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第24話 私のあるじ様

 少女は人差し指を口にあて、黙るように指示をする。

 見たこともない材質で出来たカップ。薬のようだ。


「薬をもってきてくれたのか」


 少女が微笑みながら首を縦に振った。


「助かった。本当にありがとう」


 アンジがそう礼をいうと、少女はただ笑って消えた。


「まぼろしか……いや、精霊の類いか。火星にもいたんだな」

「……アンジ? あの人は?」

「喋るなリヴィウ。——熱は下がったな」


 自分の額とリヴィウの額に手を押し当てて、リヴィウの熱が下がったことにアンジは安堵する。 


「さっきの女の子は誰だろうな……近所に住む人間もいない。しかし……」


 精霊というには薬は数日分あり、見たことがないカップがある。


「やっぱり精霊さんかな」

「精霊さん?」

「ああ。地球にはたくさんいたんだ。火星にもいたんだな。心優しい精霊さんが。元気になったら地球の精霊さんのことを教えるよ」

「約束だよ

「ああ。約束だ」


 アンジが優しく笑いかける。

 映像がそこで途切れた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ほんの少し間があり、リヴィアがアンジに確認する。


「覚えていますか。精霊さんのことを」

「忘れるわけがない。薬をもってきてくれてリヴィウを助けてくれた恩人だ」

「彼女がゾルザです。リヴィウの神性寄りの力で目覚めて、手助けしてくれたのです」

「精霊ではなかったか…… いや女神みたいなもんだな」


 アンジは何故か胸が熱くなる。

 半透明になれるヴァルヴァかもしれないとは予想はしていたが、AGIとは想像もつかなかった。


「それでもリヴィウを助けてくれた恩人には違いない。聞こえるかゾルザ。あの時は本当にありがとう」


 アンジの傍が突然発光する。

 あの当時の姿と寸分違わぬ少女が、アンジを見つめていた。

 嬉しそうに頷いて、そして消える。


「ゾルザ喜んでいる。彼女を発見して必要としてくれた上に、心からの感謝をもらうなんて久しぶりって」


 レナがゾルザの言葉を代弁する。


「そんなあなただからこそ、ゾルザはアンジを所有者として設定したのです」

「所有権を放棄したいといったら泣かれそうだな」

「冗談でもやめてください。彼女が傷付きます。恩を仇で返す気ですか」


 リヴィアが慌てて口走る。ゾルザは繊細な性格らしい。


「恩人を傷付ける真似なんてとんでもない。言わないようにする」 


 アンジはゾルザがいた方に語りかける。


「よろしく頼むゾルザ。俺は君の恩を忘れない。俺とリヴィウが苦しかった時、君が傍にいてくれたように。俺も君の役に立てることを願うよ。これからはずっと一緒だ」


 先ほどのフォローも兼ねて、アンジは気恥ずかしい気持ちを抑えて本音を口にした。


「ダメ! アンジ! それは必殺の口説き文句!」


 リヴィアが警告を発する時にはもう遅かった。

 アンジとしては思いついたままの言葉を口にしただけなのだ。


 レナが胸に飛び込んできた。

 はじめてみせる、天真爛漫の笑顔で。


「約束ですよアンジ様。私のあるじ様。ずっと一緒ですよ? もうどこにもいかないでくださいね?」

「え…… えっと……」

「私です。ゾルザです。レナの体を借りてお話させていただいております」


 レナの不思議な瞳が、さらに輝いている。

 口調どころか雰囲気も違う。


「そんなことができるのか」


 この少女がレナではないことははっきりとわかる。

 別人のよう、ではなく別人だ。


「リヴィアの体を借りることもできますよ。今と同じような状態になるには、本人の同意が必要ですけどね」


 お姫様抱っこになっているレナは、アンジの胸板に頬をすり寄せた。


「アンジ様が帰ってきてくださって本当に良かった。グレイキャットの皆様、ありがとうございました」

「ゾルザのためだけじゃないからな!」


 ヴァレリアは慣れているのか、ゾルザも同じような目線で話している。



「アンジ。わかったかな? あなたはキーであると同時に、ゾルザのセーフティーでもあるんだ。あなたに万が一ことがあったら煌星が滅びる」

「アンジ様に何かあった時は容赦なく滅ぼします!」


 ゾルザがレナの体で握りこぶしを作る。


「滅ぼさないでくれ!」

「リヴィウに仇為す者も?」

「う…… それは滅ぼしてもいいかもな……」


 アンジもリヴィウに関しては滅ぼすなとは断言できなかった。


「はい。——ですって、リヴィア」


 アンジの腕のなかで、ゾルザはリヴィアに笑いかけた。


「私に振らないでゾルザ」


 ゾルザは何故かリヴィアに対して自慢げな顔をしている。

 一方リヴィアは困惑を隠しきれなかった。


「アンジ様。これから必要なものはなんなりとご用命を。必要になりそうなものは力を合わせて開発していきましょうね」

「フーサリアの整備には助けられた。本当に何から何まで世話になりっぱなしだったってことか」

「あの格納庫にあった機械は私の端末。意識のないAIに過ぎません。それでもアンジ様は感謝の念を忘れず接してくださいました」

「当然だろう」

「当然ではない者も多かったのですよ。でも今は夢のようです。アンジ様が帰還されるばかりか、レナの肉体を通じてこのように触れあうことができます」

「グレイキャットの面々もよろしくな」

「当然です」

「ゾルザも含めて、家族みたいなものだよな」


 ゾルザは目を輝かせて首を縦に振った。


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