「逃げる軍勢に爺さんたちが追撃したんだ。俺も遠巻きながら支援したよ。二度とヴィーザル家の領土に手を出さないようにな。敵もラクシャスだとは最後まで気付かなかっただろう。突剣も使っていないからな」
「その戦闘自体が闇に葬り去られました。お爺さまも公表せず、アンジ様も喧伝しておりません。煌星支部軍もわずかな敵勢に壊滅という失態を公表する気はなかったのでしょう。歴史の闇に葬り去られた事件の一つです」
「公表したらメンツを潰された煌星支部軍も躍起になって俺を追うだろう。ヴィーザル家への攻撃も公式になる。別に名声を獲得したいわけでもなし。だから俺はとっとと退散した。リヴィウが起きたら心配するしな」
「さっさと立ち去ろうとするアンジ様に、祖父ははらわた煮えくりかえる思いで見送ったそうですわよ? 何度も引き留めたのに、と。礼もいわせてもらえなかったと思い出しては愚痴をいっていましたわ」
ヤドヴィガが本人であるかのように恨み節になっている。
「しつこかったなじいさん。戻ったあとも連絡をくれてな。で、根負けしてリヴィウが早く寝た夜にヴィーザル家にたまに立ち寄るようになったんだ。もてなしとフーサリアの部品をわけてもらった」
「その時祖父が、わたくしを嫁にと強く勧めたのですが、アンジ様が固辞されまして。わたくしもその気だったのですが、当時のわたくしは祖父の後ろに隠れるぐらいしかできませんでした」
「当時のヤドヴィガは十二か十三歳ぐらいだろ。無理だ」
アンジが苦笑する。そもそも身分違いだが、口にすると地雷を踏むことになることは理解している。
ヴィーザル家はヴァルヴァの一族。伴侶は人間から選ぶことになる。そのことについては光栄に思ったものだが、やはり上院議員の家族など考えられなかった。
「フラれたという話はその時ですわ。安心しましたか? リヴィア。レナ」
ヤドヴィガは二人に対して穏やかに微笑みかけた。
しかし二人は釈然としていないようだ。
「上院議員の祖父公認は強いですよね? 安心できません」
「事実上のお姫様相手」
「そういわれましても。ようやく年齢的にも射程圏内にと思ったら、ライバルはわたくしよりも若く女子ばかりで。もう!」
ヤドヴィガが思わず漏らした本気の憤慨は、みんなの笑いを誘った。
リヴィアは気になった疑問を口にする。
「ヴィーザル家が保有するフーサリアはヴァルシュという機体ですか。妹のサワとともに地球の都市ワルシャワの語源となった兄妹ですね」
リヴィアが記憶の片隅に引っかかった名を思い出す。
「さすがはリヴィアです。そのヴァルシュですわ。モレイヴィア国は地球の中欧や東欧の文化圏、その影響を強く受けています。歴史ではヴァルシュとサワの名を組み合わせてワルシャワと名付けられたとか。フーサリアのサワはレステック家にありますの」
「うへえ。歴史を感じさせる機体だなあ」
ヴァレリアが声をあげる。地球の歴史とは一切無縁だ。
「ヴァルシュは弟が受け継ぎました」
「カミル君だったか。懐かしいな」
少女の隣にはリヴィウよりも少し年上ぐらいに感じる狐耳の少年がいた。
「弟まで覚えていてくださっていたのですね! 喜びますわ。あとで報告しておきましょう」
「報告するまではないと思うが……」
「アンジ様は弟にとっても英雄なのですよ。それとも内緒のほうがいいでしょうか?」
ヤドヴィガは伏し目がちに確認する。
「別に構わないよ」
「ありがとうございます。ああ、良かった」
ヤドヴィガは嬉しそうに大きな胸を弾ませる。
「そしてアンジ様。ひとつ訂正を」
ヤドヴィガの視線が険しくなる。
「ん?」
「先ほどの救出した子供たち。そしてヴィーザル家の戦闘が俺のせい、と申されたことについてです。非合法のヴァルヴァを生産する事例。それは本来、私達ヴァルヴァという種の課題でもあったのです。あなたさま一人のせいでは決してないのです」
リアダンとヴァレリアが激しく頷く。
「そうはいってもな……」
本来ならその子供たちの保護まで考えて行動しなければいけなかった。
助け出した子供たちを右から左に流して保護してもらっていた、罪悪感めいたものはある。
「だから! あなたさまが解放しなければ子供たちは売買され、人権などない扱いを受けて! 女衒に売り飛ばされるならましなほう。下手をすると臓器や手足ごとバラされて死んでいたのです! 本来そんな者たちを裁くことが政治の役目、一人の英雄に頼ってはならないのです!」
ヤドヴィガが珍しく語気を荒げる。
はっと気付いて、ヤドヴィガは深呼吸して落ち着いた様子を取り戻す。
「――申し訳ございません。祖父が今際の際、弟と一緒にある映像を見せられたのです。それは非合法のヴァルヴァ生産工場。選別され、値付けされ…… 臓器摘出用に解体されたものもいました。買い手は人間のみにあらず。ヴァルヴァもいたのです」
少女たちも暗澹たる事実に伏し目がちになる。
それはリヴィアやレナが辿る未来だった可能性もある光景なのだ。
「わたくしはいかに自分が恵まれており、そして守られていたかを知りました。両親が何故戦争に赴いてまでヴィーザル家の領土を守ろうとしたのか、その理由を」
「それこそヤドヴィガが一人で背負うものでもないぞ」
「アンジ様は非合法ヴァルヴァ生産工場の闇、その一端を知っていた。そうでございましょう?」
「否定はしない」
アンジは首を横に振った。
幾度もなくリヴィウの目を覆い隠したい光景に出くわした。