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息子トゥルー

「――っ! サマンサ! ティファニーの援護に行ってくださいっ!」

「ラジャ――」


 踵を返しかけたサマンサの背後へ、鞭のようにしなった枝が迫る。

 明らかにその背を狙った一撃は、だが、赤々とに阻まれた。


「――――」

「あいにく、こちらも伊達に長くレンジャーをやっていませんの、でっ!」


 そのまま走っていくサマンサの背を視界の隅に捉えつつ、今度はアシュリーが一気に加速する。

 サマンサのユニーカは、その外見ファッションに相応しく、炎系だ。植物系のユニーカが多い〈敬愛アドレイショナ〉との相性はすこぶるいい。

 加えて、彼女の〈不意打ち無効フレイム・ヘア・シールド〉は、視界の外から来る攻撃をほとんど自動的に防ぐ優れ技だ。

 ティファニーの身に何が起こったのかまではわからないが、助けが必要な状況にあることだけは間違いない。攻防のバランスが取れているサマンサならば、どのような状況でも力を発揮してくれるはずだ。


「アノ子を――トゥルーヲ――」

「安心してください、事務官。お子さんは無事ですから――」


 幾本も迫り来る枝の突きを、〈ユニフォーム〉のアシストを借りて跳躍し、涙幽者へ肉薄する。右手には抜針してある〈ハート・ニードル〉が、いつでも直心穿通できるよう握ってあった。


「――チガウッ!」


 車中の涙幽者にサイドからアプローチするのは困難と判断、側転カーウィールの要領で体を捻ってフロントへ回る。グローブのパワーを使ってフロントガラスを叩き割るまでもなく、それを予期していたように一本の太い枝が、まるで布に糸を通す手易さで剛性のガラスを突き破った。


「ぐっ……!?」

「トゥルーに――息子ニ、手ヲ出スナ」


 頭を狙ったと予測した枝が、急降下し、アシュリーの右足に絡みつく。そのまま釣りでもするように逆さに持ち上げられ、不意を突かれたことで手から滑り落ちた〈ハート・ニードル〉がカランカランと軽い音を立ててボンネットへ跳ねた。


「ですからタイラ! お子さんは僕たちが保護して――」

「――

「……えっ?」

「トゥルーノチカラハ、ワタシノヒデハナイ。アノ子ノチカラハ、神ノ贈リ物ダ。

「ではあなたが反転したのは……っ!」

「ワタシハ、息子タチヲ愛シテイル。彼ラニハ、“染マッテ”ホシクナイ。ダカラ、ワタシガ世界ヲ救ウ。スペクタードモノイナイ、新世界ヲ造ルノダ」


 逆さになった視界の中、アシュリーは、白く濁った涙幽者の双眸から、透き通った雫が溢れていくのが見えていた。

 それは、まるで、天へ届けと、込められた願いのようだった。

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