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13ー2

 先鋒の太一は、とうしょうだい三笠みかさ高校の先鋒に対し、互角の戦いを見せる。立ち上がりから、休みなく攻め、得意技を狙って見事に一本を取り、そのまま一本勝ちで試合を終えた。だが、次鋒で一本を取り返され、再び戦況は五分。振り出しに戻された形になった。


「すみませんでした……。せっかく、太一先輩がリードしてくれたのに……」

「相手、三年だったしな。まぁ、気にすんな。風太が絶対取り返してくれるって」


 試合を終えた太一と後輩の会話を聞きながら、一星はじっと試合を見守る。試合場で今、戦っているのは中堅。風太だ。


 風太、行け……!


「うらぁあああっ!」


 風太は今、対戦相手と激しく攻め合って、チャンスを狙っていた。相手は県内でも、トップレベルを争うような強豪で、この中堅の選手はおそらく、このチームのかなめともいえる存在だ。しかし、今の風太には、これまでにない安定感がある。技のキレもいい。一星は思う。今の風太で勝てないなら、たぶん自分も勝てないだろう――と。


 風太なら、絶対に取り返してきてくれる。次の副将で、もし、また五分になったら……。その時は最後に、俺が取って勝つ……。必ず。


 緊張と興奮で高鳴る胸の鼓動を感じながら、みんなと交わした約束を思い出す。ネガティブになっていた後輩たちを励ましてくれた風太、太一。関東大会予選での敗退を引きずりながら、もう一度、前を向いてくれた後輩たち。みんなのために、今日、この試合をどうしても勝ちたいと思った。一星は集中力を高め、じっと風太の試合を見守る。


 風太の得意技は、面。そのするどさは、張り詰めた弓から放たれた矢のようだ。なにしろ、彼の面技は、憧れの白河を必死に真似まねて、身につけた技なのだから。


 悔しいけど、あの人の面は、本当に脅威きょういだったからな……。


 風太はその面技を引き継いでいるのだ。それをいつも通りに出せば、必ず県トップレベルにも通用する。風太はやや調子にムラがあって、好調なときと、不調なときの差が激しいのが難点だったが、今日はこれ以上ないというほどに安定している。勝てるはずだ。


 風太……!


 風太の名前を、心の中で必死に呼んで、じっと見守る。すると、それまで激しく攻め合っていた風太が飛んだ。


「メンりゃあああああッ!」

「おぉーっ!」

「いいとこ!」


 バグンッ、というにぶい音と、風太の技を決める声のあと、自チームから歓声が湧く。同時に、三本の白い審判旗がそろって上げられた。白を表すのは、西御門高校側のたすきの色。風太が一本を取ったのだ。


「面あり!」

「よしっ! 風太、いいとこ!」


 思わず声が出て、拍手を送る。すると、隣で烏丸が「今日の風太は最強かもな」と嬉しそうに言った。一星は頷く。関東大会から比べても、彼の活躍っぷりは、別人のようだった。


「いけるぞ、風太……」


 興奮を覚えながら、そう呟いたとき。不意に、風太が一星のほうを見て、頷いた。まさか聞こえたわけではないだろうから、偶然だろう。しかし、まるで一星の声が聞こえていたかのようなタイミングだった。


 風太――……。


 面を被った状態ではあるが、彼の目も、視線も、一星にはしっかり見えている。面金めんがねの間からのぞく彼の目に、これほどまで強い念を感じたのははじめてだった。


 ――一星、お前まで繋ぐ。あとは頼んだぞ。


 目は口ほどにものを言う、とことわざがあるが、あれは真実なのかもしれない。今、一星には風太の視線だけで、声まで聞こえているような感覚があるのだ。その不思議な感覚に、一星は感動せずにはいられなかった。胸がいっぱいだった。


