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リエリー・セオークの朝

 リエリー・セオークの朝は早い。

 ほとんど日の出に合わせて起床し、自宅兼救助艇の〈ハレーラ〉を駐機してある公園内のランニングから一日を始めるのがルーティンだ。

 その習慣は、威療助手レジデントになる前から続けてきたもので、今ではそうしないとムズムズして気持ち悪いほどだ。

 何より、早朝の公園は、とても清々しかった。

 北米随一の大都街カシーゴ・シティだが、市街をいくつもの河川が走り、緑豊かな公園が至る所に整備されている。一歩、園内に入れば、都街の喧騒を容易に忘れさせてくれる。

 そうして、澄んだ空気をリズミカルに肺に入れながら、リエリーは、背後に迫る気配を感じ取っていた。


「――右から失礼」

「またタイム上げてない、ロカ?」


 いつも通り、周回遅れにさせられている相手――マロカの巨体を見上げて、リエリーは口を尖らせる。

 颯爽と追い抜いていった茶黒い巨体が、数歩先で向きを変え、後ろ向きに駆け足を始めた。


「当然だろう。俺はもう若くはないが、だからって若いもんに負けてられんさ。なんたって、“追い上げ”が激しいからな」

「あたし、一度も勝ったことないんだけど」

「おまえさんだってタイムが伸びてるじゃないか、リエリー。ま、俺に勝つには、ユニーカでも使わんと無理だろうがな?」


 ニヤリと吊り上げた口角から鋭い牙を覗かせ、マロカが余裕の宣言をしてみせる。

 悔しいが、養父の言う通りだった。

 元より、威療士として鍛え抜かれた体だ。そこに、涙幽者としての驚異的な身体能力が加わっている以上、ズルチートでもしない限り、マロカに勝てる道理がなかった。

 もっとも、リエリーが個有能力ユニーカを使ったところで、この養父も躊躇わずにユニーカを使ってくるだろうから、結局は勝つ見込みなど皆無に等しいのだが。


「こんど、ユニーカ合戦しようよ。どっちかがバテるまで、徹底的にさ」

「俺は構わんが、ルーには言っておくべきだろうな。でないと……」


 巌のような肩をすぼめ、身震いのジェスチャーを示すマロカ。それを言われると、さしものリエリーも「……あ」と、再考するしかなかった。


「そう焦るな。いつかはおまえさんが勝つ。それが、若さってもんだ。そのときは、俺も悠々自適な老後生活ができるってもんだな」

「あたしのバディ辞める気?」

「おいおい。老いぼれをこき使う気か? おまえさんには、もっと相応しい相棒が見つかるさ――」

「――嫌。ほかのバディなんか要らない」


 足が止まったリエリーの元へ、ゆっくりと巨体の影が歩み寄ってくる。

 そうして丸めたカギ爪が、トンと肩を突いてきた。


「心配せんでも、すぐに隠居はしないさ。おまえさんは、時間をかけて自分の道を探したらいい」

「……あたしはレンジャーになる。それが、あたしの道だから」

「そうだな。なら、レジデント・リエリー。〈ハレーラ〉まで競争といこう。朝食に遅れると、ルーになにを言われるか――」

『――二人とも、聞こえてるかしら?』


 自身とマロカのコンソールが同時に着信を報せ、思わず、顔を見合わせてしまった。

 マロカがブンブンと首を横に振り、パートナーへの応答を養娘に丸投げしてくる。


「あー、ルー。聞こえてる。すぐもどるから」

『お願いね、エリーちゃん。エリーちゃんにお客さんが来てるのよ』

「客……?」


 予想外の言葉に、リエリーは思いっきり首を捻るしかなかった。

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