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3-2 緊急全校集会

 体育祭第一日目終了後、急遽呼びかけられた緊急全校集会にも関わらず、多くの男子生徒が大講堂に集結した。

 実は、生徒会による全校集会は、わざわざ講堂に出向く必要はない。その模様は動画サイトでライブ中継され、アーカイブにもしっかり残るからだ。それでも多くの男子が講堂に押し寄せた理由はいわずもがな、アフロディーテ杯だ。

 体育祭のあちこちで、柚への独占告白権アタックチャンスを巡ってケンカが起こった事は、一般生徒にも知れ渡っている。これを理由に生徒会が強権を発動し、中止の圧力をかけてきた時に備え、数にもの言わせて抗議するつもりなのだ。

 おまけに前方の賓客ひんきゃく席には、関係ないはずの招聘選手達まで集まっている。柚を巡って乱闘事件を起こした彼らにも、何らかの沙汰が下るのではないかと、生徒の間ではまことしやかに囁かれていた。


 時間になったところで、私は舞台袖からステージに出る。

 私を筆頭に、生徒会メンバー、風紀委員会メンバーが後に続く。柚が登場すると、ざわめき立つ会場から、ひときわ大きな声援と拍手が響いた。

 私は中央の講壇に立ち、他のメンバーは、テーブルから垂れ下がる役職の幕に従って、席に座った。


「ではこれより、緊急全校集会を開始します。体育祭初日、皆さん、お疲れ様でした」


 第一声を発すると、会場はしんと静まり返った。みんなの視線が痛いくらい、私に集中する。 


「初日から白熱した競技が多かったと聞いていますが……中にはちょっと、はっちゃけ過ぎちゃった人もいたようですね」


 笑みを絶やさずそう言うと、会場からも苦笑いとまばらな拍手が起きる。

 ケンカの是非はともかく、それほどまでに熱中し盛り上がる体育祭に、みんなが満足しているのは間違いない。


「さて。とある信頼できる筋の情報では、ケンカ・乱闘騒ぎを含めたこの白熱の要因は、ここにいる生徒会メンバー時瀬柚さんを巡って、アフロディーテ杯なるものが企画・開催されているからだと聞きました」


 ピーンと張り詰めた空気が、大講堂を支配する。やはりその件かと、誰もが固唾を飲んで見守っている。


「皆さんご存じの通り、瀬名高は格差校則が唯一無二の絶対ルール。上級生はもちろん、先日初めての制限解放リミット・ブレイクを受けた一年生も、その違反者がどのような末路を辿るか、よくご存じでしょう」

「アフロディーテ杯と格差校則は、関係ないだろうっ!?」


 突然、誰かの野次が飛んでくる。私はフッと、余裕の笑みを浮かべて見せる。


「その通りです。瀬名高は自由恋愛。度を越したストーカーでもない限り、告白するもされるも自由。学園のマドンナ的存在の時瀬柚さんに、長期間アプローチできる権利――独占告白権アタックチャンスなるものが、非公式のアフロディーテ杯MVPに贈られたとしても、何の問題もありません」


 安堵の空気が広がる講堂に、私は一言――「ですが」の呪文で凍り付かせる。


「風紀委員長」


 風花は立ち上がると、マイク片手に小さな手帳を読み上げる。


「体育祭初日の風紀違反報告! 男子生徒によるケンカ八件、乱闘騒ぎ二件、うち一件は国内招聘チーム同士によるもの。海外招聘選手においては、時瀬柚が会場を後にするとあからさまに手を抜き、酷い者は試合を途中放棄し走り去ったと、クレームが届いています」


 よく通るソプラノボイスが、凍てつく会場に響き渡った。

 笑みはそのまま、私は説明を続ける。


「瀬名高体育祭は、公式の学校行事。その結果は制限解放にも大きく影響し、ひいては格差校則の根幹を支える大事なイベントのひとつとなっています。いくら自由恋愛主義だからといっても、体育祭の運営を妨げる行為は、生徒会として見過ごすわけにはいきません」