 言葉が届かなくても、アイツがなにを言いたいのかわかる気がする……。もしかして、相棒って、こんな感じなのかもしれないな……。


 そんなことを思う。一年生のとき、誤って穴に落ちたように、風太に恋心をいだき、その想いをひた隠しにしながら、彼とは張り合ってばかりいた。周囲には犬猿コンビと呼ばれて揶揄やゆされながら、ケンカという形でも、彼との接点を持てることを、好都合だと思っていた。


 険悪な主将と副主将。それでも、風太のそばで彼を見つめていられることに満足していたのだ。けれど、今。一星はほんの少しだけ後悔している。もし、一年生のときから風太に心を打ち明けて、こんな関係になれていたら。もっと早く、彼を相棒だと感じられるような関係になれていたのだろうか、と。


 なにをもたもたしてたんだろうな、俺は……。せっかく、風太と相棒になれたのに。もう三年になっちゃったじゃないか……。


 しかも、この試合で敗退すれば、一星と風太の現役生活はここで終わりだ。泣いても笑っても、これが引退試合になってしまう。できれば、もっと早く。たとえば去年、白河たちが引退したタイミングで、一星が風太との関係を深めようとしていたら。この感覚をもっと早くに、長く味わえたのかもしれない。そう思いかけたが、かぶりを振る。タラレバを言うのは好みではない。


 まだ、終わらせたくない。俺たちはまだ、終わらない……! この試合を勝って、インハイへ行くんだ……!


 この試合が最後かもしれないなんて、今は考えたくない。一星は面タオルで頭を巻くと、面をつけ、立ち上がった。


***




 その後、西御門高校ととうしょうだい三笠みかさ高校の試合は、互いに一歩も引かない状態で、大将戦へと引き継がれた。中堅の風太が大健闘し、次鋒の一本負けを取り返した形となったが、再び副将で取り返されてしまい、きれいに五分の状態になっていたのだ。一星は大将戦を迎え、試合場に一歩入り、相手と呼吸を合わせるようにして、開始線へ三歩で進んでいった。


 大将戦の直前、ギャラリーの数は急に増えはじめていた。観客席はこれまでになくざわついている。錬成会で、引き分けのスコアがあったとしても、勝率は圧倒的にとうしょうだい三笠みかさ高校のほうがいいわけだし、一般的に見ても、彼らのほうが強豪校としては馴染みがあるだろう。少なくとも、西御門高校よりは、彼らのほうが知名度があるはずだ。


 それなのに、副将戦まで終えた今、どちらが勝つかわからないなんて、こんな戦況は、誰も予想していなかったに違いない。きっと、ギャラリーは大番狂わせの予兆みたいなものを感じている。そうして、まさかそんなことが起こるはずがないと、順当な結果を望んでいるのかもしれない。だが、周囲がどうあっても、一星はこの試合を勝つ気でいる。勝って、八月半ばに行われるインターハイへ行くのだ。


 取るぞ、一本……。


 ――とはいえ、相手は強豪校の大将。カンタンに取らせてもらえるはずはない。こういう場合は、派手に技をかけるよりも、とにかく地味に時間をかけて、じっくり一本を狙う必要がある。悔しいが、相手からすれば一星は格下だ。ただ、その格下相手になかなか打たせてもらえない、となれば、相手は必ず苛立いらだち、やがてはボロが出る。そこを狙うのだ。


 我慢大会みたいな試合になりそうだな……。


 覚悟を決め、開始線で構えて腰を落とし、蹲踞そんきょをする。相手の垂れネームを確認する。そこには、「松浦」とあった。彼とはもう何度も錬成会で戦っている。とうしょうだい三笠みかさ高校、Aチームの大将だ。


 馴染なじみの対戦相手で、互いに、ある程度の手の内はわかっている。おそらく、そのせいで向こうも慎重になってくるだろう。


「……はじめぇッ!」


 数秒後。主審の号令があって、一星は立ち上がった。同時に、松浦も立ち上がる。会場じゅうから、拍手と歓声が湧く。西御門高校対、とうしょうだい三笠みかさ高校の大将戦がはじまった。

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