「はぁ……」
ついにこの時が来てしまった。
この日が……。もう、憂鬱で仕方がない。
今日は王太子殿下がお見えになる日。
会いたくないと言えば嘘になるけど、気まずいというか……、殿下が何を考えてるのかわからなくて怖い。
死亡フラグにも関わってくるだろうし。
「なんじゃ? 浮かない顔をしおって」
「…………そう言われても」
出迎える準備のためにエントランスに向かっていると私の肩に座っているシーアさんが声をかけてきた。
声のボリュームを抑えて小声で話す。
「なにをそんなに不安がる? 心配ないと思うがのぉ」
「不安、ですか。怖いんですよね、殿下の言葉が」
殿下は誰にだって優しい。だからこそ、怖いんだ。その言葉が本心なのか……それとも偽りなのか。
「なぜじゃ」
「……え?」
「なぜ、怖いと思う?」
な…………ぜ…………?
そういえば、なんで私は殿下の言葉が怖く感じるんだろう。
逃げたいとすら思う。
マテオ様や他の攻略対象者の時とは少し違う。
他の攻略対象者達は、逃げずに向き合おうと頑張れた。だけど、殿下とは?
どこか逃げているように思う。
……優しさが怖いんじゃない。向き合うのが怖いんだ。
ーーーーーーーーー
エントランスで出迎えると、すぐにサロンに移動した。
向かいあわせのソファに座る。
侍女が紅茶の入ったティーカップを私の前と、殿下の前に置く。
殿下が私と二人で話したいから席を外すようにと、その場にいる私以外の人達はサロンを出ていった。
澄ました顔で私の肩に座っているシーアさんをオリヴァーさんが掴んで持ち上げる。
「ぐえっ」という苦しそうな声が聞こえた。
最初は暴れていたが諦めたのか、大人しくなった。
オリヴァーさんは、シーアさんの姿が光として見えているため、掴むという行動を取ってしまったのだろう。
恨めしそうに見てくるシーアさん。
これは、どうすることも出来ない。許して……と、心の中で謝罪した。
シーアさんとオリヴァーさんがサロンを出ていき、私と殿下の二人だけになった。
「……さて、早速だけどソフィア嬢に聞きたいことがあるんだが」
「は、はい!?」
二人っきりになって聞きたいこと?
なんだろう……。緊張する。
「…………変なことを聞くかもしれないんだけど、その……キミは前世の夢を見たことあるかい?」
「前世、ですか? ええ~っと」
「夢という曖昧なものに確信を持って言えないが、俺はキミを殺したのではないか」
ドキッとした。ゲームのエンディング近くでソフィアは殿下に殺される。
だけど、殿下は知らないはず。夢ってなに……? なにを見たの?
「キミが俺を怖がってるのは知ってる。今だってそうだろう? 怖がる理由が思い浮かばないんだ。そんな時にある夢を見た。もしその夢が現実に起こったことならばキミは俺を恐れても仕方がないと思った。それに、婚約破棄の件も……俺を恐れてのことだったら」
「なにを言ってるのか分かりません。夢なのでしょう? 現実にあるわけじゃない。殿下、お疲れのようですね。ちゃんと休めてますか?」
「夢では、俺とソフィア嬢。キミは婚約していた。その夢が前世のもので、ソフィア嬢が前世の記憶があるなら、あんなことを言っても不思議ではない」
……これは、どういうこと?
なにが起こってるの。
「私が殿下を怖がってる? そんなことはないですよ。ただ、自分の失態を悔いていただけ。前世の記憶……? 前世なんて、覚えてません」
嘘。覚えてる。
ゲームの世界だってこと。
私の前世はゲーム好きな学生だったってこと。
「だったら、なぜ俺の目を見て言わない?」
「そ、それは……殿下があまりにも美しくて」
こんなことを聞かれるなんて思わなかった。動揺を悟られないようにしていたつもりが、挙動不審になっていたようだ。
鋭い突っ込みだ。
「なら……」
殿下が立ち上がる。私は、殿下が立ってるのに座ってるのは失礼だと思い、急いで立ち上がった。
つかつかと私のところに歩み寄った殿下。
「好意を持ってないわけじゃないんだね。……良かった 」
ニコッと微笑んだ殿下はアイドルのようにキラキラしていて、胸が高鳴るのを感じた。
「殿下に好意を持ってない人間なんていませんよ」
「それはどうだろうね」
「え……?」
「なんでもないよ。隣、座ってもいいかな」
私はこくんと小さく頷いたら殿下は私の隣に座った。
正直なにが言いたいのか、わからない。
私もゆっくり座ると口を開く。
「あの、殿下は……えっと」
「不安なんだ。……キミが別人のようになってしまうかが。たかが夢なんだけど、同じ夢なんだけど、どこか懐かしいようにも思うんだ。キミに会えばなにかわかるかもって思ったんだけど……ごめんね。変なこと聞いて」
「い、いえ。そんな」
同じ夢…………。それに別人??
確か夢って、忘れてた方がいいのよね。現実と夢がごちゃ混ぜになって、なにが現実でどこからが夢なのかがわからなくなるからって聞いたことがあったっけ。
もしかすると、今まさに殿下はそれに近いんじゃ……。
私もかなり悪夢に怯えてたから殿下の気持ちはわからなくもない。
あとでシーアさんに相談してみようかな。
そうなると……私はじっと殿下を見つめて、顔を近づかせた。
「な、なに?」
あっ、やっぱり。
「……殿下、もしかして睡眠ぶそ……くぅっ!!?」
殿下の顔を間近で見ようと自分の顔を近づかせていたら、ソファの背もたれに手を置いていたら、力みすぎて滑らしてしまった。
「!? 危なっ」
咄嗟に支えようと手を伸ばした殿下。
一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
私はただ、以前の私と同じなら睡眠をちゃんととってないのでは? と、心配になって目元を見ようとしただけだ。
殿下のことだから、周りを気にして隈を隠してるのかも知れないと思ったから。
化粧は薄らとしてある。
よく見ると隈のようなものが……。
私の思ったとおりだった。心配して、聞こうと思った矢先、手を滑らして殿下の方へ倒れた。
殿下の胸・ならまだ良かったんだ。
それなのに…………。
唇に柔らかい感触。目の前には驚いて見開いている殿下の顔。
事故とはいえ、殿下とキスしてるだなんて…………。
いつもいつも…………、私はなんという失態をしてしまうんだぁぁぁ!!!?
なんでこうなるのよ!!!
終わりだよ!! 絶対に終わりだよ!!
死亡ルートにいっちゃう!!?
どどどど、どうしよう。
とりあえず急いで退こう!! そしてスライディング土下座しよう!!
許してくれないと思うけど、全力で謝ろう!!
私のばかぁぁぁぁぁ!!