目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

13 相棒~源一星~

 一星が風太に告白した日の翌日から、中間テストが始まった。幸い、出来はまずまずだったが、その一方で、風太は今回の中間テストも散々だったようだ。ただし、テスト前日の山張りが当たったところもいくらかあったらしく、どうやら赤点だけは、けられたようだった。そして、翌月。あっという間にインターハイの県予選の日はやってきた。


 一星たちは、調整稽古を数日終え、大会当日を迎えていた。インターハイ県予選は、三年生にとっては、最後の公式試合となる可能性が高い。県予選で勝ち進めば、夏のインターハイまで繋がるが、負ければ、引退。しかも、この県予選からインターハイへの切符を獲得するには、今日の試合で優勝、あるいは準優勝をしなければならない。インターハイへの枠は、県でたった二枠なのだ。だが、今回は、先日の関東予選よりも、ほんの少しだけ希望があった。


「今回は、ひょっとしたら狙えるかもしれないぞ」

「本気ですか、インハイですよ……?」

「うん。でも、この並びなら、ワンチャンある」


 一星はアップを終えたあと、開会式の時間まで、レギュラーメンバーと控え室で円になり、パンフレットをのぞき込みながらミーティングをおこなっていた。


 レギュラーメンバーには、後輩が四人入っている。関東予選と同じメンバーだ。しかし、関東予選で県内の強豪、白波高校に負けた彼らは、今回のインターハイ予選では、ややネガティブになっていた。


「たしかに、白波との位置は遠いけど……。こっち側の山には、とうしょうだい三笠みかさ高校がいるじゃないっすか……」

「白波よりはずっといいよ。それに、とうしょうだい三笠みかさなら、錬成会でドローまでいったこともある」


 一星がそう言うと、太一もそれを思い出したのだろう。「たしかに!」と明るい声で相槌あいづちを打った。


 関東予選で、一星たちを破って勝ち抜き、優勝した白波高校。彼らは、今大会のトーナメント表では、西御門高校と真逆の場所にいた。もちろん、強豪チームは一校ではなく、勝ち進めばそれだけ、強いチームとあたる可能性が高くなる。中でも、とうしょうだい三笠みかさ高校は、白波高校に次ぐ強豪だった。しかし、その高校と対戦するのも、準決勝戦までは当たらない。今回のトーナメントの並びは、まさに奇跡だった。だが、後輩たちの顔色は曇っている。


「でも……、関東大会に行けなかった僕たちが、インハイなんて行けるんでしょうか……」

とうしょうだい三笠みかさ以外にも、強い学校はいるし……」

「勝って、先輩たちとインハイに行きたいけど……」


 まだ戦ってもいないし、勝っても負けてもいないのに、なんとも重々しい、どんよりした雰囲気で、後輩たちはそう話した。一星はため息をらす。


 たしかに、彼らの言う通りだ。一星たちがトーナメントを勝ち抜いて、準決勝までたどり着くのだって、奇跡に近いものがある。けれど、不可能ではない。相手は鬼でも妖怪でもなく、世界剣道大会の優勝チームでもなく、同じ県内で剣道部として活動している、同年齢の高校生チームなのだから。


 ただし、ここで一星がそれを言ったところで、今の彼らのメンタルでは、とても前向きになってくれそうになかった。


 参ったな……。みんな、この前の負けを相当引きずってる……。


 このままでは、チャンスがあってもないのと同じ。実力を出しきれないで、また負けることになりそうだ。――と、そう思った時だった。


「……心配すんな」


 不意に、ぶっきらぼうな口調が聞こえて、メンバーは一斉に、声のした方へ目を向ける。その先にいたのは、風太だった。


「どうにかドローまで持ってったら、最後には一星が絶対、取ってきてくれっから。信じて、そこまで繋げんぞ」


 ミーティングが始まってから、ずっと無言で聞いていた風太がそう言ったあと、後輩たちは顔を見合わせて黙った。一星は隣にいる風太を見つめ、頷く。すると、途端に。風太は顔をそむけ、咳ばらいをした。


 あ――……。今、絶対かわいい顔してる……。


 その反応に、思わず胸の奥がきゅっと狭くなる。風太がそうしたのは、照れくさいのを必死に隠そうとしているからだと、一星にはわかるのだ。主将への信頼を表す嬉しい言葉と、かわいい反応を見せられて、たちまち一星の胸は熱くなり、その熱が全身を巡っていく。それは言うなれば、手や足の末端まで、エネルギーで満たされていくような感覚だった。


