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本番は突然に

「……は? あ、あたしにはムリだよ。だってあたし、ライセンスないし」


 唐突に、マロカの口から出た指示。それに対し、リエリーは咄嗟に首を横に振っていた。

 直心穿通ハートランシング細剣レイピアにも近い極太の針を、寸分違わず涙幽者の心臓へ突き立てる処置。

 それは、涙幽者を無力化する〈ドレスコード〉において、中核を為す処置だ。正確にハートランシングを実施して初めて、涙幽者を鎮めることが叶う。威療士にとっては、決して避けて通れない、不可欠な行為だ。


「俺がいる。レンジャーとして指示するから、おまえがやるんだ。ずっとやりたがってたろ?」

「それは……そうだけど」


 威療士になることだけを志してきたリエリーにとって、ハートランシングは、いわば一人前の証だった。一人でハートランシングを完了できたとき、自分は威療士であると、ようやく自身を認められる。

 そのために、勉強もシミュレータ訓練もしてきた。おかげで、いつでも完璧にできる自信を持てるほどには、準備してきたつもりだった。

 が、地面に膝を突き、胸から血を流しているマロカを前にして、自分ができるとは、とても思えなかった。


「時間がないぞ、リエリー。ほら、俺の〈ニードル〉だ。昔、こっそりこいつで遊んでたろ。持ちやすいサイズに分解していい。心配いらん」

「ダメ。ロカの手当てするから、それからロカが自分で――」

「――逃げるなッ!!」

「っ……」

「……俺にはできん。手負いでやれるほど、ハートランシングは甘くない。負傷者の命を、危険にはさらせん」

「……」

「だが、おまえならできる。おまえは、リエリー・セオーク、俺の娘で相棒バディだ。俺はいつだって、おまえを一人前レンジャーだと思ってやってきた。第一、手順はおまえのほうが詳しいんじゃないのか、受験生?」

「テストと本番は大違いだし」

「ああ、そうだな。その意気だ。いいか、迷うな? 迷いは判断を曇らせる。ランシングスポットを決めたら、一気にいけ」

「……わぁった」


 マロカが――相棒が差し出した、彼専用に作られた〈ハート・ニードル〉。ミニガンよろしく武骨なシルバーのそれを、リエリーは慣れた手つきで解体していく。

 頭の中では、幾度となくシミュレーションしてきた手順を再度、再生し、改めて再確認する。

 そうして、マロカの〈ハート・ニードル〉から、必要最小限の部品だけを取り外すと、大きく息を吐いた。


「ふぅー。あたしはできる。だから、やるんだ」

「いいぞ、リエリー。まずは〈ギア〉で飢餓係数を確認するんだ」

「オーケー」


 倒れ伏した二名の涙幽者。

 その命を救うため、リエリーは落としたアビエイターグラスを拾い上げ、装着する。

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