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飛行救命空母

「デケえ……!」

「そのとおりですっ、ケガ人・レスカ。全長百五十二メートル、全幅四十メートル、二隻の救助艇が着艦可能。〈ポッド〉の搭載数五十八基。世界ルカリシア広しと言っても、この次世代型飛行救命空母〈ジョン・K・ハリス〉に優る船は存在しませんっ」


 自信に満ちあふれたピケットの声が、専用に建造されたらしい巨大ドックに広がった。

 自然と前に出る足に任せ、リエリーはその全容を目に焼き付ける。

 まさしく空母、という分類に相応しい威容だった。

 にもかかわらず、空母らしい威圧感はほとんど感じられない。

 その理由を見慣れた乳白色の機体に察して、リエリーは目を釘付けにしたまま尋ねていた。


「もしかして、カラーチェンジャー・ペイント?」

「お見事ですっ、ヒヨコ・リエリー。〈ジョン・K・ハリス〉の外装は全て、あらゆる色調を表現可能なナノコーティング粒子で覆われていますっ」

「そ。なぁるほど」

「……なあ。ひとりで納得すんなよ。何がなるほどなんだ?」


 リエリーの傍へ寄ってきたアキラが、肩を小突いてそう耳打ちしてくる。直接ピケットに訊けばいいと思うのだが、それをしたくない気持ちもわからないでもない。

 だからリエリーは、頭の中で簡単に整理すると、口を開いた。


「こんなでかい船が頭の上とんでたらさ、アキラはどうおもう?」

「どうったって……。そりゃあ、ちーっとはビビるだろ? 飛行救助艇は珍しかないが、このサイズはねえからな」

「アキラがビビるくらいなんでしょ? 市民なら、もっとビビるじゃん。〈驚嘆アメイズメンタ〉の“腹ぺこレベネス”になるくらい」

「けどよ、そのカラーチェンジャー? って塗装で色を変えたって、同じじゃねえのか?」

「ふつう、カラチェンにナノコーティングまではつかわない。ルーみたいに電着塗装E-coatingでじゅうぶんだから。けど、わざわざつかうってことは、クローキングステルスさせたいわけ。――でしょ? ピケピケ」

「流石、レイモンド・バークの愛弟子とだけ言っておきますっ」

「てことは……この船、透明になれるんか!? スゲえ。……ウチの船にもほしかったな」


 膨らんだ鼻が一転、萎んで小声に変わる。

 唐突なアキラの変化にリエリーが声を掛けられずにいると、ソプラノの鼻声が淡々と続いた。


「ナノコーティングテクノロジーは実証段階の試作品ですっ。性質も、制御法も、未だ手探りに近いのですっ。そのようなものを、実戦投入するわけにはいきませんっ。何より、コストが高すぎますっ」

「この塗料、高いんすか?」

「正確には塗料ではありませんが……一グラムでレンジャーユニフォームを三着は仕立てられますっ」

「はぁー! ウチのネクサスってリッチなんだなあ」

「いいえ、ケガ人・アキラ。この救命空母は、カシーゴ・レンジャーネクサスの所有機ではありませんっ」

「え」「は」


 ピケットの予想外の言葉に、リエリーは思わず振り返っていた。

 そこには、珍しく苦笑を浮かべた整備長の顔があった。


「今さっき言ったはずですよっ。試作品を実戦投入するわけにはいかない、とっ」

「え、じゃ、もしかしてこれって、の……?」

「そのとおりですっ。〈ジョン・K・ハリス〉は、ネクサスマスターの私用機プライベートキャリアですっ」

「「はぁ~?!」」

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