一刻の猶予もなかった。
二つ以上の
単独型でも周囲に破壊を振り撒く涙幽者のことだ。二つの
周囲は住宅地であり、時刻はこれから人々が活発に動き始める早朝と来ている。
(パニックが広まれば、手がつけられない……)
ただでさえ、増加の一途を辿っている涙幽者に対する不安や恐怖が広がっているこの時勢で、避難要請を出せば間違いなく、人々はパニックを起こす。
そしてパニックを起こした人の感情は容易く反転し、そこから先は、文字通りの地獄絵図が待っている。
(……子のために新世界を造る、ですか。それだけ聞けば、立派な親心ですが)
そんな地獄絵図が引き起こされる可能性を、目の前の涙幽者――タイラは、考えていない。子への愛を叫び、救世を謳う彼の眼は、そのどちらも映ってはいなかった。“染まって”しまった彼は、もはや、
そのような相手は、ここで確実に
「出し惜しみは……できそうにありませんね」
次々と襲い来る凶器と化した木枝を捌きながら、アシュリーは首筋を伝う汗を自覚していた。
涙幽者を中心に押し寄せる枝の数が、急激に増えている。
制御が甘いせいか、大半が見当違いの方向へ飛んでいるのは幸いなことだが、そうやって壁や天井を易々と穿った枝の威力を目の当たりにしていると、そう楽観視もしていられない。
触れれば致命的になるだろう無数の枝をくぐり抜け、涙幽者を〈直心穿通〉する。
シンプルだが、あまりも難易度が高いミッションを再確認し、ついアシュリーは苦く笑ってしまう。苦笑さえさせまいと迫る複数の枝を、床と壁を支点にし、躱す。
そうして腹をくくる時間を稼ぐと、アシュリーは短く息を吐いた。
「リーダー・アドミンコマンド。〈ユニフォーム・レギュレーション・リリース〉」
【生体認証確認。一時的な制限解除を許可】
今、ここで涙幽者を、
それだけに意識を研ぎ澄ませ、アシュリーは全身へ行き渡った昂揚感にただ、溺れる。
「ユニーカ、