『やっぱり中止かー!』、『強制執行反対!』、『生徒会はいつも俺達を取り締まるだけ』

 講壇の上に置いてあるノートPCを見ると、同時中継されている動画サイトのコメントが流れていく。


「そこで!」


 私はマイクに向かって、指をパチンと鳴らした。

 ドラムロールと共に、舞台両袖から十数人の野球部員が走ってくる。舞台後方、等間隔に脚立を並べ、その上に登る。

 次に、畳んだ横断幕を肩に担いだ、新たな野球部員達が現れる。脚立の上に立つ部員に横断幕を手渡すと「せーの」の掛け声と共に、一気に幕が広げられた。

 ジャーンというSEと共に現れた毛筆書きは――、

『瀬名高アフロディーテ杯争奪・大野球大会』

 私は、ありったけの声を張る。


「我々に隠れて、こそこそ非公式で楽しんでいるんじゃあないっ! そのイベント、生徒会が取り仕切ってやろうじゃないかっ! 瀬名高アフロディーテ杯争奪、大野球大会だっ!」


 一拍遅れてうおおおおっと、男子の唸り声が津波のように迫ってくるっ!


「ルールは簡単。体育祭の新たな種目として、大野球大会を開催する! 生徒有志でチームを結成し、優勝を目指せっ! ちなみに野球部に所属する者は全員、この大会の審判員、運営手伝いに回る事になっている。つまり本職はなしだっ! 海外、国内の招聘選手も自由にチームを組み、参加する事を許可する。優勝したチームのMVPに選ばれた者には……」


 柚は立ち上がると、アイドルのようなかわいいキメポーズを取って、笑顔を振りまく。


「あたしと一週間、友達としてデートを重ねた後、独占告白アタックチャンスに挑戦してもらいますっ!」


 ぐぬおおおおっと、大講堂を揺るがす雄叫びが上がる!

 公式動画サイトもコメントが溢れ過ぎて、会場の様子が全く表示できてない!


「明日! 体育祭二日目に予選試合を行い、決勝進出の二チームを決める。そして三日目、最終日が決勝戦だ! たった今、生徒会ホームページでエントリー用Webサイトを公開した。野球道具は野球部が貸してくれるが、数に限りがあるのでなるべく自前の野球道具を持ってきてほしい。他ルール詳細はサイトに書いてある。我こそはと思う者は、仲間を集めてチームを作り、速攻でエントリーしろっ! 翌朝八時、グラウンドに集合だ!」


 興奮に包まれる大講堂は、自然とウェーブが発生し「会長コール」が叫ばれている。

 血気盛んに拳を上げる者、早速仲間に声をかけている者、どこかへ電話している者、とにかく、若者の活気と活力に満ちている。

 その様子に気をよくした私は、再びマイクを手に取った。


「ちなみにっ! ……生徒会長である私も、アフロディーテ杯に参加する」


 その瞬間、コールとウェーブはピタリと収まり、会場は静けさを取り戻す。

 それと同時に、大講堂の照明が一斉に落ちて、辺りは暗闇に包まれる。

 ノリのいいヒップホップが聞こえてくるとスポットライトが会場を踊り狂い、最後に、舞台袖から現れた蝶ネクタイの生徒を照らし出した。


「ここから先は私、実況部部長、米見帝紀こめみていきがお送りします! では早速、生徒会野球チーム、『生徒会ビーナス』のスターティングラインナップをご紹介します!」


 私はスポットライトを受けると、ポケットの硬球を取り出して、ぐっと前に突き出した。


「一番ピッチャー、生徒会長、時瀬ェ春花ッ! 早朝マラソンで鍛えたスタミナと生徒会長の権限を振りかぶり、豪快なストレートを繰り出す本格右腕! 投げる球は責任としがらみで、がんじがらめに重たいボール! 生徒会長の球を忖度せずに打ち返せる命知らずは、はたして本校にいるのかっ!?」


 スポットライトは次々と、生徒会ビーナスのメンバーに降り注いでいく。


「二番ショート、生徒会書記、葉山ァ世都可ッ! レズビアンを公言する彼女は、リトルリーグ出身! 人の思考を見破る事が得意で、バッターの打球方向を瞬時に計算し、堅実な守りでアウトを量産する守備職人! LGBTQに合わせた臨機応変なバッティングも魅力!」


「三番キャッチャー、生徒会副会長、島君っ! 昔は荒れていたと聞く副会長は、会議を引っ張ってヨシ、反対意見を流してヨシのアベレージヒッター。守備でもID野球を彷彿とさせる銀縁眼鏡は、生徒会長の球ならどんなボールでも受け止める! ゲームを支配し俯瞰するその姿は、正に扇の要だ!」


