迸らせている。


 ──ボス個体は多分、僕らを見て居場所を変えている


 そんなことを思う。


 必要なのはもっと“静かな力”だった。


 ──僕の"容量"はどれくらいかな? 


 三崎はふと、そんなことを考えた。


 手の中にはまだ使っていない魔石が数個残っている。


 色とりどりに輝くそれらは確かに魅力的だった。


 これらを使えばこの危機を乗り越えられるかもしれない。


 しかし──。


 三崎の脳裏に、再び山本の最期が浮かぶ。


 魔植の実を食べ、苦しみながらモンスターへと変貌していった友人。


 最期に漏らした「おかあさん」という言葉が、今も耳に残っている。


 ──山本はきっと、"容量"をオーバーしたから"ああ"なった


 三崎は魔石を見つめながら考える。


 モンスターが平気で魔石や魔植の実を摂取できるのは、彼らの"容量"が人間より大きいからだろう。


 では自分はどうか。


 覚醒者といっても基本的には人間だ。


 どこまで魔石のエネルギーを受け入れられるのか。


 おおよそこのくらいかな?という見積りはたてられなくもない。


 感覚的なものだが、なんとなくわかるのだ。


 だが絶対ではない。


 ──賭けだ


 三崎は唇を噛んだ。


 このまま戦い続ければ、いずれ力尽きる。


 しかし、魔石を使いすぎれば山本と同じ運命を辿るかもしれない。


 掌の中で、魔石が妖しく輝いている。


 まるで使えと囁いているかのように。


 ゴブリン・ジェネラルが雷撃を放ち、敵を薙ぎ倒していく。


 しかし、倒しても倒しても新たな敵が現れる。


 無限に湧き出てくるかのような、悪夢のような光景。


 そして、どこかに潜んでいるであろうボス個体。


 全てを統率する見えない脅威。


 三崎の額に冷たい汗が浮かんだ。


 魔石が掌の中で熱を帯び始めている。


 そしてまるで、生きているかのように脈動して──。

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