一星が風太に告白した日の翌日から、中間テストが始まった。幸い、出来はまずまずだったが、その一方で、風太は今回の中間テストも散々だったようだ。ただし、テスト前日の山張りが当たったところもいくらかあったらしく、どうやら赤点だけは、
一星たちは、調整稽古を数日終え、大会当日を迎えていた。インターハイ県予選は、三年生にとっては、最後の公式試合となる可能性が高い。県予選で勝ち進めば、夏のインターハイまで繋がるが、負ければ、引退。しかも、この県予選からインターハイへの切符を獲得するには、今日の試合で優勝、あるいは準優勝をしなければならない。インターハイへの枠は、県でたった二枠なのだ。だが、今回は、先日の関東予選よりも、ほんの少しだけ希望があった。
「今回は、ひょっとしたら狙えるかもしれないぞ」
「本気ですか、インハイですよ……?」
「うん。でも、この並びなら、ワンチャンある」
一星はアップを終えたあと、開会式の時間まで、レギュラーメンバーと控え室で円になり、パンフレットを
レギュラーメンバーには、後輩が四人入っている。関東予選と同じメンバーだ。しかし、関東予選で県内の強豪、白波高校に負けた彼らは、今回のインターハイ予選では、ややネガティブになっていた。
「たしかに、白波との位置は遠いけど……。こっち側の山には、
「白波よりはずっといいよ。それに、
一星がそう言うと、太一もそれを思い出したのだろう。「たしかに!」と明るい声で
関東予選で、一星たちを破って勝ち抜き、優勝した白波高校。彼らは、今大会のトーナメント表では、西御門高校と真逆の場所にいた。もちろん、強豪チームは一校ではなく、勝ち進めばそれだけ、強いチームとあたる可能性が高くなる。中でも、
「でも……、関東大会に行けなかった僕たちが、インハイなんて行けるんでしょうか……」
「
「勝って、先輩たちとインハイに行きたいけど……」
まだ戦ってもいないし、勝っても負けてもいないのに、なんとも重々しい、どんよりした雰囲気で、後輩たちはそう話した。一星はため息を
たしかに、彼らの言う通りだ。一星たちがトーナメントを勝ち抜いて、準決勝までたどり着くのだって、奇跡に近いものがある。けれど、不可能ではない。相手は鬼でも妖怪でもなく、世界剣道大会の優勝チームでもなく、同じ県内で剣道部として活動している、同年齢の高校生チームなのだから。
ただし、ここで一星がそれを言ったところで、今の彼らのメンタルでは、とても前向きになってくれそうになかった。
参ったな……。みんな、この前の負けを相当引きずってる……。
このままでは、チャンスがあってもないのと同じ。実力を出しきれないで、また負けることになりそうだ。――と、そう思った時だった。
「……心配すんな」
不意に、ぶっきらぼうな口調が聞こえて、メンバーは一斉に、声のした方へ目を向ける。その先にいたのは、風太だった。
「どうにかドローまで持ってったら、最後には一星が絶対、取ってきてくれっから。信じて、そこまで繋げんぞ」
ミーティングが始まってから、ずっと無言で聞いていた風太がそう言ったあと、後輩たちは顔を見合わせて黙った。一星は隣にいる風太を見つめ、頷く。すると、途端に。風太は顔を
あ――……。今、絶対かわいい顔してる……。
その反応に、思わず胸の奥がきゅっと狭くなる。風太がそうしたのは、照れくさいのを必死に隠そうとしているからだと、一星にはわかるのだ。主将への信頼を表す嬉しい言葉と、かわいい反応を見せられて、たちまち一星の胸は熱くなり、その熱が全身を巡っていく。それは言うなれば、手や足の末端まで、エネルギーで満たされていくような感覚だった。
「風太の言う通りだ。俺まで繋げてくれたら、必ず取る」
「オレも今回は、いい流れ作れるように頑張るよ!」
「うん。太一も頼んだ。みんな、やれることを精一杯やろう。信じて繋げてくれ」
「はい……!」
「わかりました……!」
後輩たちにも、この感覚が共有されたのだろうか。みんなが
やがて、開会式を
「風太!」
「おー?」
「さっきのフォロー、助かった。ありがとうな」
「おう。いいから……、早く行くぞ」
風太は照れくさそうな顔で、口を尖らせ、
***
西御門高校は、一回戦、二回戦、三回戦を順調に勝ち抜き、ベスト
錬成会での戦績はだいたい半々くらいで、ほとんど差はない。とはいえ、ここまで来れば、もうできることは少ないのだ。どんなに相手に勝ちたいと思っても、突然、いつも以上の実力を出すことはできない。ここで戦うために使える武器は、今の自分と、これまでの2年半で
さらに、ここにいるすべてのチームが、毎日、必死に稽古を積み重ね、この舞台のために備えてきている。この会場内に頑張っていないチームは1校だっていない。その厳しい戦いの中で、勝敗を決めるのは、より強い勝利への執着と、全員の団結力。それから、勝負運だ。
さて、インターハイ出場をかけた、県の予選会、準々決勝戦。一星たちは
チーム内のメンバーの誰もが、同じところを見て、目指している感覚があって、不思議なほど一体感があるのだ。そのせいか、みんなが勝敗関係なく、いい試合をしている。一星自身もまた、それを強く感じていた。
すごい……。俺たちは今日、本当にインハイ出場の切符を取れるかもしれない……。
そう心の中で思ったとき、ぞわりと全身に鳥肌が立った。会場内を見回して思う。これまで見てきた景色と、今、目の前に広がる情景は、ずいぶんと違っている。
いつもなら一星たちは、この準決勝戦の前にとうに敗退し、ジャージ姿になって、観客席からアリーナを観ていた。それなのに、いつも悔しさと羨ましさを噛みしめながら眺めていたアリーナに今、一星は立っている。目の前には強豪校。
「一星、円陣組むぞ」
「あぁ」
準決勝戦の直前、風太が声をかけ、円陣を組む。左隣には太一。右隣には風太がいる。
「みんな、ここまで来たぞ。あと一歩だ」
一星が言うと、全員が頷いた。
「やっぱ、相手は
「うん、予想通り」
先鋒の太一が言ったあと、風太がみんなの目を順番に見て言った。
「いいか。相手が誰だろうと、やることは変わんねえ。変に気張んな。いつも通り、できることをやるぞ」
「はい……!」
「了解!」
一星は風太の言葉に
もしかしたら、ここで敗退すれば、この試合が引退試合になるということも手伝って、余計な雑念を振り払えているのかもしれない。なにはともあれ、彼の言葉も、試合での戦いっぷりも、これまでになく頼もしかった。
「よーし。それじゃあ、行こうか!」
「はい!」
「おう!」
一星の声かけで、レギュラー六人、全員が返事をする。ほどなくして、整列を