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別れの次は

「――モーニング! こぉ~んな朝からトレーニングなんて、やるネ」

「……客って、あんたなわけ?」


 盛大にため息を吐いたリエリーへ、その中折れ帽の客人は、「もぉ、失礼ネ」とあからさまに頬を膨らませた。

 ルヴリエイトに呼ばれ、急いで〈ハレーラ〉まで引き返してみれば、そこで待っていたのは、白の帽子から、さまざまな赤で染め上げた長髪をなびかせた少女――ソロ威療士のアイサ・サイラスの姿だった。

 自分に客人があるという時点で、変だとは思っていた。

 自慢ではないが、人付き合いが億劫な自分にわざわざ用がある相手など、数人しか思いつかない。その大半が威療士の関係者であり、彼らの用となれば、それはすなわち救命活動に関係する。コンソールから呼び出せば充分だ。

 流線形をした血のように赤い小型救助艇の傍に立つアイサが歩み寄ってきて、リエリーはとっさに後ずさる。


「なんの用」

「身構えないでよぉ、わたしたちの仲じゃない。今日は、挨拶に来ただけだよ」

「挨拶?」


 ふいに、枝部長の言葉が頭をよぎり、リエリーの頬が強張る。

 そんなリエリーへ、ソロ威療士はウインクを飛ばしてくると、後ろに立つマロカへと手を伸ばした。


「ハ~イ! お会いできて光栄ネ、“戦錠”マロカ・セオーク」

「丁寧な挨拶、感謝するよ。君も、レンジャーと見受けるが……?」

「そう! レンジャー・アイサ・サイラスよ。聞いて、エリーちゃん! アイサちゃんってね――」

「――ソロレンジャーで最年少でしょ。ハリハリに聞いた」

「そうなの? じゃあ、なおさらよね。せっかく、お友達ができたのに」

「……なんのこと?」


 いつの間にか打ち解けていたことにも驚いたが、ルヴリエイトの口から出てきた予想外の言葉に、リエリーは瞬きするしかなかった。


「わたしがぁ、チームに入る挨拶に来たって思ったでしょ、リエリー・セオーク。ざんね~ん。真逆でしたぁ。わたし、ネクサスに帰らなきゃなんだぁ」

「あっそ。ま、気をつけて。あと、間違って“腹ぺこレベネス”の頭を撃たないでよ」

「ちょっと! それだけ? もっとぉ、泣き崩れるとかぁ、『お願い、行かないでぇ!』みたいな展開を期待してたのに!」

「ルー、朝ごはん、なに?」

「わたし、朝食に負けた?!」

「はは。すまんな、レンジャー・サイラス。あれがリエリーなりの愛情表現なんだよ」

「勝手なこと言わないでってば、ロカ」


 わずかだが、的を射ていた養父の言葉に、リエリーは抗議しつつ、〈ハレーラ〉へ足を向ける。

 アイサは、うるさいうえにしつこい。苦手な典型的タイプだ。


(……レンジャーの腕だけはいいけど)


 が、技量スキルがあるのは間違いなかった。そのうえ、ふざけているようで、冷静に状況を見極める観察眼を持っている。

 何より、代名詞である超長距離からの“狙撃”による直心穿通ハートランシング

 枝部でのときのように、〈ドレスコード〉を完了させるには涙幽者に近づかなければならないが、それでも遠距離からの正確な直心穿通は、涙幽者の餓死を防ぐ大きな手助けになるのは間違いない。

 普段から涙幽者の高速〈ドレスコード〉を心掛けている以上、もう少し、その救命活動を見たかったという気持ちがないでもなかった。


「ねぇ、リエリー・セオーク」

「……なに」

「早いこと〈バッズ〉を咲かせてネ。今度はレジデントのリエリー・セオークじゃなくてぇ、・リエリー・セオークと組みたいからネ」

「……ソロレンジャーなのに?」

「ソロだからってぇ、いっつも一匹狼じゃないんだしぃ? 必要なら、どんなレンジャーとも救命活動できる。それが、ソロってものネ」

「覚えとく。……あんたも、死ぬなよ」


「リエリー」「エリーちゃん」と、諫める声が続いたが、リエリーの耳には、救助艇のハッチを昇る軽快な足音が聞こえていた。


「お互いさまネ。じゃあね~」


 敢えて返事も、振り返りもせず、リエリーは〈ハレーラ〉の機内に足を踏み入れる。

 と、緊急の通信を報せる着信音が、コンソールから響いた。


『――カシーゴレンジャーの諸君、ネクサスマスターのハリスだ。この通信は、全レンジャー諸君に向けて発信している。単刀直入に言おう。諸君には、知る権利がある。家族同然の同僚が昨夜なぜ、、今、生命の瀬戸際にあるのかをね』

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