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第62話 リアダン1

 ベッドから降りたヤドヴィガをそそくさと追い出すリアダン。


「ほらほら。身だしなみを整えて。淑女なんでしょ!」

「はいー」


 気の抜けた返事をして部屋を出るヤドヴィガ。


「あたしは淑女じゃないから、ここで着替えるかな」

「ダメに決まっているでしょ! ほら、でていきなさい!」


 リアダンがヤドヴィガの手を引いて部屋を出る。忙しい。


「アンジ。ゆっくり着替えてね」

「一緒に朝食、食べよう」


 リヴァアとレナがそういって部屋を出る。


「ようやく一息つけるな。思ったより俺、辛抱強いんだな」


 しみじみと呟いた。

 二日連日、美少女や美女と密接して寝ていたのだ。

 とはいってもアンジからすれば人数が多いほうが気楽ではある。二人なら間違いを起こす可能性が一気に減るからだ。


 作業服に着替えてキッチンに向かうと朝食が配膳されていた。

 スクランブルエッグにソーセージが添えられている。


「朝から豪勢だな」

「昨日は残り物のカレーだったでしょ。普通はこうだよー」


 ヴァレリアがリヴィアを見ながら笑った。


「あのカレーは美味しかったぞ。この朝食も美味しい。ここ数年、朝は栄養剤で済ませていたからな」


 とろっとした焼き加減の気味にカリカリに焼いたソーセージはとても美味しい。

 しかし思わずアンジはつい口走ってしまい、失言に気付いた。彼女たちが心配するに決まっている。


「これからは三食きっかり食べてもらうからね!」


 リアダンの目が笑っていない。


「必ず以前のような恵体に戻してみせます!」


 リヴィアが拳を握りしめて何かを誓っていた。


「せっかく痩せたのに」

「不健康な痩せ方など許せませんわ」

「レナが食べさせる」

「こんなに美味しい朝食ならちゃんと食べるから安心してくれ」


 アンジは慌てて弁解して食事に専念した。


「美味しかった。ごちそうさま」

「今日はリヴィアとレナが詰めないといけない作業があるので、ボクが兵装関係の補給手順を説明します」

「またあとでねアンジ」


 レナたちは艦内の別室に消えていった。


「あたしらも傭兵稼業だ。いってくるよ」

「またあとでお目にかかりましょう」

「気を付けて。待っているよ」


 待っているという言葉に笑顔を浮かべて立ち去る二人。


「火薬庫にいこう」

「頼むよリアダン」


 兵装関連はリアダンが得意らしい。火薬庫に案内される。

 リアダンに連れられて格納庫に入るアンジ。

 彼女が搭乗するマカイロドゥスはローンチポッドなど遠距離攻撃が中心だった。


「とはいってもゾルザが生産してくれるからね。原料の意調は会社でやっているからパイロットに会わせて砲弾を補充するだけだよ。終わり?」

「もう少し詳しく頼む。ミサイルやロケットと機関砲では扱いが違うだろう」

「そうだね!」


 砲弾用の工廠施設に移動する。


「フーサリア用砲弾はここで製造されているんだ。大口径はダイカスト製造、小口径は鋳造工程で2ライン。弾頭と弾殻をここで製造して液体装薬を注入する。実弾兵器も重要だからね」

「液体装薬か。珍しいな。安全性は高そうだ」

「ゾルザのおかげだよ。煌星でも固体炸薬のほうが安いからね。大型のミサイルやロケットは合板を作って、中型以下はやっぱりダイカストで製造されている」

「フルオートメーションとは凄いな……」

「とはいっても使いかけの弾倉や補給用パックの端数は自分で詰めないとだからさ。アンジのやることは多いと思うよ」

「望むところだ」


 機兵での作業はむしろ好きのほうだ。少女たちからの好意は嬉しいが、やはり働きたいという思いもある。

 刑務作業から今にいたるまで、いくつかあった転職期間以外は基本、ずっと働きっぱなしだった。


「ラクシャスの時はプラズマ兵器中心だったもんね」


 リアダンとも接点があるはずだが、どうにも思い出せない。


「20ミリ砲弾の補充、御願いできる?」

「任せろ」


 弾倉にせっせと砲弾を詰める。放置されている弾倉は、中途半端に使ったものだろう。

 空を詰める場合は自動化されているが、数発使った弾倉は専用の機械で砲弾を詰めるのだ。


「リアダンのことも思い出したい。せめてヒントをくれ」


 隣ではリアダンも手慣れた手つきで装弾している。アンジは雑談がてらに声をかけた。


「無理しなくていーよー。でも一方的に知っているというのもフェアじゃないかな? ちょっと待っててね」


 リアダンはキッチンに向かい、駆け戻ってきた。

 りんごを二つもっている。


「おやつ代わりにりんご。はい」


 リアダンはりんごを放り投げて、アンジは受け止める。

 交互にりんごとリアダンの顔へ視線を向ける。


「――ひょっとして、リアか?」


 脳裏をよぎる、男装の少女。

 笑顔でりんごをアンジに投げた、その姿。


「すっごい! りんご一つで思い出すなんて!」


 リアダンが飛び跳ねて抱きついてきた。

 アンジは力強く受け止める。


「おいおい。本当にリアか。リアダンが本名だったんだな」

「ごめんね。あの時、偽名のままで」


 少女はずっと気になっていたようだ。

 リアダンはすぐに離れて、アンジを見上げて目を輝かせる。


「しかし、あの時のリアか。頑張ったんだな」

「アンジのおかげでね!」


 世界からアンジが消えてしまいそうで――

 焦燥感に駆られながらシルバーキャットを運営してきたリアダンだが、口には出さない。


「俺は何もしていないよ。むしろ俺はリアを殺しかけたんだ。恨まれても仕方がない」

「またそういう! この作業が終わったら、ちょっと早いけどお昼にしよ。ボクだって昔話はしたいんだから」

「作業は終わらせないとな」


 二人は急いで装弾作業を終わらせ、少し早い昼食を取ることする。

 昼食の準備をしながら、リアダンもアンジも、互いがはじめて会った時のことを回想していた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ラクシャスが森林の中を進む。

 近年煌星のアフロディーテ大陸にある国家は治安が急速に悪化している。

 統率を取れなくなった太陽圏連合煌星支部軍の一部が、略奪軍として活動を開始しているからだ。


「人影?」


 子供のような姿をラクシャスのカメラが捉えた。

 アフロディーテ大陸にあるモレイヴィア国には都合の良いことにヴァルヴァの生産施設が集中している。他の大陸からもモレイヴィア国に侵入する輩が増えているのだ。


「アンジ。レーダーに反応があるよ」


 リヴィウの声に頷くアンジ。

 敵は一機だけ。まだ攻撃はしてこないが、相手は察知しているようだ。

 ハザーと違いフーサリアであるラクシャスのレーダー性能は頭一つ飛び抜けている。


「様子をみるか」


 ラクシャスは速度を落とす。

 ゆっくりと歩行している。


 槍と楯を装備したハザーが強襲してきた。


「くっ!」

『パイロットは子供だ』

「なに? わかった!」


 アンジはラクシャスを操縦して力任せに抑える。


「聞こえるかパイロット。俺は敵じゃない。煌星支部の襲撃者でもない」

「本当?」


 返答は確かに子供の声だった。

 ハザーのパイロットは抵抗をやめる。ラクシャスが破壊するつもりならそれだけの性能差があるとわかったのだろう。

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