先鋒の太一は、
「すみませんでした……。せっかく、太一先輩がリードしてくれたのに……」
「相手、三年だったしな。まぁ、気にすんな。風太が絶対取り返してくれるって」
試合を終えた太一と後輩の会話を聞きながら、一星はじっと試合を見守る。試合場で今、戦っているのは中堅。風太だ。
風太、行け……!
「うらぁあああっ!」
風太は今、対戦相手と激しく攻め合って、チャンスを狙っていた。相手は県内でも、トップレベルを争うような強豪で、この中堅の選手はおそらく、このチームの
風太なら、絶対に取り返してきてくれる。次の副将で、もし、また五分になったら……。その時は最後に、俺が取って勝つ……。必ず。
緊張と興奮で高鳴る胸の鼓動を感じながら、みんなと交わした約束を思い出す。ネガティブになっていた後輩たちを励ましてくれた風太、太一。関東大会予選での敗退を引きずりながら、もう一度、前を向いてくれた後輩たち。みんなのために、今日、この試合をどうしても勝ちたいと思った。一星は集中力を高め、じっと風太の試合を見守る。
風太の得意技は、面。その
悔しいけど、あの人の面は、本当に
風太はその面技を引き継いでいるのだ。それをいつも通りに出せば、必ず県トップレベルにも通用する。風太はやや調子にムラがあって、好調なときと、不調なときの差が激しいのが難点だったが、今日はこれ以上ないというほどに安定している。勝てるはずだ。
風太……!
風太の名前を、心の中で必死に呼んで、じっと見守る。すると、それまで激しく攻め合っていた風太が飛んだ。
「メンりゃあああああッ!」
「おぉーっ!」
「いいとこ!」
バグンッ、という
「面あり!」
「よしっ! 風太、いいとこ!」
思わず声が出て、拍手を送る。すると、隣で烏丸が「今日の風太は最強かもな」と嬉しそうに言った。一星は頷く。関東大会から比べても、彼の活躍っぷりは、別人のようだった。
「いけるぞ、風太……」
興奮を覚えながら、そう呟いたとき。不意に、風太が一星のほうを見て、頷いた。まさか聞こえたわけではないだろうから、偶然だろう。しかし、まるで一星の声が聞こえていたかのようなタイミングだった。
風太――……。
面を被った状態ではあるが、彼の目も、視線も、一星にはしっかり見えている。
――一星、お前まで繋ぐ。あとは頼んだぞ。
目は口ほどにものを言う、とことわざがあるが、あれは真実なのかもしれない。今、一星には風太の視線だけで、声まで聞こえているような感覚があるのだ。その不思議な感覚に、一星は感動せずにはいられなかった。胸がいっぱいだった。
言葉が届かなくても、アイツがなにを言いたいのかわかる気がする……。もしかして、相棒って、こんな感じなのかもしれないな……。
そんなことを思う。一年生のとき、誤って穴に落ちたように、風太に恋心を
険悪な主将と副主将。それでも、風太のそばで彼を見つめていられることに満足していたのだ。けれど、今。一星はほんの少しだけ後悔している。もし、一年生のときから風太に心を打ち明けて、こんな関係になれていたら。もっと早く、彼を相棒だと感じられるような関係になれていたのだろうか、と。
なにをもたもたしてたんだろうな、俺は……。せっかく、風太と相棒になれたのに。もう三年になっちゃったじゃないか……。
しかも、この試合で敗退すれば、一星と風太の現役生活はここで終わりだ。泣いても笑っても、これが引退試合になってしまう。できれば、もっと早く。たとえば去年、白河たちが引退したタイミングで、一星が風太との関係を深めようとしていたら。この感覚をもっと早くに、長く味わえたのかもしれない。そう思いかけたが、かぶりを振る。タラレバを言うのは好みではない。
まだ、終わらせたくない。俺たちはまだ、終わらない……! この試合を勝って、インハイへ行くんだ……!
この試合が最後かもしれないなんて、今は考えたくない。一星は面タオルで頭を巻くと、面をつけ、立ち上がった。
***
その後、西御門高校と
大将戦の直前、ギャラリーの数は急に増えはじめていた。観客席はこれまでになくざわついている。錬成会で、引き分けのスコアがあったとしても、勝率は圧倒的に
それなのに、副将戦まで終えた今、どちらが勝つかわからないなんて、こんな戦況は、誰も予想していなかったに違いない。きっと、ギャラリーは大番狂わせの予兆みたいなものを感じている。そうして、まさかそんなことが起こるはずがないと、順当な結果を望んでいるのかもしれない。だが、周囲がどうあっても、一星はこの試合を勝つ気でいる。勝って、八月半ばに行われるインターハイへ行くのだ。
取るぞ、一本……。
――とはいえ、相手は強豪校の大将。カンタンに取らせてもらえるはずはない。こういう場合は、派手に技をかけるよりも、とにかく地味に時間をかけて、じっくり一本を狙う必要がある。悔しいが、相手からすれば一星は格下だ。ただ、その格下相手になかなか打たせてもらえない、となれば、相手は必ず
我慢大会みたいな試合になりそうだな……。
覚悟を決め、開始線で構えて腰を落とし、
「……はじめぇッ!」
数秒後。主審の号令があって、一星は立ち上がった。同時に、松浦も立ち上がる。会場じゅうから、拍手と歓声が湧く。西御門高校対、