「お坊ちゃま、ぼくちょっと凄い事が出来るようになったんですよ!」
「はあ? あっそ」
唐突にそんな事を言ってくるライベル。
俺達が今居るのは第二書庫だ。先日の詫びって訳じゃないが、今日は先生気取りのライベルの授業と資料探しに訪れている。
必要な本を見繕って席に座った時、まるでこの時を待ってたと言わんばかりに胸を張ったライベル。
いつも調子に乗って失敗してるコイツの事だ、大して期待はしないでおこう。
「あの~、もっとこう、それは一体何だ?! みたいに聞いてくれても……」
「あ? ……それはいったいなんだー」
「うぅ……。で、ですがそんな事を言っていられるのも今の内ですよ! これほんとに凄いんですからね!」
「どうでもいいけどデカい声出すなよ。怒られるぞ」
カウンターに座っている司書の男を見る、あのわざとらしい咳払いは間違いなく警告だろう。
「うっ。ご、ごめんなさい……。でも、静かにしますから見て下さいよぉ」
「分かったよ、しつけぇな。見ててやるから早くしろ」
個人的には本を読みたいところだが、コイツをこのまま放置するといじけてしまう。
心の中でため息をついて、ジト目でライベルが何を仕出かすかを見ることにする。
俺からの注目を浴びたからか、俺の心情を察する事無く、これから自慢をしてやろうと言わんばかりにまた胸を張った。
「ふっふ~ん、では御覧あれ。……それっ」
そっと手の平を突き出す。するとその手の平から風が巻き起こる。
……巻き起こるという言い方は流石に言い過ぎだな。そよ風程度のものが顔に吹き付けられただけだ。
「どうです? 凄いと思いませんか?」
「ん~、あ~。そうだな、凄い凄い。で、何だそれは?」
「気になりますか? そうですよね! これはいわゆる風属性の魔法なんです。ここの書庫に基礎魔法の専門書があって、数日前から密かに練習していたんですよ。そしてつい先日、やっとここまで出来るようになったんです!」
「おい、声がまたデカくなってるぞ」
入り口の方からまた咳払いが聞こえた。
「あ、ごめんなさい……。でもこれって凄いって思いませんか? ……というか思ってもらえませんか? メイドの子達に披露してもみんな反応が冷たいんですよ」
「分かった分かった。頑張ったんじゃねえの?」
「ですよね! 師匠も居ないのに独学で風を起こせるなんて本当に凄い事……なんだと思うんですよ」
(思うだけかよ……)
とはいえ、本読んだだけでここまで出来るなら凄いんじゃないか? 残念ながら、俺は魔法についてはからっきしだから何とも言えないが。
コイツが喜んでるなら、もうそれでいいんだろう。そうだろう。
「そ、それだけじゃないんですよ。なんとここから火属性の魔法と組み合わせて……といやっ」
また手の平を前へと突き出す。
今度も風が吹いたが、それは涼しいものじゃなく温かい風だった。
当然、温かい程度のそよ風。……その温かさで眠気が誘われるような気もするが、言ってしまえばそれだけだな。
「で?」
「そんな、一言で……。こ、これこそ凄いと思いませんか? 二つの属性を組み合わせて温風が出せるなんて。これさえあれば!」
「これさえあれば?」
「髪の毛をキレイに乾かすことが出来るんです!」
また入り口の方から咳払いが聞こえてきた。今度はさっきよりも大きい。
「分かったから一々デカい声出すんじゃねえよ」
「ご、ごめんなさい。でもこれを見せるのは坊ちゃまが初めてなんです。……その、褒めてくれませんか?」
ちびの体をさらに小さくさせながら、人差し指同士をつんつんぶつけるライベル。
小心者なのかお調子者なのか……。まあ努力は認めてやろう。
「じゃあ……凄いと思うぜ? 魔法なんて全然分かんねぇけど、二つの属性だろ? きっと難しい事なんじゃねぇの」
「で、ですよね。一応本には、基礎魔法同士の組み合わせについて記述はあるんですが、実際に出来ると感動したんです。これを坊ちゃまには一番に分かって欲しくて……」
「はいはい。それで、それをどうするんだって?」
そうすると、これまた持ち直してうずうずするかのように体を動かす。
「例えば、例えばですよ? お風呂上りの坊ちゃまの髪を乾かすのに温風と冷風を使い分けるんです。すると……」
「すると?」
「髪の毛がキレイに乾くじゃないですか。あ、勿論ぼくもなんですけどね。朝のトレーニングの後とかにもいいじゃないですか? 坊ちゃまなんてシャワーの後はタオルドライしかしないし、折角キレイな髪なのに勿体無いなぁって」
なるほど。確かに風呂上りならともかく、トレーニング後のシャワーの後は面倒臭くてしっかり乾かしていない。
ドライヤー的な魔法のアイテムこそあるが、アレは設置型で大きいんだよな。
頭を突っ込んで髪全体を乾かす。それは良いんだが、俺はドライヤーは手持ち式の方が好みだから。自由度があるというかなんというか。
コイツにやって貰えば細かいところも乾かして貰えるだろうし。悪くは無いな。
「そうか。お前、俺の為に魔法を……」
そう思うとコイツも忠臣って事だろう。
ドジで迷惑を被る事も多いが、何だかんだ人の為を思って行動出来る奴だ。
ここは素直に感動だ。
「え? ……あ、ああそうなんです。全てはお坊ちゃまの髪を思い浮かべてですね!」
……前言撤回。単に髪の毛乾かせるのは後から思いついただけだ。
返せよ俺の感動。
白けた目線をライベルに向ける。
「ごほんっ。ま、まあ喜んで貰えてぼくも努力した甲斐がありましたし。……きょ、今日の授業始めませんか? ね、ね?」
必死に取り繕うライベルを見て、さらに白けちまう俺の内心。
とはいえだ、確かに魔法に関して言えば全くのド素人の俺よりライベルの方が上だろうし。
それに免じてアレコレ言うのは止めておくか。
「今日のお前の分のデザート、少し減らしてゼーカ行きにしてもらうか……」
「そんなぁ……」
アレコレ言わない代わりにこれくらいはいいだろう。
しょぼくれながら、歴史書を開くライベルを後目に、ふと思った。
(だが、そうだな……師匠もいないのに数日で魔法が使えるようになった。それも二つの属性の組み合わせまで短ぇ期間で覚えるなんて――)
――そんな事、そう簡単に出来る事だってのか?
「えぇっとこの前やったところは……えぇ~っと」
「自動紡績の始まりだろ?」
「あ、ああそうです。綿紡績を皮切りにした産業の発展についてでした」
「ったく……」
このドジ具合、実はとんでもない逸材だってのは考え過ぎか。