「なぁ、風太。イルカってさ、すげえジャンプするじゃん。あれって、飛ばせる訓練するんじゃないんだって」
「え、そうなの?」
「うん。もともと、イルカって日常的にジャンプする動物らしいよ。だから、合図とかそういうのだけ認識させれば、あとは合図でジャンプしてくれるようになるんだってさ」
「へえー。なんか、おもしれー。すげえパリピっぽくね、イルカ」
「だよな。でもさ、そのポテンシャルっつーか、エネルギーすげえよな」
一星は、イルカのプールを眺めながら話して、
「なぁ。一星って、魚とか好きなの?」
「え?」
「いや、行きたい場所トップ
「あぁ、特に魚が好きってわけじゃないんだけどさ。……行ってみたかったんだよ、お前と」
「え……」
「水族館って、なんか一番デートっぽいなと思ってさ。行ってみたかったんだよね。風太とデートっぽいことしたら、どんな感じになるんだろうって……」
「お、おう……」
「でも、風太は絶対選んでくれないと思ってたから、正直、マルついててビックリした」
「……なんだよ、それ。じゃあ、べつに魚が見たかったわけじゃねーのか」
「ごめん……。でも、すげえ嬉しい。風太と一緒に、えのすい来られるなんて、思わなかった」
そう言って一星は、やはり嬉しそうに
「まぁ、おれは……、べつになんでもいいけど……。魚も好きだし! マグロとか、はまちとか……、サーモンとか、イクラとか……」
「……ッ!」
思い当たる限り、好きな魚をテキトーに言い連ねていると、急に一星が噴き出し、けらけら笑いはじめた。だが、風太は冗談を言ったつもりはない。
「なんで笑うんだよ……」
「だってお前、それ……! 全部、寿司ネタだろ……!」
「あ――……。でも魚に変わりはねぇじゃん」
「いや……! だとしても、イクラはまだ魚じゃねえし」
「あ、そっか」
そう返すと、一星は目に涙を溜め込んで、ひとしきり笑った。腹を
なんかツボに入ったのか……? まぁ、楽しそうだからいいけど――……。
そう思った時だ。不意に、一星にひと
なんて表情をするのだろう。あまりに柔らかく、うっとりとした
クソ……ッ、ドキドキすんな、おれ……!
ほどなくして、音楽が鳴り響き、歓声が上がり、イルカショーが始まる。一星は目をキラキラさせながら、登場とともにジャンプをはじめたイルカたちに、拍手を送っていた。
***
ドキドキしながらイルカショーを観たあと、風太は一星と一緒に館内を回った。相模湾を再現した水槽に、ペンギンやアザラシ、ウミガメ、カピバラの展示室。地元名産品である、シラスの水槽。
昔、雅に連れてきてもらったときの記憶を、ひとつずつ重ね合わせながら見て回るうちに、うるさかった心臓の鼓動はだんだんと穏やかになり、途方もなく懐かしい気持ちになる。そうして、隣にいる一星の顔を見ると、ふたり
「なんか……、変な感じだな」
「なにが?」
「子どもの頃に戻ったみたいでさ。お前とはここに来たことなかったけど、すっげえ懐かしい感じするわ」
「そうだな……」
一星も同じことを思ったのか、ただ、なんとなく
どちらにしても、彼にそういう顔をさせられたのなら、風太は満足だった。だが――。
おっとぉ……、ここは……。
そんなノスタルジーな気分は、クラゲだけを集めた水槽の展示室に入った途端、吹き飛んでしまった。暗く巨大な水槽の中を、ふわふわと漂うクラゲの群れと、青白く光る証明。中央には巨大なガラスドーム。そこは、今の風太と一星にはあまりに幻想的で、ロマンチックだった。
おおぉ……。なんか……、ここはまずい……。とてつもなくまずいぞ……。
不意に、水槽に映った自分と、一星の姿が目に入る。その途端、風太の頬はかあっと熱を持った。まるで、そこに映った光景が、本当にデートをしているように見えてしまったからだ。
「一星、あっち行こうぜ。おれ、もっかいカピバラ見てえ……」
「あぁ、うん……」
テキトーな言い訳を作り、クラゲの展示室を出る。そうして、順路をいそいそと戻った。救いを求めるかのように、カピバラエリアに入り、もしゃもしゃと草を食べるカピバラ、あるいは無表情で水に浸かるカピバラをぼんやりと眺める。そうしているうち、
ほどなくして、一星がとうに昼時を過ぎていることに気付き、風太は彼と館内のカフェで軽く食事を済ませる。それから、お土産コーナーを物色して回り、水族館をあとにした。
***
時刻はまだ午後一時だが、空はいつの間にか、どんよりと暗い雲に覆われていて、薄暗い。吹く潮風もずいぶんと冷たくなっている。どうやら、今日の天気予報は当たっているようだ。
「やっぱり、降りそうだな」
「急ごうぜ」
「あぁ」
そう話したそばから、ぽつ、ぽつ、と。腕や頬に雨粒が落ちてくる。風太は一星と顔を見合わせ、競うようにして、江ノ島駅へ向かって駆け出した。
ぽつぽつ、ぱらぱらと降り出した雨は、風太と一星が江ノ電に乗ってから急激に強まり、鎌倉駅で降りる頃には、どしゃぶりになっていた。これぞ、バケツをひっくり返したような雨、というやつだ。
「すげえな……」
「だな」
朝、ここを通ったときとは、明らかに違う町の風景に、風太は顔を引きつらせる。朝は気持ちよく晴れていたので、午後に雨が降るとは知っていても、傘を持ってくる気にはならなくて、風太も一星も、傘を持っていない。コンビニで買うのももったいない、と思いながら、
これはもう、タクシーを使うしかない。いくら運動部だからといって、さすがにこの雨の中を走って帰宅すれば、びっしょり濡れて風邪をひいてしまいそうだ。まったく気が進まない。
さらに、駅前のタクシー乗り場にタクシーらしい車はなく、乗り場には長蛇の列ができている。風太はため息を
「参ったな、どうすっかぁ……」
駅の改札口で、風太はどう見ても止みそうもない雨空を見上げて、口を尖らせる。予報通りではあるものの、予想よりもはるかに、雨足は早かったようだ。一星も空を見上げて、うんざり顔をする。
「こりゃあ、だめだな。猛さんに、傘貸してもらおうか」
「えっ、そんなこと、頼めんの?」
「大丈夫だと思う。患者さん用に、いつも置き傘してあるから」
そういうことなら、今はありがたく「みなもと接骨院」を頼るしかない。風太は彼とともに、接骨院を目指した。ただし、駅前とはいえ、接骨院までの道が屋根続きなわけもなく、風太と一星はしっかり濡れて、接骨院の入り口扉を開けた。