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『聖なる乙女』の気まぐれ

 ノエルと連絡取り合った次の日の朝、アイリスに支度を手伝って貰ってからすぐにノア先生がいる客室に向かった。


 客室前まで行くと何故か緊張してしまい、少しでも和らげるようにと大きく深呼吸してから軽くノックする。

 しばらくの沈黙の後に返事が返ってきて、そっと扉を開けた。


「ソフィア様? てっきり、侍女の誰かだと」


 ノア先生は長い髪の毛を三つ編みにして、片眼鏡ではなく、普通の眼鏡をかけているので一瞬別人のような気がしてドキッとしたがすぐにノア先生だとわかった。


 今なら思春期男子の気持ちがわかったかも。

 女子が普段と違う髪型にすると気になるというアレです。

 思春期男子ってめんどくさいと思っていた私を許してください。


「どうしました?」


 ノア先生は固まってる私を心配して顔を覗き込んだ。


「ふぇ!? あっ、相談したいことが!」


 いきなり顔を近付けられたので、驚いた私は後退ろうとした。

 何故かバランスを崩して後ろに倒れそうになったが、ノア先生が咄嗟に私の手を引いてくれたおかげで倒れることはなかった。


「.....どうしてあなたはよく転ぶんでしょうね」


 ノア先生は呆れたようにため息混じりに言うので、言い訳したくてもなにも言えない。


「す、すみません」

「それで、相談というのは?」


 私の手を引いてくれた手を離し、ノア先生は三つ編みを解き始めた。


 なんか勿体ない。もう少し見たかったのに。


「.....私の魔力のことです」


 その言葉を聞いたノア先生はピタリと動きを止め、私を興味深そうに見た。


「そういえば、以前に私が魔力があるかもと話しましたね。あれからなにか変わったことでも?」

「それは」


 変わったことなら心当たりがあるけど、それが魔力と関係あるかどうかと聞かれれば微妙だ。


 でも、私の疑問に答えてくれそうな気がする。


 私は自然な流れでソファに座ると、ノア先生は待ってたかのように向かいのソファに座った。


 私が座るのを待ってたのか。

 気付かなくて、申し訳ないことをしてしまった。


「気が付くと魔法石がいつもの魔法石じゃなくなってたんです。前よりも魔力が高くて、でも補充した記憶もなくて」

「殿下に聞きましたよ。見せてもらってもいいですか?」

「はい」


 私は魔法石をノア先生に見せると「なるほど」と、納得していた。

 まだ触ってもいないのに少し見ただけで、なんなのかわかったようだった。


「『聖なる乙女』に会いました?」


 なんでそんなことを聞くのだろう。

 会ったか会ってないかで答えるなら『会ってない』だろうけど.....。


 なんだろう。


 なんかすごい違和感ある。


「そうですか。会ってるのに会ってないということですね」


 なにも言ってないのにノア先生は一人で勝手に納得して話を進めようとしてるが、私は何がなんだかわからなくて聞き返した。


「どういうことですか?」

「『聖なる乙女』の気まぐれに付き合わされたということです。精神だけ会ったのでしょう。精神だけだと記憶に残りません。そのうち、生身しょうじんでも会う時が来そうですね」

「そうなのでしょうか」

「はい。では、ソフィア様」

「あっ、はい」


 私は差し出された手を軽く握り、ゆっくりと瞳を閉じた。


 これは『鑑定』というらしく、魔術士しか習得出来ないらしい。

 精神を手のひらに集中して、何属性か判断するらしい。


「.....どうやら無属性らしいですね」

「そうでしたか」


『鑑定』が終わってノア先生が属性を言ったので、もしやと思っていた属性だとわかった。


「驚かないんですね」

「んー.....。そうなのかなって思ってたので」


 でもよく考えたら私の努力は無駄だったわけよね。

 こうも簡単に属性がわかるんだもん。


 なぜもっと早く相談しなかったのか。


「あの、ノア先生」


 私はノア先生を見ると、ノア先生は「はい」と返事をして優しい笑みを浮かべる。


「私、無属性を扱えるようになりたいです。でも、対話する方法が」


「分からない」と、最後まで言い切る前にノア先生が口を開いた。


「対話ならもうしてますよ」

「え?」


 訳が分からない。


「ソフィア様の魔法石には『聖なる乙女』の魔力が込められてます。その魔力はとても特別なんです。その魔法石の魔力を使えば使うほど、魔力は高まるし、コントロールも出来ます」

「では、魔法石を使ってれば無属性を扱えるようになるんですか?」

「可能です」


 そんな簡単なんだ。

 いや、全部『聖なる乙女』のおかげだけど。


ただ、腑に落ちない点がある。


「あの、『聖なる乙女』の加護がなくても使える属性ですよね? この魔力って『聖なる乙女』の魔力。加護を受けてるということになりますよね」

「ああ、『聖なる乙女』の加護は少し独特なんですよ。手の甲にキスされることで加護を受けられます。ソフィア様のは『聖なる乙女』の援助だと思って良いかも知れませんね」

「援助.....」


悪役令嬢である私に『聖なる乙女』が援助.....?


「もしかして、ずっと悩んでたんですか?」


 ノア先生は心配そうに聞いてきたので私はゆっくりと首を縦に振った。


「そうでしたか。それは気付くことが出来なくて申し訳ありませんでした」

「いえ、全然! ノア先生が気に病むことではないです。私が勝手に悩んでただけですから」


 ノア先生は苦笑いを浮かべた。


 ノア先生はとても美形。だから最初会った時はなかなか直視出来なかったっけ。

 最初の頃、ノア先生じゃなくてマーティン先生と呼んでたし。

 いつ頃だったっけな。名前で呼ぶようになったの。

 出会って数年しか経ってないのに覚えてないということは自然に呼ぶようになったのかな。



「ソフィア様」


 不意に話しかけられ顔を上げると目が合ったノア先生は困ったように笑った。


「いつまでもここに居るといけませんよ」

「はい。そう.....ですよね」


 いつまでも居座ると迷惑だしね。


 私は立ち上がって部屋から出た。


「あっ」


 部屋から出たら、イアン様と目が合った。


 そういえば滞在してたんだっけ。


「おはようございます。イアン様、良い朝ですね」


 ニコッと微笑むと、イアン様は眉間にシワを寄せた。


「お前、今から俺と勝負しろ」

「はい.....?」


 私は訳が分からず首を傾げた。


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