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第17話 フーサリア【マカイロドゥス】

 煌星ルシファー。西暦2600年から計画された金星テラフォーミング計画による命名変更だった。

 AGIの管理下に置かれた地球政府は天王星の衛星アンブリエルを天王星から大量の氷を運び疑似彗星に改造することに成功。

 改造されたアンブリエルを金星へ投入して金星の有毒な大気を吹き飛ばすと同時に膨大な氷を投入する。微々たるものだが質量をより地球に近づけ、海を作ることに成功した。


 潮汐問題はは月して運用するべく、天王星からオベロンとチタニアを融合した人工月夜の夢ナイトドリームが製造された。このオベロン、チタニア、アンブリエルの三惑星は天王星と軌道共鳴を起こしておらず、氷を多く含有するという理由でAGIに選ばれたのだった。

 そして西暦2800年代半ば。ようやく金星に辿り着いたアンブリエルは砕け散り、金星に降り注ぐ。堕天を思わせるその光景と、古くから伝わる金星の雅称により、惑星プラネット美の女神ヴォーナスから光をもたらす者ルシファーと名を変えた。


 太陽圏歴元年に、太陽圏連合軍が樹立して人類圏をAGIとともに管理する組織として結成された。

 しかし二度にわたる太陽圏戦争においてAGIを喪失した太陽圏連合軍は統率能力を喪失。

 太陽圏連合軍煌星支部は軍事力においてのみ優位性を発揮して内紛を繰り返した。煌星は華やかな宇宙植民の栄光は忘れられ、動乱の時代へと変遷していく。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 巨大な人影が四機、廃墟となった市街地を走り抜ける。

