『剣術を教えてほしい』だなんて、軽々しく言うものではなかったとものすごく後悔した。
「いっ……!?」
寝室のベッドで、うつ伏せになってアイリスに背中をマッサージしてもらっている。
「随分とハードな運動されましたね」
「ほんと、お陰様で筋肉痛だわ」
「ふふっ」
「もう、笑わないでよ」
リラックスしながら私はぷくっと頬を膨らませる。
すぐに筋肉痛になるって若い証拠ね。
今から二時間前、私がイアン様に頼んで剣術を教えてくれていた。
私のイメージだと剣術は運動するだろうから出来ればしたくなかった。
せっかく太ったのに痩せてしまう可能性があったから。
私、人が悲しそうな顔を見るのが苦手でその場の勢いで『剣術を教えてほしい』とお願いしてしまったのだ。
それがいけなかったのだと酷く後悔した。
イアン様の教えはかなりスパルタだった。
言葉にしたくないほど。というよりも、思い出したくもない。
辛い表情をするとイアン様はものすごく楽しそうにしてるし、あの人は絶対にS《サディスト》なのでは?
と、思ってしまった。
だけど、イアン様の動きは綺麗だったんだよねぇ。
うまく言葉に出来ないけど……。
天才だって言われてるのがわかる気がするけど、多分イアン様は天才じゃなくて秀才だと思った。
確か『天才とは1%の着想と99%の努力である』って誰かが言っていたっけ。
その言葉を聞いた時に、1%の着想が
ただ、そこに
秀才はどんなに努力しても天才にはなれない。そんなことを遠回しに言っているのだと感じたんだっけ。
イアン様は生まれ持った才能があると将来を期待されてる人だけど、その裏では血のにじむような努力が隠れているんだよね。
だからこそ、イアン様は天才だって言われるのが嫌いなんじゃないのかな。
どんなに努力しても天才にはなれないから。
そんなことをゲームで話してたなぁ。
私は経験したことがないから気持ちは分からないけど、わかりたいとは思う。
でもまずは、仲良くなるところからだよね。
仲良く、か……。
仲良く出来るのかな。
「ねぇ、アイリス」
「はい」
「……男性と仲良くなるにはどうすれば良いのかな」
「…………え。え!?」
アイリスは一瞬固まった後、頬を赤く染めて興味深そうに「ついに、決意したんですね!?」と、嬉しそうに言う。
これは絶対に勘違いしてるだろうなって思ったから訂正する。
「多分、アイリスが思ってるのと違うんだけど……イアン様と仲良くしたいなって」
「……」
アイリスは急に黙って、動きも止めた。
どうしたのだろうかと不安になっているとアイリスは震える声で、だけどしっかりした口調で言った。
「そ、それは……、好きになったということでしょうか?」
「好きに……? そうだなぁ。気になるかな」
「た、確かに歳は近いですが、ソフィア様には殿下がいらっしゃいますし」
「んー……。でも殿下とは婚約はしてないし」
ん??
さっきからアイリスの様子が変。
どうしてだろう。
「まぁ、イアン様には取り返しのつかないことをしちゃったのに許してくれたし」
「と、取り返しのつかないこと!?」
「もう、さっきからなんなの」
私は上半身を起こしてアイリスを見ると、アイリスは私の両肩に手を乗せて揺さぶった。
ちょっ……、
食べたものが出そう。というか吐きそう……。
「い、いけません!! まだそんな、そんなこと……。いやでもそういう歳ではありますが、その」
何言ってるのかわからないけど、ものすごく大きな勘違いをしてることはわかった。
「えっと、ノエルがお世話になってる訳だし、仲良くしたいと思うのは当然よね?」
「あっ、そういうことですか。私はてっきり……、いえなんでもありません。そうですねぇ。あっ、お菓子をあげるとか? イアン様はお菓子が好きでしたよね」
「そうだね、お菓子作ろうかな」
お菓子かぁ。転生して、まさかそんな女子みたいなことをやる日が来るとは思わなかった。
その相手がイアン様……。
食べた瞬間三途の川が見えないと嬉しいな。
だって、私イアン様を殺しかけたんだもん。
アニメや漫画とかでよくある、激マズな料理を作る……なんてことは流石にないよね。
ものすごく不安。
考えすぎよね。うん、きっと大丈夫。
渡す前にちゃんと味見すれば、間違いはないよね。
「ソフィア様はこのままアレン殿下と婚約をしないつもりですか?」
「なに、急に」
「いえ、少し気になって」
私の心は決まってる。婚約はしない、したくない。
ただ、推しキャラには幸せになって欲しいと思ってる。
だから、私だと幸せには出来ない。不幸が待ってるから。
「それは……どうかな」
私は
きっと、アイリスは気付き始めたんだろう。
私がアレン殿下と恋仲になりたくないんじゃないかって。
アイリスは、それ以上はなにも言ってこなかった。