少女は人差し指を口にあて、黙るように指示をする。
見たこともない材質で出来たカップ。薬のようだ。
「薬をもってきてくれたのか」
少女が微笑みながら首を縦に振った。
「助かった。本当にありがとう」
アンジがそう礼をいうと、少女はただ笑って消えた。
「まぼろしか……いや、精霊の類いか。火星にもいたんだな」
「……アンジ? あの人は?」
「喋るなリヴィウ。——熱は下がったな」
自分の額とリヴィウの額に手を押し当てて、リヴィウの熱が下がったことにアンジは安堵する。
「さっきの女の子は誰だろうな……近所に住む人間もいない。しかし……」
精霊というには薬は数日分あり、見たことがないカップがある。
「やっぱり精霊さんかな」
「精霊さん?」
「ああ。地球にはたくさんいたんだ。火星にもいたんだな。心優しい精霊さんが。元気になったら地球の精霊さんのことを教えるよ」
「約束だよ
「ああ。約束だ」
アンジが優しく笑いかける。
映像がそこで途切れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ほんの少し間があり、リヴィアがアンジに確認する。
「覚えていますか。精霊さんのことを」
「忘れるわけがない。薬をもってきてくれてリヴィウを助けてくれた恩人だ」
「彼女がゾルザです。リヴィウの神性寄りの力で目覚めて、手助けしてくれたのです」
「精霊ではなかったか…… いや女神みたいなもんだな」
アンジは何故か胸が熱くなる。
半透明になれるヴァルヴァかもしれないとは予想はしていたが、AGIとは想像もつかなかった。
「それでもリヴィウを助けてくれた恩人には違いない。聞こえるかゾルザ。あの時は本当にありがとう」
アンジの傍が突然発光する。
あの当時の姿と寸分違わぬ少女が、アンジを見つめていた。
嬉しそうに頷いて、そして消える。
「ゾルザ喜んでいる。彼女を発見して必要としてくれた上に、心からの感謝をもらうなんて久しぶりって」
レナがゾルザの言葉を代弁する。
「そんなあなただからこそ、ゾルザはアンジを所有者として設定したのです」
「所有権を放棄したいといったら泣かれそうだな」
「冗談でもやめてください。彼女が傷付きます。恩を仇で返す気ですか」
リヴィアが慌てて口走る。ゾルザは繊細な性格らしい。
「恩人を傷付ける真似なんてとんでもない。言わないようにする」
アンジはゾルザがいた方に語りかける。
「よろしく頼むゾルザ。俺は君の恩を忘れない。俺とリヴィウが苦しかった時、君が傍にいてくれたように。俺も君の役に立てることを願うよ。これからはずっと一緒だ」
先ほどのフォローも兼ねて、アンジは気恥ずかしい気持ちを抑えて本音を口にした。
「ダメ! アンジ! それは必殺の口説き文句!」
リヴィアが警告を発する時にはもう遅かった。
アンジとしては思いついたままの言葉を口にしただけなのだ。
レナが胸に飛び込んできた。
はじめてみせる、天真爛漫の笑顔で。
「約束ですよアンジ様。私のあるじ様。ずっと一緒ですよ? もうどこにもいかないでくださいね?」
「え…… えっと……」
「私です。ゾルザです。レナの体を借りてお話させていただいております」
レナの不思議な瞳が、さらに輝いている。
口調どころか雰囲気も違う。
「そんなことができるのか」
この少女がレナではないことははっきりとわかる。
別人のよう、ではなく別人だ。
「リヴィアの体を借りることもできますよ。今と同じような状態になるには、本人の同意が必要ですけどね」
お姫様抱っこになっているレナは、アンジの胸板に頬をすり寄せた。
「アンジ様が帰ってきてくださって本当に良かった。グレイキャットの皆様、ありがとうございました」
「ゾルザのためだけじゃないからな!」
ヴァレリアは慣れているのか、ゾルザも同じような目線で話している。
「アンジ。わかったかな? あなたはキーであると同時に、ゾルザのセーフティーでもあるんだ。あなたに万が一ことがあったら煌星が滅びる」
「アンジ様に何かあった時は容赦なく滅ぼします!」
ゾルザがレナの体で握りこぶしを作る。
「滅ぼさないでくれ!」
「リヴィウに仇為す者も?」
「う…… それは滅ぼしてもいいかもな……」
アンジもリヴィウに関しては滅ぼすなとは断言できなかった。
「はい。——ですって、リヴィア」
アンジの腕のなかで、ゾルザはリヴィアに笑いかけた。
「私に振らないでゾルザ」
ゾルザは何故かリヴィアに対して自慢げな顔をしている。
一方リヴィアは困惑を隠しきれなかった。
「アンジ様。これから必要なものはなんなりとご用命を。必要になりそうなものは力を合わせて開発していきましょうね」
「フーサリアの整備には助けられた。本当に何から何まで世話になりっぱなしだったってことか」
「あの格納庫にあった機械は私の端末。意識のないAIに過ぎません。それでもアンジ様は感謝の念を忘れず接してくださいました」
「当然だろう」
「当然ではない者も多かったのですよ。でも今は夢のようです。アンジ様が帰還されるばかりか、レナの肉体を通じてこのように触れあうことができます」
「グレイキャットの面々もよろしくな」
「当然です」
「ゾルザも含めて、家族みたいなものだよな」
ゾルザは目を輝かせて首を縦に振った。