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第41話 共有していない背景

「祖父曰く、アンジ様は煌星支部だけではなく、ヴァルヴァ解放戦線も信用するには値せず、敵対したのだろうといっておりました」

「あいつらはあいつらで、廃棄物と呼ばれた子供たちには手酷い扱いしていたからな。ヴァルヴァといえど子供は預けたくなかったんだ」

「二つの組織から追われて、あなたは追い詰められた。リヴィウの未来を繋げるためにあなたさまは武装組織のゲリラではなく個人の大量殺人犯としてモレイヴィア国に自首。どちらかの組織に引き渡すよう嘆願したのですね」

「概ねあっているな」

「私のせい」


 レナがぽつんと呟いた。全員が振り返る。


「何をいうのレナ」

「煌星のお偉い人たちが一箇所に集まって私たちが溶鉱炉に落ちて死ぬのを見学していた。アンジは迷わず全員吹き飛ばして私達を助けてくれた。数人の廃棄物のために」

「そんなこともあったな」


 アンジが飄々といった。風が吹いた、そんな程度に。


「それからだよ。煌星支部がラクシャス狩りを開始した。ラクシャスの出現場所を丹念に調査して軍を派遣し、退路を断つように布陣した。追い込み猟のように」

「昔のことだ。それにレナのせいじゃない」

「待って。ラクシャス狩り? そんな話も私は知らない!」

「私はあの当時の煌星支部の件を調べ上げた。あなたが知らなくても当然。――どうして教えてくれなかったといいたいでしょう? リヴィアにその事実を伝えると今のようになってしまう」


 レナの言葉にリヴィアの顔面が蒼白になる。


「……」


 事実を指摘され、リヴィアは唇を噛みしめ沈黙するしかなかった。


「きっとあなたは半狂乱になってアンジを探すことに奔走する。アンジが見つからなければ知らないほうがいいと私が判断した。でもアンジは今、ここにいる。あなたは――今こそあなたが知るべき事実」

「うん……」

「いやいや。知らなくてもいい事実だ。せめてリヴィウには内緒にしておいてくれ」


 笑い話にしようとするアンジに、リヴィアが睨み付ける。


「そういうわけにもいきません。リヴィウこそが知るべき話です」

「あなたは過去の事実を知った。リヴィウのかわりに私達がどうアンジを守るかが大切」

「そうですね」


 リヴィアが力無く同意する。


「心配は要らない。もう大丈夫だ。俺はここで大人しくしているから」


 アンジから少女たちにいえることはそれだけだった。

 リアダンがリヴィアをなだめるべく、割って入る。


「ボクたちの間にも共有していない背景がたくさんあるとわかっただけでも大きな進歩だ」

「アンジのことはさんざん話していたのにな。あたいも反省しないと」


 アンジは他のことを考えて居た。


(リーダーがリヴィアではなくリアダンのほうが向いているとよくわかるなあ)


 リヴィアもレナも暴走しやすい面がある。リアダンはよく俯瞰している。

 家族を見守っている猫のようだ。


「そういうこともあったって話だ。後悔はないよ」


 アンジは他人事のように感じている。


(昔の俺は凄かったんだな。だけど、今の俺じゃない。過去の栄光だ)


 自分のしたことを否定はしないが、現在の自分が誇ることは違う気がしたのだ。


「みんな帰投したばかりで疲れているだろう。今日は休んだほうがいいんじゃないか?」

「今日はこの辺で切り上げよっか」


 リアダンが上手に合わせてくれて、お開きとなる。


「では俺もマカイロドゥスの機体チェックを……」

「大丈夫だよ! 今日は!」


 リアダンに制止されるアンジ。


「まだろくに仕事もしていなくてな」

「研修期間みたいなものだって。今はみんなと交流して、お互いを理解する時間を作ってください。そうでないと、話しにくいとか問題共有しにくいですからね」

「ホウレンソウか」

「そうそう。それですよ。ホウレンソウ。ホウレンソウそのものが大事ではなく、その環境造り。些細なことでも報告や連絡、相談できる環境造りがリーダーたるボクの勤めなんです」

「わかったよ」


 リアダンの剣幕にアンジが折れた。


「リヴィア。手伝って欲しい」

「わかった。一緒に行こうレナ。アンジ。また明日ですね」


 レナに声をかけられて、リヴィアも立ち上がる。


「今から急ぎの仕事か? 引き留めて悪かった」

「これからは毎日話せるから。今日のベッドはヴァレリアとヤドヴィガの番だからね。ソファで眠ってはダメですよ」

「え?」


 呼び止める間もなく、レナとリヴィアは部屋を出て行った。


「ちなみにボクとレナは明日。リヴィアはその次。組み合わせは随時変わるからよろしくね!」

「待て!」

「アンジ。あたいたちと一緒に寝るのは嫌か?」

「そうじゃなくて。女性と一緒にベッドに入ることが恥ずかしい!」


 リヴィアとの誤解を招くことは避けたい安司がきっぱりと言い切った。


「知っていると思うがあんまり女慣れしていないんだ」

「大丈夫。あたしたちも男慣れしていないよ。ヤドヴィガなんて正真正銘、侯爵令嬢の箱入り娘だし!」

「そうですわね。身近な異性は祖父と弟ぐらいですの」

「大学ではヤドヴィガに告白して玉砕した男性は数知れず……」

「おおげさです。それならリヴィアやレナのほうが多いですから!」

「塩対応通り越して、氷の姉妹で有名だったねー」


 いきなりガールズトークが始まってしまい、固まるアンジが一人取り残された。


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