騎士団が潜入調査をする時に使っている、髪と瞳の色を変えるアイテムを指輪の中から発動する。
入れたまま使えるってのは便利だな。
本来なら専門家であるコセルア達に一任するのがいいんだろう。それが普通だ。
なのに今回俺が出ると決めたのは、お袋のシマを荒らされてるかもしれねぇってのが気に入らなかった。理由としては弱いな。自分でも分かってる。
だが、そいつらのせいでお袋のシマにケチが付くのは息子として我慢ならねえ。お袋の顔に泥を塗ろうってヤツらをどうしても他人に任せる気が起きなかった。
「そろそろ目的地近くです。……この辺りで一旦馬から降りましょう」
コセルアの判断に任せ、近くの森の中で馬から降りる。
「大人しくしてろよ」
自分の乗って来た馬の顔を撫でながら、コセルアと共に件の連中が通る予定の道が見える場所へと。
しばらく歩いた。
場所も遠く、木陰から双眼鏡で覗き込んでいる俺達。バレたら終わりだからな。
「居ますね……」
「……ああ」
領民はの言っていた通りに、その一団は道を進んでいた。
その領民が一団を発見した曜日から考えて、その一週間の今日張り込みをすれば、確かに当たりだった。
夜とはいえ、それなりの人数で歩いていたら目立つ。
だから毎日はこんな事をやっていないじゃないかと考えたコセルアは、話を聞いた翌日の夜から騎士を毎日張り込ませていたが、想像通り何も通らなかったという。
「あの布、かなりデカいな。覆っているのも大型の檻だろうよ」
「話に聞いた通りなら、それなりの大きさの魔物でしょう。しかし、そうなら大人しく檻に入っている理由が限られます。小型の力の弱い魔物なら調教に手間はあまり掛かりませんが、檻の大きさを考えれば……。罠に嵌めた後に薬で大人しくさせた、と言ったところでしょうか」
「ロクな事しねえもんだな。……で、そんなもんをわざわざ運ぶ理由ってのは――金になるからってのがまず思いつくな」
「無論、それは表には出せない事情です。この侯爵領だけでなく、国の法律で固く禁じられていますので」
生きた大型魔物の売買は重罪。見つかれば、即牢屋行き。出て来れるのは何十年先か……。
そんなもんをよくもまぁウチのシマでやらかしてくれたもんだ。
いや、まだ証拠は無えが。
「大金が動くとなれば、何人も貴族が絡むな。それにどっか商団と手を結んで、だからこうして化け物を運んでんだろうな。ここで突っ込んでったら尻尾切りで終わりか」
「……坊ちゃま、私としては奴らが何処に行くかを確認出来次第お戻り頂きたいのですが」
「俺だってそれは分かってる。相手の規模も分からねえ以上、首突っ込めば何処に飛び火して行くかも分からんしな。……さてバレねえようについてくぞ」
「坊ちゃまがこれ程活発な方になられるとは……素直に喜んでいいのやら、今の私には分かりかねます」
「苦労を掛けてる自覚はあるさ。今度わがままを聞いてやるか見逃してくれ」
一旦、馬の様子を見に戻る俺の背中から、小さな溜息が聞こえて来たような気がした。
最近思う。全く表情の読めない女じゃないらしい。
距離を保って、観察。バレないように息を殺しついて行く。
そして森の奥を行く連中がたどり着いた先は――。
「あそこは……誰に屋敷だ」
「侯爵様の家臣の一人、ゼブローン男爵家の仮屋敷だったと記憶しております」
仮? そいつは一体どういう事だ?
訳が分からない以上、それについて聞いてみた。
「元々、ゼブローン男爵の屋敷は侯爵領から遠い地にあったのですが……数年前に領地内が魔物に襲われ、命からがら侯爵様を訪ねて来たという経緯があります。それ以来、侯爵家の家臣として働く代わりにあの仮の屋敷を侯爵様より賜いました」
「つまり、そのゼブローンってのは他人のシマを間借りしてる分際で、お袋に牙を剥こうって考えてんのか?」
「その可能性が浮上して来ました。こうなった以上、慎重に物事を進める必要が……」
「この場合、明るい時間に訪ねて行って何か企んでるかって聞いても……答えてはくれねえよなぁ」
「それは……しかし、証拠を掴めていない段階で踏み込む訳には――まさかっ」
コセルアの声色が変わった。俺が何を考えてるのか察したんだろう。
本当なら、確かに俺もここで引き下がってた。だが……。
ゼブローンとかいうヤツは、お袋に借りがあるにも関わらず馬鹿な事を仕出かしている。
どんな理由があろうと、そのお袋のガキである俺は見過ごす事は出来ない。
立場的にも、何より腹立つこの心情的にもだ……!
「折角目立たない恰好で居るんだ、大胆に攻めたっていいよなぁ……!」
「坊ちゃま、しかし――」
「コセルア、アンタには本当に悪いと思ってる。でもな――俺と一緒に火に飛び込んでくれ」
「…………」
沈黙、しばらく見つめ合う俺達だったが……。
「……どうやら、坊ちゃまは聞いてはくれないようで……。分かりました、最後までわがままにお付き合い致します」
僅かに柔らかい目元が見えた。諦めさせた俺は、間違いなくわがまま令息だろうよ。
覚悟を決めた俺達。
コセルアは紙とペンを取り出して現時点での情報を書き、鞍のポケットに入れて二頭共に屋敷へと帰らせた。
「これで後戻りは出来ないな。……最後までこの悪ガキに付き合ってくれよ。そして無事に二人共家に帰ろう」
「その約束、必ずお守りくださいませ。――では参りましょう」
屋敷へと続く道、当然正面から入れない俺達は、わずかな月明りを頼りに静かな回り込みを決行した。