「風太の言う通りだ。俺まで繋げてくれたら、必ず取る」

「オレも今回は、いい流れ作れるように頑張るよ!」

「うん。太一も頼んだ。みんな、やれることを精一杯やろう。信じて繋げてくれ」

「はい……!」

「わかりました……!」


 後輩たちにも、この感覚が共有されたのだろうか。みんながそろって返事をした。同時に、表情も明るくなっていく。風太のおかげで、ちょっとネガティブだった後輩たちの士気は、無事に上がってくれたようだ。一星はホッとひと息をく。


 やがて、開会式をしらせる放送があって、一星たちは、アリーナへ移動した。その途中、一星は風太を呼びとめる。


「風太!」

「おー?」

「さっきのフォロー、助かった。ありがとうな」

「おう。いいから……、早く行くぞ」


 風太は照れくさそうな顔で、口を尖らせ、こたえる。一星は彼の背中を追う。高校生最後のインターハイ県予選、開会式はそれから間もなくして、始まった。


***



 西御門高校は、一回戦、二回戦、三回戦を順調に勝ち抜き、ベストエイトまで勝ち上がった。その次の試合は準々決勝。相手は県内強豪の横浜みらい高校だった。


 錬成会での戦績はだいたい半々くらいで、ほとんど差はない。とはいえ、ここまで来れば、もうできることは少ないのだ。どんなに相手に勝ちたいと思っても、突然、いつも以上の実力を出すことはできない。ここで戦うために使える武器は、今の自分と、これまでの2年半でつちかってきた技と経験値。それだけだ。


 さらに、ここにいるすべてのチームが、毎日、必死に稽古を積み重ね、この舞台のために備えてきている。この会場内に頑張っていないチームは1校だっていない。その厳しい戦いの中で、勝敗を決めるのは、より強い勝利への執着と、全員の団結力。それから、勝負運だ。


 さて、インターハイ出場をかけた、県の予選会、準々決勝戦。一星たちは僅差きんさで横浜みらい高校に勝利し、ついに三位入賞を果たした。チームの調子も、雰囲気も、これまでで最も好調だった。


 チーム内のメンバーの誰もが、同じところを見て、目指している感覚があって、不思議なほど一体感があるのだ。そのせいか、みんなが勝敗関係なく、いい試合をしている。一星自身もまた、それを強く感じていた。


 すごい……。俺たちは今日、本当にインハイ出場の切符を取れるかもしれない……。


 そう心の中で思ったとき、ぞわりと全身に鳥肌が立った。会場内を見回して思う。これまで見てきた景色と、今、目の前に広がる情景は、ずいぶんと違っている。


 いつもなら一星たちは、この準決勝戦の前にとうに敗退し、ジャージ姿になって、観客席からアリーナを観ていた。それなのに、いつも悔しさと羨ましさを噛みしめながら眺めていたアリーナに今、一星は立っている。目の前には強豪校。とうしょうだい三笠みかさ高校をのぞんで。


「一星、円陣組むぞ」

「あぁ」


 準決勝戦の直前、風太が声をかけ、円陣を組む。左隣には太一。右隣には風太がいる。


「みんな、ここまで来たぞ。あと一歩だ」


 一星が言うと、全員が頷いた。


「やっぱ、相手はとうしょうだい三笠みかさでしたね」

「うん、予想通り」


 先鋒の太一が言ったあと、風太がみんなの目を順番に見て言った。


「いいか。相手が誰だろうと、やることは変わんねえ。変に気張んな。いつも通り、できることをやるぞ」

「はい……!」

「了解!」


 一星は風太の言葉に微笑ほほえみ、無言のまま頷く。このメンバーの中で、今日、最も調子を上げているのは、おそらく風太だった。彼は今回、いい意味で吹っ切れている。前回の関東予選での悔しさをうまく消化し、ポジティブなエネルギーに変えられたのだろう。


 もしかしたら、ここで敗退すれば、この試合が引退試合になるということも手伝って、余計な雑念を振り払えているのかもしれない。なにはともあれ、彼の言葉も、試合での戦いっぷりも、これまでになく頼もしかった。


「よーし。それじゃあ、行こうか!」

「はい!」

「おう!」


 一星の声かけで、レギュラー六人、全員が返事をする。ほどなくして、整列をうながす号令がかかり、準決勝戦は始まった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?