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第18話 感無量

 リヴィアとの朝食という名の修羅場を終えたアンジは当たり障りのない会話を続けていた。

 昼過ぎからリヴィアの案内によって、整備する機体の説明を受けるアンジだ。

 移動のために搭乗したハザーを点検作業する。


「さすが本職。師匠と呼ばせてください!」

「褒めすぎだろ。こいつの整備は完璧だ。本当に俺がいるのか?」


 アンジが機体をチェックして感想を漏らす。

 念入りに整備されていることが一目でわかる機体だった。


「アンジは独学でフーサリアまで組み立てた」

「そこまで褒めなくてもいいって。学が無いだけさ」


 ジト目でアンジを睨み付けるリヴィア。


「学が無いから君とは釣り合わない、という言葉は禁止。ぼやくたびに罰です」

「くっ」


 もう釘を刺されるとは思わなかったアンジが絶句する。


「私達が今あるのはアンジのおかげ。そのアンジの代わりに学んだと、リヴィウも私も思っているよ」

「参ったな」

「ぼやくのは自由。そのたびに、罰として抱きつくから」

「なんという罰だ……」


 想定外の攻撃を宣言されたアンジは、どう言葉を紡げばいいのかわからない。

 ここまで押されたことなどないのだ。


「いくらでもぼやいて!」


 リヴィアの口元が笑っている。


「俺が抱きつき返したらどうするんだ」


 震える声で虚勢を張るアンジ。


「そのまま抱きしめ合うだけですよ。ゼロ距離で!」


 両手を広げるジェスチャーをするリヴィア。


「うぅむ。悩ましい提案だが、今はやめておこう」

「残念。悩んではくれるんですね」


 アンジを自分のペースに引きずり込むことに成功したリヴィアは、様子はおくびも出さず、弾んだ声で笑うのだった。


「こんな感じでいることができるのはあと少し。グレイキャットのメンバーが帰投するから、また堅い口調で話すことになると思う」

「そうか」


 残念なような、ほっとするようなアンジだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 地下格納庫に四機のフーサリアが帰投した。

 挨拶のためにリヴィアとアンジはパイロットたちを出迎えた。


「同型機のフーサリアが四機もあるのか」


 フーサリアは基本、破損した状態で発見した発掘兵器だ。状態のよい完動品が四機もあるとは聞いたこともない。


「フーサリア【マカイロドゥス】です。私の機体含めて五機あります」

「秘密がありそうだな」

「すぐにわかりますよ。みんなが降りてきました。アンジを紹介しますね」


 それぞれのマカイロドゥスから四名の少女たちが降りてきた。

 リヴィアが四人に話しかける。


「アンジを正式に雇用しましたので報告します」

「アンジだ。よろしく頼む」


 アンジは頭を軽く下げて四人のパイロットに挨拶する。


「本当にアンジ様をお迎えできましたね。はじめまして。ヤドヴィガと申します」


 パイロットのなかでは一番年長であろう、狐寄りフォックスライクの女性がアンジに声をかける。


「アンジ様はやめてくれ。ただの整備員だ」

「いいえ。わたくしにとってはアンジ様なので」

「ヤドヴィガ! いきなり様付けされると困ると思うよ。よろしくなアンジ! あたしの名はヴァレリアだ」


 赤毛で犬耳。人なつっこい笑顔でアンジに笑いかける犬寄りドッグライク少女が手を差し出して握手を求めてくる。

 アンジも握り返して握手をする。


「ボクはリアダン。グレイキャットのリーダーです。お会いしたかったですアンジ」


 灰色の髪色で猫耳の少女は猫寄りキャットライクだ。

 彼女も手を差し出してくるのでアンジも握手に応じる。


「君がリーダーか。今後ともよろしく頼む」


 アンジがそう声をかけると感極まったリアダンが、大きな瞳から大粒の涙をこぼす。


「こら。リアダン。泣くのはまだ早いって」

「ご、ごめんよぅ。アンジ。ごめんなさい。感無量で」

「いや、謝らなくていいから。泣いている理由がわからなくてすまない」


 アンジが動揺する。初対面で泣かれるとは思わなかったのだ。


「ボクは昔、ラクシャスに命を助けられたんだ。だからどうしてもあなたに会いたくて。パトロンを見つけてこのグレイキャットを創設したんだ」


 ヤドヴィガがそっとリアダンの肩を抱きしめる。

 アンジはその言葉に固まる。ラクシャスなら、彼のことだろう。


「リアダンだけではありません。グレイキャットのメンバーはみんな、あなたさまにご恩があるのです」

「忘れてくれてもいいんだけどな……」

「無理だねー。無理無理。あたしだってこの日を待ち望んでいたんだ」


 リアダンの気持ちが痛いほどわかるのだろう。

 ヴァレリアもうっすらと涙目になっている。


「ようこそアンジ。グレイキャットへ。ここはあなたの家であり、あなたがこれから安全に過ごせるような場所にしたいんです」


 リアダンがなんとか笑顔を作って、告げる。


(待て。グレイキャットは俺のために創設されたってことか?)


 聞き間違いだと信じたいアンジだった。


「この場所にリヴィウもいれば良かったんだけどね。みんなリヴィウのことも知っているから大丈夫だよ」

「そうか。それは嬉しい」


 そういうとリアダンが目を細くして笑った。その表情も猫のようだ。


「ほら。レナも挨拶しなよ」


 レナと呼ばれた少女は、このなかで一番背が低く、リヴィアよりも幼く見えた。

 細く煌めくような金髪に、神秘的なアースアイ。彼女はおそらく、リヴィアのいう神性寄りディーアティライクなのだろう。


「レナ。よろしく」


 レナはちょこんと頭を下げる。


「アンジだ。よろし……」


 突如、アンジは言葉を失った。


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