レナの特徴的なアースアイに覚えがあったのだ。
「どうしたの?」
リヴィアが恐る恐る尋ねた。
「いや。勘違いの可能性が高くて……」
アンジの歯切れが悪い。確信に似たものを感じたからだ。
見る者を魅了するといっても過言ではない特徴的な瞳は、忘れようがない。
「私を見て脳裏によぎったことを教えて」
レナがアンジをまっすぐ見据えたまま、話すように促した。
「その……あまり良い光景じゃない」
「知りたい」
アンジは確かにこの少女に似た子供を助けたことがある。
あまりに酷い光景で、忘れることなどできなかったのだ。
「君に似た少女を助けたことがある。五人の集団だった。檻に入れられて。くすんだ白の質素な服で。溶融炉へ落とされそうに……」
「牢はトロッコに乗せられて金属用溶融炉に向けて滑走していた。その子供にリアはいました」
「滑車移動のシンプルな方式のトロッコだった。まさか本当に君があの時の……」
「ラクシャスのブーストが間一髪間に合った。だから私は今も生きている」
「そうだ。君に大怪我を負わせてしまった。すまない」
今でもはっきりと思い出せる光景。
後部座席にリヴィウがいた。溶融炉に向かう巨大なトロッコに乗せられた移動式の檻には、五人の子供が閉じ込められていた。
溶融炉に落とされそうな子供たちをラクシャスの最大加速で檻ごと助け出したが、その衝撃で特徴的なアースアイを持つ少女に大怪我を負わせてしまったのだ。
「本当にすまないと思っていますか?」
レナは首を少しだけ傾けて上目遣いで尋ねる。
一切表情からは感情が読めない。
「ああ」
「しゃがんでください。内緒話を」
アンクはいわれるまま、彼女の目線まで腰を落とす。膝をつく形になった。
レナはアンジの耳元に顔を近づける。
「覚えてくれていて嬉しい」
レナはアンジの両肩に腕を回して抱きついた。そのままアンジに顔を近づけると、そっとお互いの唇が触れた。
アンジは固まったまま動けない。それ以上に凍りつく一同。
「レナは身も心も、すべてをあなたに捧げることを誓います」
レナはすぐに顔を離して、宣言をする。アンジは抱きしめたままだ。
離れる気配はない。身動きが取れないほど力が強い。昨夜のリヴィア以上だ。
「レナ! ステイ! ストップ! ストップして!」
「あなたはわたくしたちのなかで一番力が強いんですから! アンジ様が壊れてしまいます!」
ヴァレリアとヤドヴィガが二人がかりでレナをアンジから引き離そうとするが、レナは無言でしがみつく。
リアダンがアンジの両脇から腕を通して、レナを引き剥がすことができた。
「ただの挨拶だよ?」
レナは何事もなかったように、身柄を確保している三人に告げる。
「こんな重い挨拶があるかい!」
ヴァレリアが思わずツッコんだ。
暴走は彼女の特権だが、レナが暴走したときは誰にも止められない。三人がかりでようやく抑えることができる。
「アンジ様。どうかレナの無礼は忘れてくださいませ」
冷静さを装うヤドヴィガだが、先を越されたと歯痒い思いは隠せない。
「うちのメンバー、愛が重いからさー。ごめんねー」
リアダンが冷や汗をかきながらアンジに謝罪する。
あまりのことにアンジは口が聞けなかったが、ようやく言葉にする。
リヴィアはいまだに硬直していて微動だにしない。
「こっちもか! しっかりしてリヴィア!」
ヴァレリアがリヴィアの両肩をゆすって正気に戻そうとする。
「あなたのターンはこれからでしてよ?」
「わかった」
ヤドヴィガもリヴィアを激励して正気に戻した。
「ひょっとして、みんなレナのように俺のことを直接知っているのか?」
「私だけですね。初対面は」
正気に戻ったリヴィアは複雑な表情を浮かべている。
「リヴィア以外はみんなアンジと直接会っているはずです」
「思い出すまで待っていてくれ」
「いいっていいって。覚えていてくれなくても。アンジがここにいるだけであたしらは十分なのさ」
ニカっと歯を見せてヴァレリアは笑顔を浮かべる。
その晴れやかな笑顔に、思い出せない申し訳なさが先にくるアンジだった。
「——すまないみんな。あまりのことに意識が飛んでいたようだ」
「いいってボス」
「ボス?」
アンジはその言葉が気になった。
「リヴィアはその……俺と同じ整備員ではないのか。そう聞いているんだが」
「リヴィア?」
リアダンが少し目を険しくする。
「リーダーはリアダンだ」
リヴィアが首を横に振って否定するが、どちらかというといやいやしているようにも見える。
「そうだね。ボクがリーダーだけど。リヴィアはグレイキャットの
「え?」
アンジが驚いて振り返ると、リヴィアがそっと目を逸らす。
「CEO?」
「機体の整備担当は事実だ」
「それは本当だよ。フーサリアのアーキテクトだし」
「アーキテクトなら整備士とは違うよな?」」
ヴァレリアがからっと笑う。
「出資者でCEOというのは?」
「昨日話した通り。この施設や私の知識はアンジの経験をもとにリヴィウと共に技術開発をしたもの。それを元手に事業を興し、グレイキャットの資本金となった」
リヴィアが慌てて口を挟んだ。