「柱の活かし方がなってないのよ。ただ隠れて隙を伺うだけじゃなくて、もっと意表を突いて来なさい」
「そりゃあ不意打ちが成り立つならって話だろうが。相手にバレてる状況で何が出来る……ッ」
一方的にボコボコにやられながらも、それでも持ちこたえられてるのは単に手加減されてるから。
つーか今までやり合って来た連中の中で一番ヤベーじゃねぇか。こっちがいくら攻めても相手は涼しい顔で防いで叩きのめしてくる。
俺の息はとっくに上がっても、あっちは汗の一つも掻いてねぇときた。
服だって俺は所々擦り切れて血が滲んでんだぞ。あっちは無傷なのに。
「息子にここまでやっておいて、よく過保護を気取れたもんだぜ」
「何を言ってるの? 私が直接面倒を見た方が手加減は確実でしょう? それもギリギリ無事に追い込めるのは私だからだって感謝をするべきじゃないかしら」
言いやがる。死にかける程度で収まるレベルの手加減が自分にしか出来ないからって外に出したくなかったって?
(そもそも外じゃアンタレベルなんかと出会わねぇんだよ……!)
とは思うがこのままジリ貧じゃそれこそ何にもなんねぇ。
柱と柱を移動しながら、俺は隠れてジャケットを脱いだ。
それをお袋の居る位置に向かって投げるっ。
「ん?」
気を取られている隙に反対側から飛び出して、回り込むように側面から攻め――ようとしたが何かを感じとって突き出した槍を天井に向ける。
瞬間、柄に向かって衝撃が走る。
「ぐぅ……!」
吹き飛ばされながらも、視界に入ったのはお袋が足を突き出した姿だった。
蹴り飛ばされたらしいと認識したのは、背中が固い柱にぶつかって肺の空気を外に出した時だ。
「ぅぁ……っ。……どうやらまだ合格ラインは貰えそうにねぇな……っ」
「猪口才なやり口は嫌いじゃないわ、戦いにおいてはだけど。私以外にならそこそこ通じたかもしれないわね」
「イヤミか! っち……、まだまだァ!」
小細工を通してくれる相手じゃないのはよーくわかった。
格上相手に正面切るのは愚策以外の何者でもねぇが、やるしかねえ!
短槍を握る両手に改めて力を入れる。
右手は刃の根元へ、左手は石突部分へ。
突く形からまずは縦で――ッ!
姿勢低く床を蹴り、その勢いに任せてスリーステップ。
刃と柄が一直線になる様にして上から振りぬく。狙うは相手の首だ。
「ん」
半身だけ反らして回避するお袋、だがそれは読み通りだ――ッ。
右手を刃の根元から下げて左手の上に添える、この瞬間に今まで以上の力が入る。
本当の狙いそれは――脇腹ッ!
振り下ろした槍先の腹を、お袋の脇腹目掛けて振り上げる。
――おらブッ飛べぇえッ!!
その俺の期待空しく、ぶち当たったのは一瞬にして構えられたサーベルだった。
「ッチィ!!」
狙いが外れたからといって呆然としている余裕はない。
バックステップでその場を離れる。……しまった!? 背中には柱がっ!
万事休すか、俺はせめてと思い歯を食いしばってお袋を睨みつける。
……てっきりあの刃を潰して鈍器と化したサーベルが飛んで来るかと思ったが、お袋はサーベルを持った腕をだらんと下げて何もしてこなかった。
「……あ?」
「今のはそこそこ……まぁ悪くなかったわ。三十点、っていったところかしら」
「はぁ?」
一体何がどうしたって? お袋は何かを納得するかのように俺の顔をジッと見て来た。
どういう状況だよ?
「お坊ちゃま……」
呆気にとらわれていた俺の傍に侍従長が現れる。今度は何だ?