「四番セカンド、風紀委員長、瀬名風ゥー花ッ! セナの核弾頭はリードオフマンではなかった!? 小っちゃい身体に無敵のパワーを詰め込んだ、瀬名高屈指のファイブツール・プレイヤー! 彼女に長い棒を持たせたら、違反者に逃れる術はないっ! 琉球古武術起源の棒術が、米国生まれのベースボールを駆逐する。生徒会ビーナスの四番は主砲じゃない、NOMOの系譜を継ぐジャパニーズ・トルネードだ!」


「五番サードはなんと、元野球部キャプテンの一之瀬っ! 先日、風紀委員長に取っ捕まった野球部エース橋本の不祥事に、キャプテンが二日間の生徒会奉仕活動を課せられていた! 野球部に退部届を出してまで、生徒会臨時メンバーに名を連ねさせられた一之瀬は、県内屈指のマジモンスラッガー! それはズルくないか生徒会!? 文句があるなら記名の上、目安箱へどうぞ!」


「六番センターは、これまたサッカー部のキャプテン二ノ宮君っ! センターフォワードは安心の俊足保証。足にスポーツの垣根なし! 内野安打でも盗塁でもファインプレーでも、なんでもござれだ! なんで生徒会チームに入っているかって? 野球部キャプテンもやってるからって、騙されたんだよ畜生め!」


「七番ファーストはMI6件の部長、赤崎だ! 部員四名の弱小研究会が、前回の制限解放で前例のない大躍進! 部になったのになんで研究会を名乗っているかって? それがブラフというものだよ明智君、スパイが目立ってどーすんの! 脇役に徹するいぶし銀は、野球でも何を仕掛けてくるか分からない!」


「八番ライトは、謎多き風紀委員会副委員長、綾小路あやのこうじ俊之としゆきくん! 正直この人が公の場に姿を現すとは思っていなかった! ご存じ風紀委員会は、人知れず諜報部員を生徒の中に忍び込ませている。その全容は委員長ですら把握しておらず、何を隠そうこの副委員長のみが、瀬名高の裏社会を牛耳っているのだ! 何が得意でどんな性格かも分からない不気味な存在が、この大会でついにそのベールを脱ぐのかっ!?」


「最後、九番レフト、生徒会折衝、時瀬柚ちゃんっ! 現在進行形で瀬名高を震撼させている、現代版アフロディーテ! この紹介文のためにヒアリングした実況部部員も即座に恋に落ち、まともなインタビューができませんでした! 彼女にデッドボールでも当てようものなら、世界大戦が勃発してもおかしくないぞ! もう本当に怪我だけは注意してね! 好きです、付き合って下さい! あ、僕もフラれ済みでした!」


「以上が我々、生徒会ビーナスだ」


 明るくなった会場に、ブーイングの野次がこだまする。


「ズルいぞ! 生徒会は元々タレント揃いじゃないか!」

「これじゃあ一般生徒がかないっこない!」


「ずるい?」


 一瞥と一言で、私は野次を黙らせる。


「元より不平等・格差社会の時世を、五常で切り拓く気概ある若者を育成する。これが瀬名高の校訓です! 生徒会メンバーが自分達と格差があると言うのなら、それで結構! 不平等、実力差を乗り越える、若者の気概を見せなさいっ!」


 私の啖呵に、会場は水を打ったように静まった。

 それ以上の野次も一切上がってこなくなる。

 動画サイトのコメントを見ても――、


『どうすんのこれ……』『野球部以外で経験者って誰かいるの?』『これじゃ中止と変わらねーよ』


 と、しらけムードが広がっている。


 マズイ。ちょっとやり過ぎたか……。

 もちろん柚の独占告白権アタックチャンスなんて、誰にも与えるつもりなんてない。

 しかし参加チームが出てこなければ、体育祭自体が盛り下がってしまう。

 何か更なる特典を……いや、でもこれ以上となるとさすがに……。


「貸して、お姉ちゃん」


 振り返ると、いつの間にか私の後ろに立っていた柚が、微笑みながら手を差し出している。

 その笑顔が眩し過ぎて、私は言われるままマイクを渡すと、柚は満員の会場に向かって叫んだ。


「お姉ちゃんはいっつも、あたしの事になると過保護になっちゃうの! だからお願いっ、みんなであたしを助けてっ‼」


 次の瞬間、会場は爆発するような大歓声に見舞われた。

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