奥へ奥へ、進みながら化け犬が増えて来る。
別にそれ自体は読めていた事だ。周りを囲まれてもこっちだって二人だ、有象無象も敵じゃないが……こいつらの出処はどこだ?
こんだけ出て来るんだから巣なりなんなり何処かにあるはずだ。
一匹ずつちまちまと相手してたら切りがねぇ、元を絶たない限り我慢比べだぜ。
「ふんっ」
「ガァ!?」
今も飛び出してきた化け犬を一匹どついたところだ。
ここに来て突きの技術が上がったようだ。長物を満足に振り回せない環境だからか、自然とそいつの精度が鍛えられたみたいだな。
「しかし彼らは凄いな! まるでボク達の動きが見えているかのように的確に攻めてくるじゃないか」
「何で褒めてんだよ……。だが、確かにジロジロと見られてる感じがして気に入らねえ」
この状況でこんなことが言えるんだからある意味で大物かもしれないが……。
もしかしたら、どっかに頭の切れるボスがいるのかもしれねえ。
連中を叩き潰しながら進むこと、一時間くらいか。
埒が明かないと思っていたところ、妙に大人しくトボトボと歩く化け犬を偶然にも発見した。
それは木々の奥、まるで周りを警戒する様に怪しいものを感じたのは二人同時だったようだ。
「おいあれ……」
「おや? キミも気づいたかい。あのあとを、ついていくともしかしたら……もしかするかもしれないね」
結構な数を叩きのめした後だから、ある程度は連中も大人しくなったが、それでもどこかに潜んでいるはずだ。
今までは堂々と進んで絡んできたやつを叩いていたが、これからは逆に息を殺して進んだ方がケリをつけられるかもしれない。
そう思った俺達は周りを警戒して、その化け犬の後ろを気づかれないようについていく。
そうして、少し開けた場所に出て……俺達はこれまた奇妙な穴を発見。そこに入っていく化け犬の姿を見た。
「こりゃまたどういうことだ? 何もねえ場所に穴が開いてやがる」
「空間に穴……そうか! しかし、これはどういう事だ? 何故こんな所に”ゲート”が開いているのか……」
「ゲート? ……どっかに繋がってるって事か。おい、そりゃあ自然に出来るもんなのか?」
「あんな小さいものは自然には出来ないはず。……例えば魔界の魔物がこちらに来る場合は特定の、大昔からある大きなゲートを通るしかないんだ。そしてそこは普段、国の軍が管理しているし、キミの領地には存在しない」
「まさか、誰かが開けたって言いてぇのか?」
「これは不味いものを見てしまった。もしそうなら明らかな犯罪行為だよ。誰かが罪を犯してキミの領地を脅かしている。その目的は分からないけど」
舐めた真似してくれるヤツがいるわけだ。
その穴をじっと見る。向こう側は見えねぇが、多分こっから先は化け犬の巣に繋がっているんだろう。
人ン地の畑の近くにこいつを繋げたって事は、目的は畑荒らしか? ……そんな単純なものじゃねぇな。
化け物が食い荒らす畑、なんて事実を作ってうちのブランドに傷をつける。それだけで終わる話ならこんな手の込んだ事はしないはずだ。
目的はお袋の顔に泥を塗る。つまり、侯爵家に付け入る隙を無理矢理作ろうって腹か。
お抱えの騎士団は化け物の巣も発見出来ず、駆除が遅れた無能の集まりってシナリオをでっち上げようとしている人間、もしくは連中がいる。
それだけで評判が地に落ちるとまでは行かないが、蹴落とす足がかりにはなる。
……ざっと考えただけだが、そんな程度の悪知恵が浮かぶ。
「さてどうする? これは非常に厄介な問題だ、解決するなら早急がいい!」
「……事が事だ。一旦報告した方がいいだろう。今すぐ俺達だけで片を付けられる問題なら調べる必要があるが、こいつは直接お袋に関わって来る。……どこの馬鹿か知らないが、人のシマでザケた事しやがって……!」
腹は立つ、だが問題のデカさを考えたら俺達だけで勝手やる領分を超えてる。
恩返しのつもりが、ここで足止めとはな。癇に障って仕方がねぇ。
そんな俺の様子を見るアルストレーラの顔は、どういう訳か感心したような目で人を見ていた。
「ほう。やはりキミは前のキミとはまるで違うね。前のキミは普段は自分を大きく見せようと大層な流言を広める事に尽力していた、そういう男の子だった。身の程というものを理解せず、危険に手を出して痛い目を見ては周りに当たり散らす。だけど今のキミは女性勝りの威勢に、熱を持ちながらも冷えた考えた方が出来る。……ふふん、そんなキミを守れる栄誉を得たボクは幸運な女性だろう」
人を褒めたと思ってたら、結局ナルシストな自分に帰るんだなこいつ。
まあいい、まだ周りに連中がいるはずだ。気づかれねぇように戻らないと。
「そうと決まればズラかるぞ。ここでバレて裏にいるヤツに気づかれる訳にもいかねぇ。逃がす訳にも行かねぇんだ」
「よし、では早速……」
そう思った瞬間、隠れて見ていた穴が広がったかと思えば――ローブを纏った人間が、腰に誰かを抱えたまま現れた。
腰の誰かは見るからに痛めつけられて、傷ついてない箇所を探す方が難しいくらいの子供。
「ふぅ、まったく手を焼かせやがって。……まあいい、後はこいつを犬どもに食わせりゃ完了だ。残った死肉は人目に――」
「つかせて無能の汚名を侯爵に着せようって腹か?」
「――誰だっ?!! ……がっ!!?」
「俺が誰かは問題じゃねぇ……っ。よくも手ェ出させたなクソッタレ!!」
ゲスな言い分を聞かされた俺は、気づいた時にはそのクソを殴っていた。
自分で言った事を撤回してしまったのイラっとするが、それ以上に目の前のゲスが目障りで仕方なかった。
茂みに棍を手放し、顔面向けて拳が飛ぶ。殴られてそいつは持っていた子供を離し、顔を覆っていたローブが取れ……その女は殴られた無様を晒す。
「な、何だ貴様は!? ど、どうしてここに!?」
「二度も言わねぇ。――眠ってろッ!!」
「かっ!?!? ……」
醜態を晒す胸倉を掴んで、もう一度殴り飛ばす。
ちょうど背後にあった木にぶつかった女はそのまま意識を手放した。
「……やっちまった」
「……うん、大丈夫だね。こっちの子はちゃんと息をしてる。キミのおかげさ、そう気を落とす事も無いんじゃないか? ボクはむしろキミの行いに高貴さを感じるくらいだったけどね」
「誇れた話じゃねぇ、どうあれこれでご破算だからな。……せめてそのガキと一緒にこいつも連れて行かないとな」
そう思ってローブの女を掴もうとした時の事だ。
「あん? ……ッ!」
「グルルルゥ……!」
穴がまたしても広がったかと思えば、低い唸り声と共にそいつは現れた。
「どうやら――図らずも大物が現れたようだね……ッ」
ここに来るまで散々相手した犬共、そいつらよりも一回りも二回りも巨体な頭が二つある化け犬が現れた。
この感じ、こいつがボスか……!
そいつの背後にあった穴は段々と小さくなっていき、それが無くなったと見えたのは――そのボスが空高く飛び上がったあとだった。