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筋の通し方

「――以上が、本救命活動の報告であります」

「了解した。ご苦労だったね。チーム〈ハード・ティラミスHT〉の諸君は、引きつづきパトロールに務めてくれ」

「はっ! ……枝部長ネクサスマスター。一つ、よろしいですか?」


 カシーゴ・レンジャー枝部ネクサス、その枝部長室で、右隣に立つ直立不動の姿勢を保っていた、痩身の〈ユニフォーム〉姿。

 規律を叩き込まれた退役軍人らしい、引き締まった表情のまま、威療士レンジャー式の敬礼を枝部長へ掲げたその口から、疑問が呈されるのを察し、マロカは内心、来たかと身構えていた。


「ん、何かな? チーム〈HT〉リーダー、ロドラ君」

「はい。本救命活動中に発生した、不適切な介入および再発防止について具申したく」

「話してくれ」


 枝部長の目がチラッとマロカへ向けられ、すぐさまロドラへと戻される。

 自分が同席している時点で、枝部長も予測はしていたのだろう。何せ、これが初めてではない。


(あの子は、涙幽者スペクターに感情移入しすぎる。それ自体は、問題ではないが……)


 思考に再生されるのは、先刻の救命活動だ。

恍惚エクスタシア〉の涙幽者に呼応し、〈敬愛アドレイショナ〉へ涙幽者化した、遊覧船の乗客の女性。彼女の〈ドレスコード〉を実行したチーム〈HT〉の威療士に対し、娘は――リエリーは、激しく抵抗した。

 自分が割って入っていなければ、〈ドレスコード〉そのものを止めかねない状況だったうえに、その後も露骨に敵意を剥き出しにしていた。見かねたマロカは、半ば強制的に枝部へ同行させ、今は施錠した隣室へ待機させている。

 明確な理由のない〈ドレスコード〉の妨害は、威療士条約で禁じられている。

 リエリーの行動を審問会へ諮られるようなことがあれば、罰則ペナルティは確実だ。良くて厳重注意、事を重く見るならば威療助手レジデントライセンスの剥奪もあり得る。

 その裁量は枝部長にあり、威療士たちを束ねる者として、枝部長は威療士から挙がる意見をないがしろにできない。


(ロドラが相手となれば、そう簡単にいかんだろうな)


 チーム〈HT〉は優秀な威療士たちだ。百に近い威療士チームを抱えるカシーゴ・レンジャーにおいて、その業績は常にランキング上位に入る。特に、厳格で知られるリーダーのラクス・ロドラは、規律を重んじる男であると同時に、極めて稀な二重個有能力ダブルユニーカの持ち主でもあった。そんな彼のクルーもまた、軍隊さながらの正確な救命活動を得意としている。

 マロカから見れば、少し柔軟性に欠ける部分はあるものの、補って余る実力者集団には違いなかった。

 だからこそだろう。ロドラは、“型破りがち”な自分たちに対して、意見を述べることが多かった。

 それが悪意や敵意といった、感情に由来していないことは理解している。だからこそ、その意見は的を射ていることがほとんどだった。

 通常、担当チーム以外の者が同席することはない、この報告業務へ参加するにも、マロカは相当な骨を折った。最後は、『最寄りに居た威療士として報告義務がある』と、拡大解釈した条約を持ち出してようやく、ロドラの同意を得られたくらいだ。

 その彼は今、枝部長に対し、救命活動中に自分たちとリエリーが取った行動について、淡々と客観的に説明を行っている最中だった。それほど時間が経過していないとはいえ、枝部長を直視したまま話すロドラの的確な説明には、舌を巻く他なかった。


「……このようなレジデント・リエリー・セオークの行動は、規則に反するのみならず、スペクターや他の負傷者、ひいては同業レンジャーに生命の危険をもたらしかねないものであります」

「ほむ。確かにそうだね。では、ロドラ君。この件に関して、君の提案を聞かせてもらえるかい」

「はっ。レンジャー・チーム〈HT〉リーダーとして、レジデント・リエリー・セオークに対し、単独行動の謹慎を正式に申し立てます」

(……それだけ、か?)


 つい、横に立つ痩躯へ、驚きの目を向けてしまった。当然、返る視線はなく、その横顔からは何の感情も読み取れない。

 枝部長も同感だったのか、愛用の立ち机スタンディングデスクに両方の手のひらを置くと、「理解しているとは思うけど」と、前置きを置いた。単刀直入が特技である枝部長にしては珍しい、確認の言葉だった。


「レジデントは、一名以上のレンジャーが同行し、指示をしない限り、救命活動が実施できない規則になっている。君の申し立てが、規則と異なる点はどこにあるんだい?」

「全く異なるものであります、枝部長。レジデント・リエリー・セオークが所属するチーム〈CL〉には、ここに同席するレンジャー・マロカ・セオークが籍を置いています。しかし現状、その指導が行き届いているとはいえません。これでは、レジデントが単独行動をしていることと同義であります」

(そうきたか)


 ロドラが、自分の同席を認めた本当の理由がようやくわかった気がした。どうやら、主張に納得したからではなく、糾弾するために利用されたらしい。

 不思議と、怒りは起きなかった。リエリーに対する非難であればそうもいかなかっただろうが、これは違う。ロドラの指摘は、正しかった。


「なるほどね。では、セオーク君。ロドラ君からの指摘について、君の意見は?」

「レンジャー・ロドラの指摘は、もっともなものです。レジデントの不注意は、チームリーダーの責任だ。俺の監督不行き届きです。改めて不手際を詫びたい」

「だそうだが、ロドラ君?」

「失礼ながらレンジャー・セオーク。貴殿が詫びるのは、筋違いというものではないか?」


 わずかに顎を引いたロドラが、目を合わせずにマロカの謝罪を拒否する。

 そうして続いた言葉は、石の刃のように重く心に突き刺さった。


「レジデントといえども、救命活動に携わるプロフェッショナルには変わらない。たとえ、年端もいかない未成年だとしても、だ。――それとも、貴殿はレジデントとして見ていないのか?」

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