「エリーちゃん、飲み物か何か要る?」
「要らない」
施錠された一室、その室内に置かれたパイプ椅子に腕を組んで座っていたリエリーは、少し離れた位置で宙を漂うルヴリエイトの気遣いを一刀両断した。「そう」とだけこぼした乳白色の正十二面体は、『ため息の顔』の絵文字を筐体へ一度だけ浮かび上がらせると、もう何も言ってこなかった。
(ぜったい、まちがってる)
納得が、いかなかった。
それは部屋に閉じ込められたことよりも、遊覧船での救命活動の一幕について、そこで自分の意見が聞き入れられなかったことに対する部分が大きかった。
確かに、他の市民がいる状況で、
が、そうならない――させない自信があった。
にもかかわらず、駆け付けた
「――リエリー。話がある」
ふいにドアが開かれ、茶黒い巨体が顔を覗かせた。
鋭敏なリエリーの耳は、マロカの背後に控えるもう一人の気配を感じ取っていた。
「サラの容態を教えて。それか、後ろの頑固レンジャーに訊いて」
「――救命活動の管轄は、当チームにある。部外者に個人情報を伝えることはできない」
案の定、マロカの背後から室内へ入った鉄皮面は、お決まりの規則を口にしてリエリーの要望を突っぱねた。
そんなことは、百も承知だった。それに、ただむくれて部屋で待っていたわけでもない。
リエリーはコンソールを叩いて録画映像を呼び出すと、そのホロウィンドウを威療士のほうへ弾き返した。
「サラはあたしに威療決定権を託した。これでも部外者?」
短い映像は、サラ――〈
ゴクリと、喉が鳴っていた。
真っ赤な噓ではないが、真っ白な真実とも言えない証拠だ。すぐにでも仕舞いたいのは山々だったが、件の威療士が食い入るように映像を眺め、時折、巻き戻すジェスチャーを交えている以上、引っ込めるわけにもいかなかった。
知らず、視線をマロカへ移すと、威療士の背後で眉をひそめている深海色の双眸と目が合った。疑るその目は、リエリーからルヴリエイトへと移動し、当人たちにしかわからない無言のやり取りが繰り広げられているように見える。
結局、先に視線を動かしたのはマロカのほうで、リエリーへ目を合わせると、剛毛の片眉を吊り上げてみせた。
咎めるマロカの目から逃げるように、リエリーは、映像を見終えたらしい威療士を睨み付け、回答を急かす。
「で、どうなの」
「……当該スペクターは現在、昏睡状態にある。医師の診断によれば、回復兆候は見られていない」
「っ……。あたしがやってれば――」
「――貴殿が〈ドレスコード〉を実施したとして、当該スペクターが回復するという根拠は何だ、レジデント」
「あんたたちは、救助艇をステルスもせずに現場へやってきた。〈
「回答になっていない、レジデント。そも、我々が連絡を受けた際には〈
「だからって――!」
「――よすんだ。レンジャー・ロドラの判断は、救命活動の原則に則っている。わかるな、レジデント・リエリー」
マロカの低い声が、食い下がるリエリーの言葉を遮っていた。有無を言わせない意図を隠しもしない迫力だった。
ロドラは、威療士としてすべきことをした。それを頭で理解できても、リエリーの感情は少しも収まらなかった。涙幽者化直前のサラの言葉と、直後の悲痛な叫び。それが何度も思考をよぎり、その度、リエリーは自分の非力に奥歯を噛んでいた。
この怒りは、ロドラのせいではないのだ。威療助手として、力が及ばなかった自分に対する腹立たしさだった。
追い打ちをかけるように、マロカの「返事は?」という声が掛かり、リエリーは噛み締めるような声で「はい、リーダー」と返す。
「レンジャー・ロドラは、おまえの謝罪を求めている。ここでそれを――」
「――失礼、レンジャー・セオーク。私は、貴殿が代わりに詫びることを筋違いと指摘したが、レジデントの謝罪を聞きたいという意図で言ったのではない」
「……しかし、リエリーに会いたいと言っていたが?」
「そうだ。私がレジデント・リエリー・セオークに面会を求めた理由は、質問があったからだ」
「……あたしに質問?」
意外な展開を前にして、リエリーは驚きと共に疑問が湧き上がっていた。
ロドラはいったい、自分に何を訊きたいのだろう。
大方、威療助手を続ける気があるのか、とか、次に同じ状況と遭遇した場合はどうするつもりか、といったことだろうと思った。
が、リエリーを真っ直ぐに見据えた緑茶色の瞳が問うたのは、全く予期しない内容のものだった。
「レジデント・リエリー・セオーク。――