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救命活動とは


「――あたしにとっての、救命活動?」

「そうだ。貴殿は既に、平均的な威療助手レジデントよりも多くの救命活動を経験している。それはすなわち、見たもの、感じたことも多いということを意味する。多感な年齢において、そのような経験を積んだレジデントも、威療士レンジャーも、私は知らない。よって、貴殿の率直な意見を聞かせてもらいたい」


 うなずき、追加の補足をしたロドラの口調からは、皮肉も嫌味も感じなかった。

 たいてい、リエリーの年齢を話題にする相手は、皮肉か称賛か、どちらに寄っている。ロドラは、そのどちらでもなかった。そのような相手から意見を求められるのは、初めてのことだった。


(あたしにとっての救命活動は……)


 心中でもう一度、ロドラの問いを繰り返し、リエリーは黙考する。

 正確には、考えるというよりも、どう言葉にするかが課題だった。

 ロドラの問いの答えは、自分が威療士を目指すと決めた日から、心にあった。だから答えるのは、さほど難しくない。

 難しいのは、その答えを他人に伝えることにあった。

 納得してくれる必要はない。

 理解を求めるつもりもない。

 が、答える以上は、伝わらなければ意味がない。

 いくつか纏まった言い方が思い浮かんだものの、どれも自分の言いたいこととは異なる気がした。

 だから、思った通りに答えることにした。


「あたしにとって救命活動は、やりたいことで、だよ」

「前者は理解した。しかし、それは後者、つまり使命感とは矛盾していないか?」

「あたしはそう思わない。てか、使命感じゃないし」

「……リエリー。言い方ってもんがあるだろう。ここは、家ではないんだ」

「構わない、レンジャー・セオーク。私が率直な意見を求めた。レジデント・リエリー・セオークには、思うがまま話してほしい。……レジデント。使命感ではないと言ったが、では何だ?」

「うーん、やらなければならないことは、やらなければならないことって言うしかないなんだけど……。ほかの言葉だったら、『償い』が近いかも」

「償い? 貴殿は、罪を犯したのか?」

「……レンジャー・ロドラ。これは仕事ではなく、うちの事情に関係するものなんだ。贔屓と捉えてもらっていい。だが、リエリーには何も償うことなど――」

「――あるよ。あたしのせいで、ロカは“腹ぺこレベネス”になりかけた。だから、あたしが、償わないといけないんだ」

「リエリー! そいつは違うと何度も言ったろう! 全ては俺が自分で決めたことだ。おまえが気にすることじゃない!」


 救命活動中には決して見せない、マロカの荒々しい怒気。それは、威療士としてではなく、養父ちちとしてのものであると、リエリーにもわかっていた。

 が、それでも譲れなかった。

 マロカの言う通り、幾度となく義父子おやこの諍いのきっかけとなった、火種。年齢を重ねるにつれ、口にする回数を自重してきたリエリーだが、想いが消え去ったわけではなかった。

 むしろ、救命活動に従事する機会が増えるごとに、その想いは強まっていた。


(ほかのだれにもやらせない。そのときが来たら、あたしがこの手で……)


 この決意を話すつもりはない。他の如何なる相手にも、話すつもりはなかった。

 だから敢えて反論はせず、リエリーはただ、養父マロカの双眸を見つめる。普段、静謐な穏やかさを湛えている瞳に浮かんだ烈火を、一身に受け止めるつもりで、ただ黙して見つめた。


「――レンジャー・ロドラ。お話は、終わりかしら。規則を尊ぶアナタにしては、ずいぶんプライベートな面にまで踏み込んでいらっしゃるのね」

「意図的でなかったとはいえ、結果的に立ち入ってしまったことを詫びたい、随行支援機ルヴリエイト」

「恐縮ですわ。でしたら、もう夜更けを過ぎたことですし、お暇してもよろしいかしら?」

「時間を取ってくれたことに感謝する、レンジャー・セオーク、支援機ルヴリエイト、レジデント・リエリー」


 ルヴリエイトの皮肉に対し、ロドラは丁重に目礼を返すと、各自にも同じ目を向けた。

 そうして背を向けた威療士へ、リエリーは問いかけずにいられなかった。


「……レンジャー・ロドラ。あたし、質問に答えられた?」

「貴殿が、救命活動に……否、レンジャーに並々ならぬ思いを持っていることは理解した。であるからこそ、伝えておきたい、レジデント・リエリー。一人では、決して命は救えない」

「っ……」

「どれほど偉大なレンジャーであっても、必ず相棒バディを伴うことと同義だ。貴殿には、強い思いと技量がある。加えて何より、チームがいる。それを活かすか否か、己次第だ」


 振り返らず言い終え、〈ユニフォーム〉をはためかせたロドラが去って行く。

 その言葉が、何度も頭に木霊する中、リエリーの耳をルヴリエイトの明るい声が衝いた。


「さ、帰りましょう。二人とも、疲れたでしょう? シャワーを浴びて、寝なきゃね」

「……あー、リエリー。あのだな……」

「あたし、もっと鍛練したい。だから、もっと鍛えてよ、ロカ?」

「そう、か。……よし! なら、明日からトレーニングを倍にするか!」

「二人とも! まずは寝なさい!」

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