 四機とも大型スラスターを搭載したフーサリアだ。突き剣であるコンツェルシュと巨大なシールドを装備している。

 最後尾の機体には重武装が施されていた。

 四機は腰部を大きく落として移動していた。棒立ちなら十メートル前後フーサリアも、前傾姿勢なら七メートルほどになる。

 敵部隊の機兵との交戦を間近に控えていた。


「情報通りだね。神性持ちのヴァルヴァがいるという町付近に、太陽圏連合軍煌星支部の軍が派遣されている」


 パイロットである赤髪で犬耳の少女が目を凝らす。


「……リヴィア。ちゃんとやっているかな」


 ふと懸念が口にでる。


「あらあら。ヴァレリアは先を越されることをもう心配しているのですか?」


 狐耳を生やした小麦色の髪色をした美女が上品な笑みを浮かべる。


「不安」


 金髪でストレートロングが良く似合う、華奢な少女が無表情に断じた。

 アースアイという不思議な瞳をもっている。


「だよなぁ!」


 ヴァレリアと呼ばれた犬耳の少女が苦笑する。


「ヤドヴィガだって早く会いたいだろ?」

「当然ですわ。そのためにもヴァルヴァの町を襲撃する敵部隊を排除しないと」


 ヤドヴィガと呼ばれた狐耳の女性が大きな胸を弾ませて返事をする。


「レナはまだ心の準備ができていない感じか」

「うん」


 レナと呼ばれた金髪の少女がこくんと首を縦に振る。


「はいはーい。リヴィアから報告だよー」


 最後尾の重武装フーサリアの少女が僚機に話し掛けた。

 猫耳でグレイのショートカット。線のような細目だが、垣間見える瞳は蒼色だった。


「きたか。リアダン、詳細よろしく」


 リアダンと呼ばれた猫耳の少女が報告書を読み上げる


「アンジと契約締結だってさ! あの内容で!」

「やるじゃんリヴィア。あたしは監禁でもするのかなって」

「わたくしもてっきりリヴィアがテンパって墓穴を掘るかと」

「うん」

「……で」

「何だよ?」

「今朝方やらかして泣いてしまったらしい。今、隠れてボクに連絡中」


 リアダンの声が若干呆れている。

 布団に隠れて彼女たちに速報を送っているリヴィアの姿が容易に想像できたからだ、


「無理してクールぶるからそうなる! 不安だ。早く帰投したい」

「泣いちゃいましたかー。おねーさん、そうなる予感がしてましたわ」

「うん」


 普段リヴィアはクールを装うが、彼女たちにいわせればただの演技に過ぎない。

 四人にはリヴィアがどんな失敗をしたかはわからないが、部屋の片隅で膝を抱えながら泣いている姿が目に浮かぶようだった。


「リヴィアとリヴィウの小芝居にはしばらく付き合う必要はあるね」

「それぐらいいいじゃないか。さっさと仕事を終わらせて帰投する!」


 ヴァレリアがレバーを握る手に力を込める。ビームライフルを片手に構えて、偵察用ドローンを叩き落とした。


「太陽圏煌星支部軍の部隊は最新鋭のハザー【レフ】が六機に、大型戦車【ムース】が一輌。こちらがフーサリア【マカイロドゥス】四機。戦車以外は装甲も火力も運動性も圧倒的にボクたちが上だよ」