そうして、また俺にしか聞こえないようなボソッとした声で話しかけてきた。
「こんなに早く侯爵様から高い評価を得られるとは、感心するばかりです」
「おい、俺は今三十点って言われたんだぞ?」
「あの方の評価は倍の数字でお受け止め下さいませ。あの様子から、まるで百点満点での評価のように思われるかもしれませんが、実質的に五十が最高点となります」
は? ……じゃああれで喜んでるとでも言いたいのか? 相変わらずの涼しい顔で。
やっぱ捻くれてるだろ。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、お袋は再び口を開いた。
「短槍はリーチを失った分、切り返しが得意な武器よ。切り詰めた間合いではその判断が生死を決めると言っていいわ」
「なる、ほど……。言われてみればそうだな」
「それに槍の特性を突きだけで留めない事も覚えておきなさい。これは長槍でも同じ事が言えるけれど、時に鈍器としての活用が出来る。使う場面は少ないけれど、それが相手の無意識の油断を誘うのよ」
「それも、アンタの言いたかった意表に入ってるてのか?」
「そうね……。でも折角の障害物を活かしきれてないから満点はあげないわ。仕方ないからこれは宿題ね」
いつ提出するんだそれ?
だがこれで終わりって訳じゃねぇはずだ。さっきの感覚が俺の手に残ってる内に、どう手数を増やすか……。
俺はまた短槍を構える――っ。
咄嗟にまた柄の方を前に出して構えていた。この感覚はよく分からねぇが攻撃の警告だ。
……と思っていたのに、全然攻めて来ねぇな。どうなってんだ?
まるで無理矢理構えを取らされているような……まさか!?
「ようやく気付いたわね。おおまけにまけて五点だけあげようかしら」
「そいつはどうも。俺の考えが間違ってなけりゃ、こいつもオーラってことか?」
「相手の恐怖心を刺激して強引に行動を取らせる。言わばプレッシャーね。それを自在に操るのもオーラの応用よ。……ただし、格下にしか通用しないけれど」
それは暗に俺の事をどうしようも無いヘボって言ってるようなもんじゃねぇのか? アンタ相手じゃ実際そうだから何も言えねぇが。
ちょっとゲンナリだな。
「覚えておきなさい。戦わずして勝つ、それはあらゆる兵法の理想よ。無駄な労力を使わない上に相手に敗北を悟らせるなんて、これほど楽な事もそうは無いわ」
そりゃ楽だ、出来たらな。
それを出来るように覚えろって事か。
だが覚えはある。前世で不良に絡まれた時、睨んで怯ませた経験がある。
……問題は怯むだけで中々下がらないって事だが。その程度で引き下がるならそもそも俺のガタイを見て絡んじゃ来ないだろうしな。
あれの応用だと思えば、確かに出来そうな気がするな。
「分かってるでしょうけど、これは触りに過ぎないわ。オーラの応用は貴方の想像を超える。そのイメージを膨らませるのも重要な事よ」
「イメージ、ねぇ。雲を掴む話にも聞こえるが……」
「取っ掛かりはもう掴んでるでしょう? その最初一歩が何よりも難しいのよ。後は反復練習と経験と想像力を鍛える事。三十点の生徒相手にここまで熱心に教えるんだから、私も親切よね」
「……おい、あんな事言ってるがホントに評価してくれてるんだろうな?」
「……お坊ちゃま、お気持ちは分かりますが侯爵様は確かに評価をしておられます。あの方はあのような形で素直さを表現される方なのです」
それを素直と言うのか。やっぱめんどくせえな。
「さて、これで悩みの一つは解決ね。そうでしょう? そうよね。では、次に行きましょうか」
「何も言ってねぇだろ、おい」
「多少、強引だと思われますでしょうが、侯爵様は親子の時間の充実にはしゃいでいるだけですので。どうか、多忙なあの方の為にもお付き合いをお願い致します」
侍従長が一々フォローしなきゃならんのか。
大体目立つなだの自分が言っておいて付き合わせてるじゃねぇかよ。
と、思わんでもないが。……確かに普段忙しそうなのは確かだ。
(仕方ない、俺も息子だ。キッチリ付き合うのも親孝行だろうよ)
そんな事を考えながら、思い出したのは前世の両親だ。
結局最後まで俺のわがままを聞いてくれた二人。そしてその二人よりも先に死んだのが俺だ。
直接恩を返せねぇなら、その代わりを今のお袋に少しでも返すべきだな。
「何してるの? 早く付いて来なさいな」
「……へいへい」
今日中に外出出来るか、それは今はおいて置くか。