私とノア先生はアシェル城に行く時に使った魔法陣の上に乗る。
「では、お気をつけて」
キャメロンさんは魔法陣に乗るのを確認してから一礼した。
ノア先生が手のひらを魔法陣の線に触れる。
すると、魔法陣が光り出した。
光が眩しくて目を閉じ、光が止むと目を開けると、そこはデメトリアス家の客室だった。
一瞬のうちに移動したんだ。
「大丈夫ですか?」
「あっ、はい。大丈夫です」
私はデメトリアス家に着いたんだと、安心したのかその場にしゃがみこんでしまった。
心配したノア先生が顔を覗き込んできた。
「ちょっと、疲れちゃったみたいです」
強引に笑顔を作るがノア先生は怪訝そうな顔になる。
「無理に笑顔を作らないでください。顔が引きつってますよ」
「え!?」
ノア先生の言葉に私は自分の頬を触った。
わ、私。そんなに引きつってたのかな。
自分ではわからない。
「……全く、立てますか?」
「あっ、はい。なんとか」
ノア先生は深いため息をついた。
……どうしよう。
皇帝陛下との会話が頭から離れない。
聞きたいことが多い。
今、聞いてみる? 多忙だからあまり屋敷に居ないんだったら今ここで聞いた方がいいかもしれない。
丁度、私とノア先生の二人だけだし。
「ノア先生は、皇帝陛下の命令だからそんなに優しくしてくれるんですか?」
「陛下からなにか言われたんですか。あの方は……」
「わ、私。日記を読んだんです。私のことを詳しく書いてありましたが」
「ああ、そういうことですか。それはまた後日お話しましょう。お疲れでしょう?」
「……はい、そうですが」
「少しぐらい、甘えてもいいんですよ」
ノア先生は優しく微笑む。
甘える……?
私はたくさん甘えてるけど、なぜそんなことを言われたんだろう。
そもそも、話を逸らされた気がするんだけど……。
聞いちゃいけなかったかな。
「わ……たし」
言いかけた時、勢いよく部屋の扉が開いた。
若干息を切らしながら部屋に入ってきたのはマテオ様だった。
「光が見えたから、帰ってきたのかと……」
「マ、マテオ様。ただいま戻りました。なにか用事ですか?」
「いや、用事というか……、見せたいものがあって」
「見せたいもの?」
「それでは、私はこれで失礼します。マテオ様、ソフィア様はお疲れのようなので寝室まで連れて行ってください」
「……わ、わかりましたが、侍女に頼まないのか?」
「ソフィア様に見せたいものがあるのでしょう」
ノア先生は、部屋を出ていった。
『様』付けしているけど、マテオ様は今、貴族じゃないからね。
そのうち、貴族の誰かが引き取ってくれるんだろうけど。
それまでに貴族として恥じないように教育している。
他の子達はすぐに引き取ってくれる貴族は居たんだけど、マテオ様はベネット伯爵家の養子だったんだけど、伯爵夫妻と使用人たちのパワハラやモラハラが問題視された。
そこで、伯爵夫妻は貴族としての地位を失い、マテオ様も貴族では無くなったのだが、魔術士の子供なので修道院に預けるわけにもいかない。
なので私の屋敷で保護しているということになっている。
ぎこちない敬語を使ってるが、最初の頃よりはマシになった。
取り残された私とマテオ様の間には重苦しい空気が漂っている。
あ・の・マテオ様が私に見せたいもの?
死んでるカエル?? いいえ、小鳥という可能性もあるわね。
見せたいものだと嘘をついて落とし穴に落とす気なんじゃ。
罠なんか作っちゃったりして、なにかを踏んだらトラップが発動してどこからともなく刃物が投げつけられる……。
なんてことはないよね。
事例があるから、怖い。でも避けるわけにはいかないし。
向き合うと決めたなら、最後まで全力で向き合っていたい。
皇帝陛下は、きっとマテオ様の心を軽くしてほしくて私に任せたのよね。
私は似た境遇ではないのに。
前世がちょっと似てただけだし。
今世だと魔術士の子供という共通点しかないのに。
ノア先生の日記で決めたらしいけど。日記には、『人の痛みがわかる』とも書いてあった。
それはきっと勘違いなんだよ。
迷惑かけたくなくても、結局は迷惑かけてたり。
守りたいと思ってても、守られている。
気持ちと行動が合ってないことだってある。
ホント、私って矛盾ばっかり。
そんな人間が『人の痛みがわかる』?
そんなわけないじゃない。
「ソフィア様」
「…………」
「行きましょう」
「はい」
マテオ様の声で、我に返った私は薄めに笑って立ち上がり、歩き出した。