 大型戦車はハザーを一機搭乗できるようになっている。砲塔も高く五メートルほどの位置にある。全長は十キロメートルと機兵と同じサイズだった。


「アンジ様に早くお会いしたいですね。早く敵部隊を掃討しましょう。約二十キロメートル地点。先ほど偵察用ドローンを撃破しましたので敵も距離を詰めています」

「一気にケリをつけるよ! まずはボクから!」


 最後尾にいるマカイロドゥスの両肩には大型のローンチポッドと呼ばれる多目的ミサイルコンテナが搭載されている。

 リアダンがトリガーを引き、ローンチポッドから大型ミサイルが四発、計八発発射されレフに向かって降り注ぐ。

 ミサイルは薄いプラズマバリア程度なら誘爆しない。レフ二機が吹き飛んだ。


「総員! 戦車をやるよ! 対戦車槍コピアを構えて!」


 それぞれのマカイロドゥスは背面から細長い筒を取り出すと、展開させる。伸びた筒は鋭い穂先を持つ槍となった。


「突撃!」


 リアダンの号令と共に、四機のフーサリアが身を低くし、槍を構えて、隊列最後尾にいる大型戦車ムースに襲いかかる。

 戦車はレールガン方式の機関砲で迎撃するが、マカイロドゥスの盾がすべてを弾いた。


「くらえ!」


 四機のマカイロドゥスが最大加速を伴って巨大戦車ムースの装甲に対して槍を突き立てた。石突きにあたる部分の炸薬が火を噴き、さらなる圧力をかける。


「リアクター、戦闘モード開始!」


 マカイロドゥスに備えられた核融合炉リアクターが最大稼働を伴い、プラズマを拡大する。

 漏れ出したプラズマは穂先に集中し、装甲を侵徹する。


「高性能リアクターを持つフーサリアのみに許された武装。それが対戦車槍コピア。リアクターから常に超高温のプラズマを供給しつづけ、どんな厚い装甲でも穿ち抜く」


 リアダンが言い終えると、四本の槍に貫通された戦車は完全に沈黙していた。

 マカイロドゥスのマニピュレーターがコピアを離しても、噴射口から火を吹き続けて装甲に沈んでいく。この兵装は使い捨てなのだ。


「残りのフサーも!」


 ヴァレリアのマカイロドゥスが武装を持ち帰る。突き剣であるコンツェルシュを装備し直した。これもフーサリア限定の特殊兵装でもある。

 フーサリアの突進力を生かして装甲を穿ち抜き、内部にリアクターから供給された高温度のプラズマ弾を放って内部から破壊する。コピアと違い、何度でも利用可能だ。

 ヤドヴィガが目を細める。この兵装こそ、アンジのラクシャスを元に作られた主武装だ。


「スラスター展開! 加速開始!」


 ヴァレリアの号令とともに、後続の二機も翼状の大きな推進用スラスターを展開して腰部をより深く落とす突撃態勢に移行する。加速するため安定性を増す必要があった。

 突如距離を詰めてきたマカイロドゥス部隊に、敵フサーのレフが反応しきれない。時速三〇〇キロメートルに達する加速がマカイロドゥスの能力だ。


「ムースをあっという間にやりやがった! グレイキャットか何故ここに! ええい! 迎撃だ!」


 大型戦車ムースは機兵の盾であり壁である。生半可なフサーでは、戦車攻略にはかなりの数を要する。その大型戦車をたった四機のフーサリアで瞬殺した。

 そんな芸当はグレイキャットという組織ならでは。他の傭兵では不可能だ。


「臆するな! 使い捨ての槍はもうない!」


 レフ部隊の隊長が号令を発すると、僚機のレフたちがビームライフルを発射する。機兵の大きさは約十メートルであり、煌星での射程は地球とほぼ同じ。

 戦車よりも背の高い機体なら銃口と地平線から射程は約十キロメートル。実質的な交戦距離は五キロメートル以内だろう。


「もうあそこまで接近してやがる!」

「馬鹿な! 十キロメートル先にいただぞ!」


 迫り来るマカイロドゥスに悲鳴に似た絶叫をあげる敵パイロット。

 マカイロドゥスの機動力なら至近距離に接近するまでに三分も必要ない。


「あまいぞお前らァ!」


 ヴァレリアが駆るマカイロドゥスが正面からレフの胴体を貫通し、プラズマを放つ。装甲の内側からプラズマを発射されたレフの右上半身が吹き飛んだ。


「ええい! 盾を!」


 レフはシールドを構えて刺突に備える。


「遅いですわ!」


 側面に回り込んだヤドヴィガのマカイロドゥスが、同じようにレフの胴体を刺し貫き、爆散させる。


「ち!」


 お互いを背にして十字体系を取るレフ部隊。この陣形は防御に適しているが、機動力は大きく損なわれる。


「固まってくれた!」


 リアダンが見逃すはずがない。ローンチポッドから再びミサイルを発射する。固まったレフ部隊は直撃を受け、二機が行動不能になった。

 慌てて散開する敵部隊にグレイキャットたちは追撃をかける。


「まずいぞ! 散れ!」

「遅い」


 レナが一言宣告すると、マカイロドゥスがサーベルを抜いて接近してレフの右前腕部を斬り飛ばす。

 背後からヴァレリアのコンツェルシュが突き刺さる。統率を失ったレフ部隊は瞬く間に全滅した。


「依頼主に報告しておくよー」


 リアダンは端末を操作して依頼主に接触をする。


「俺だ」


 低い男の声がした。


「レステック大統領閣下。偵察部隊らしく敵部隊は全機撃破しました」


 通信先にいる壮年の男性はレステック。

 火星でヴァルヴァと人間の共存共栄を目指すモレイヴィア国モレイヴィア城塞の城主である。ヴァルヴァのなかでも珍しい龍寄りドラコライクであり、龍人風の角と羽根、そして巨躯の男だった。

 グレイキャットの主な雇用主でもある。彼の私兵みたいな位置にいた。


「神性持ちを保護するための兵が派遣中だ。助かった」

「こちらこそ。もう一つ報告です。無事私達の目的が達成できました。その節はお世話になりました」

「アンジか。ずいぶんと合流に時間がかかったようだが、もう目を離すなよ」

「それはもう。感謝します」


 目を細めて通信を切るレステックは、彼女たちの良き理解者だ。


「大統領閣下に報告完了。もう目を離すなよって念押しされちゃった」

「人里離れた地下に閉じ込めましたし?」

「閉じ込めたとは人聞きが悪いなー。ま、結果的にはそうなんだけどさ」


 リアダンは苦笑する。その点はリヴィアがしっかりやっていたはずだ。


「これで逃げられたらリヴィアの責任問題だね」

「アンジに超小型のGPSを埋め込もう」


 レナは恐ろしいことをさらっといってのける。


「今のところは大丈夫。リヴィアがまた泣かないようボクたちも戻ろう」

「賛成ですわ」


 グレイキャットのマカイロドゥス四機は、地下基地に帰投するために走り出した。


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