……我々は、なぜ老いると同時に、
歴史家の立場は、簡潔である。
科学者諸氏は憤慨を覚えるかもしれないが、人類史を紐解くにあたって、なぜ人は狼化するのかという問いは意味を成さない。
ルカリシアにおいて、記録が残る限り、人類は生を授かった瞬間から狼様を呈し、年齢を重ねるごとにその過程が強まる。知識ある読者諸君ならば、既知の事実かもしれないが、やがて人間は完全な狼様へ変貌し、ただひたすらに自然へ還ることを渇望する。これを、文化史の観点から〈草葬〉や〈草原に還る〉と呼称することも多い。
こうして完全なる狼化を遂げた者は、もはや人間としての記憶を持ち合わせず、野に生きる他の生物さながら人間を忌諱することが知られている。特に、かつての血縁者には、極めて強い忌避感を示すとされる。
唾棄すべきことではあるが、人類史において、完全なる狼化を遂げた者を状態遡行させる試みが幾度となく記録されている。いずれも悲劇的な結末を迎えているにもかかわらず、なおも追い求めるその姿勢は、人間らしい愚かさの左証であると、著者は考えている。あるいは、それが、人間を人間たらしめる「愛」と呼ぶものが為す行為なのかもしれない。……
※註釈……本文中には現代において差別用語となる語句が含まれるが、原文のまま記載した。