朝食も終わり、何も聞かずについて来いと言わんばかりにチラりと俺の方を見て部屋を出て行くお袋。
仕方無く付いていく事、十数分。
まさか邸宅を出て外の倉庫まで行くとは思わなかった。
というかこんな所に倉庫なんてものがあったのか。結構行って無い場所があったんだな。
懐から鍵を取り出す様を見て、最初から用意周到だった訳だと半ば呆れてしまった。
これ俺が着いて来なかったらどうするつもりだったのかと。
「貴方はそっちを引っ張りなさい」
「……へいへい」
お袋に言われた通り、片方のドアノブを掴んで二人同時にスライドさせる。
開け放たれた扉の奥から、埃の粒子が外へと飛び出すのが見えた。
「これは……」
長年使われていない倉庫特有の鼻の奥が若干ツーンとくる匂い、当然好かないがそれを無視して倉庫内に足を踏み入れ、その光景を見た俺は思わず息を呑んだ。
「意外と、綺麗だな……」
「埃だらけとでも思ったの? きちんと定期的に換気はしているわ」
「換気は、ねぇ。じゃあ結局使ってないのは同じじゃねえか」
「そんな細かい事はどうでもいいでしょう。……さあこの奥よ」
倉庫の中は意外にも綺麗に保存されていて、換気が定期的にされているのは本当らしい。
それでも埃っぽさは拭えねぇな。苦手なんだよなこの匂い。
壁に掛かってるのは農具だったり台車だったり梯子だったり、色々ある。
道具の予備倉庫か何かか。
そして倉庫の奥に扉をさらに潜り抜け、お袋が部屋の灯りをつけた時、俺は思わず驚いた。
「まさか……ここって武器庫でもあるのか」
「普段は使われていないけれど。この倉庫自体が非常用の物ばかり入れているから。……私もここに武器を収めていた事をついこの間思い出したのよ」
「おいおい……」
そう、扉の奥にあったのは多種多様な武器だ。
だが、例えばコセルア達が使ってるような剣の類は無い。普段使われてないってのもそういう事なんだろう。
「槍に鎌に斧に……物騒だな、おい」
「私の領地は何かと狙われやすいもの。それが化け物だけならいいのだけれど、ね」
含みのある言い方だ。この間みたいな事を言ってるのか?
自分に敵が多いのは百も承知って事か。しかしどういう理由で人間相手にも嫌われてんのか。
……そういう立場だからこそ、俺に対して外出制限をしてんだろうな。
「でも何でこんな色々溜め込んでんだ? うちの騎士団は剣使う奴ばっかじゃねぇか」
「元々は一人一人の希望に合わせて武器を使わせるのが目的だったのよ。だけれどうちに来る子達って剣に憧れてる子ばっかりで……。剣で名を馳せた弊害といえばそれまでだけど」
「それで誰も剣以外使わないからって此処がこんなになったって訳か」
「一応槍の扱いは習わせてるわ。……それもあまり使う機会が無いのだけれどね」
妙な哀愁がお袋から漂ってるな。クールな面にも色んな歴史があるもんだ。
息子として慰めてやるか。
俺はお袋の背中にポンと手を置いた。
「いや同情は要らないわ」
「冷てぇな」
それはともかく、結局どうして俺を此処まで連れて来たのか? 本題はそこなんだが。
「それで?」
「貴方って剣を使うつもりは無いのよね?」
「コセルアから使い方ぐらいは習ってるな。でもそれだけだ。ガタイで他の奴に勝てねえ俺じゃ、やり方を考える必要があるからな。ただ……」
「棒術を独自に鍛えてるらしいけど、屋内だったり森の中だったり、そういう障害物の多い場所だと十分に扱えない。といったところかしら」
それはライベルにもコセルアにも言ってないはずだが、まさか見抜かれるとは。
「まあ、な。だからって今更剣に切り替える気も無いんだけどよ」
「だったら……これを受け取りなさい」
そう言って、お袋が武器を入れてる籠の中から一つ取り出してみせた。
それは一メートル程の長さの……。
「槍? にしちゃあ短えな」
「手槍。つまり短槍のこと。この国で短槍術が生まれた経緯は……どうせ知らないわね」
「そりゃな。ぶっちゃけ初めて聞いたぜ、そんな武術がある事自体な」
お袋が持ち出したのその名の通りに短い槍だ。こんなものまであったなんてな。
「じゃあ説明するけど。短槍術が生まれた経緯は槍兵が屋内でも十分に実力を発揮する為、新しく剣術を修めるよりも習得しやすいものをと考案されたの。そこから転じて、護身術としての杖術が生まれて……ってそれは今はいいわね」
思えばここまで饒舌なお袋を見るのは初めてかもしれねぇな。
普段口数の少ない癖に、まさか説明好きとか? いやまさかな。
その短槍とやらを受け取って眺めて見る。
見た目はシンプルだ、本当に短い槍。それ以外の何でもない。
唯、普段棍を扱ってるからか妙にしっくりくる。くるが……。
「で、これをどうしろって?」
「それの扱いを覚えなさい。貴方の悩みを一つ解決してくれるわ」
「そうは言うが、このリーチをどう活かせって……」
「嫌ならいいわ。はい返して」
「嫌とは言ってねぇだろ。間合いと突きのやり方を覚えるのには丁度いい、かもしれないしな」
「だったら素直に受け取りなさいな。一言多いのよ、偏屈だわ貴方」
偏屈だと? この俺が?
流石にそれは受け止め切れねぇな。俺は自分で言うのもなんだが結構素直な性格のはず。
だったらこっちも一言あるぜ。
「俺を偏屈と言うがな。お袋、だったら飯食ってる時に倉庫にこういうのがあってオススメだとか言えばそれで済んだ話じゃねぇのか? それをわざわざ遠回しに伝えてここまで付き合わせて、それで半ば強引に押し付けてくるアンタだって偏屈だろうよ」
「何ですって? 貴方の言ってる事がまるで分からないわ。自分で言う事ではないけれど私は素直な性格よ。むしろ貴方の方こそ私にありがとうございますお母様と言って感謝する場面だわ。捻くれてるわよ」
「俺が捻くれ者だと? アンタがそれを言うのかよ。この前だって俺がアルストレーラと二人になるように無理矢理嵌めたくせに」
「言いがかりは止めなさい。仮にそうでも素敵な女性との時間を提供した親心に感謝するべきよ」
「何だと?」
「何よ?」
「ごほんっ。お二人共、このような所でわざわざ親子の交流をなさらなくてもよろしいのではありませんか?」
二人して振り向くと、武器部屋の入り口には侍従長が立っていた。いつの間に。
……確かに少し熱くなっていた感はあるな。
「まあこんな事に熱入れても仕方ねぇ。お袋が素直に引くってならそれまでだ」
「そうね。わざわざこんな屋敷の端でやる事ではないわ。貴方が素直に非を認めるのならそれで手打ちとしましょう」
「何だと?」
「何よ?」
「んんっ。お二人共、とにかくこのような所に長居するものでもありません。僭越ながら、目的を達したなら外へと出るべきかと」
その言葉を聞いた俺は、確かに大人げなかったかと思い直し今度こそ部屋の外へと出た。
その際お袋は、一旦奥まで行ったかと思うと立てかけてある何かを掴んで手に持つのが見えたが……先に外へと出た俺にはそれが良く見えなかった。