「アンジが見つかるまで、そして見つかったあとにも目的ができたね。神性寄りヴァルヴァの保護。そしてリヴィア、レナの隠れ家だ。ブランジュは士官コースに入るからパパに任せよう」
「リアダン、もうそこまで考えたの?」
ブランジュが驚く。
「だって資金や兵力調達は問題なら、大事なのはそれらのリソースをどんな目的で使うか、でしょ? リヴァとレナの才能が破格すぎるんだよ」
「……私達はそんな先まで考えることはできなかった。それこそ技術と資金があっても、どう使うか動けなかった。リアダンはリーダーに向いています」
「うん」
「二人は動けるような立場じゃないしね。ボクがやるよ。組織名を考えて……」
「シルバーキャット」
レナがぽつりといった。
「リアダンは銀灰の
髪色だし、リヴィアの髪は若干青みがかった銀色だし。素敵ね」
「私も異論ありません」
ブランジュがレナの意図を見抜いてリヴィアも賛同する。
「採用しちゃおう。組織名兼社名も決まりだね。リヴィアは出資者だからCEO兼技術顧問かな」
「CEOもリアダンでいいのでは?」
「ボクはあくまで代表ということで! アンジを守ることができる組織が作れるなら、十分」
「私たちもそうですよ」
リヴィアが苦笑しながらも、強い否定はしなかった。
代表をリアダンが務めてくれるならそれでいい。
「さっそくシルバーキャットの構想を練よう。リヴィアとレナの意見は最大限尊重したい。ブランジュも参加して欲しいな。組織外の協力も必要だからね」
「異議なし」
このときばかりはレナが強くブランジュの袖を引っ張った。ブランジュにも協力して欲しいのだ。
「私からもお願いします」
彼女たちの心の傷に共感できる一人の人物でもあるブランジュにはなんらかの形で関わって欲しい。それはリヴィアも同じだった。
「あなたたちがいいのなら私も喜んで参加するわ」
「決まりだね。メインはボクたち三人。ブランジュは外部の参謀として!」
三人が笑い、必要なものを洗い出し構想が具現化していく。
四人は明け方まで話し合った。
朝食の際にリアダンたちが会社を興すことに決めたと保護者たちに報告すると、さすがのリヘザも目を白黒させる。残り三人もあたふたしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リアダンが起業したあとも決して平坦とはいえない道程だった。
わずか半年足らずでフーサリアを擁する傭兵部隊と、革新技術を持つ会社が誕生したのだ。すべてはリアダンが矢面に立っている。
しかし彼女に後悔はない。一年少しで、本来の目標であるアンジを迎え入れることができたのだから。
「アンジ。手慣れているなあ」
一緒に手動装談作業を行いながら、リアダンは感嘆する
アンジは手慣れた彼女と同等の速度で作業しているからだ。
「全自動だったら俺の役目がないところだったが、この作業は必須だな。きっちり弾を使い切ることは少ない」
「ごめんね、地味な作業でさ。この作業が尽きることはないと思うよ」
「俺はこういう作業がいいんだよ」
雑談しながらも手は止めない二人。
リアダンが望んだ時間。
アンジの居場所。そしてその場所にリアダンがいること。
気付いたら終業時刻になっている。戦時ではそんなことをいっている余裕はないが幸い大きな戦争は起きていない。
「今日はこれまでにしよう」
「わかった」
アンジは中途半端に使用した形跡のある、弾倉の山に視線を送る。
「……シルバーキャットの出撃回数は多そうだ」
「正規軍では手が回らないところに行くことも多いからね。煌星支部の威力偵察や神性寄り狩りが頻繁に起きているからさ」
「そこまで活発になっているのか。しかし事情を考慮するとニュースになるわけがないか」
AGIを再稼働できるヴァルヴァの存在など知られたら、あっという間に争奪戦になるだろう。
独占されるぐらいなら殺害を辞さない者がいたとしても不思議ではない。
各勢力も情報を隠蔽しているのだ。
「ねえ。アンジ。もう一度お願いするよ。リュビアやみんなには内緒でさ」
「ん?」
「そうさせないよう全力を尽くす。だけど――リヴィウやリヴィアが危機に陥った場合、ボクはアンジに戦って欲しい。助けてもらいたいと思っている」
「そんなことに全力を尽くすな。あたりまえだ。止められたって戦うぞ」
アンジにとってお願いされるようなことでもない。自分も出撃したいぐらいなのだ。
ただリアダン以外が反対していることも理解している。リアダンが理解を示してくれてほっとしたぐらいだ。
「ありがとう。だからずっとここにいてね。リヴィウが無事帰ってくることができる場所にしたいんだ」
「ずっといるさ」
「うん。アンジがここにいてくれるとみんなも安心するしね。いつかリヴィウだってひょっこり帰還するかも」
「俺はリヴィウに会えなくてもいいんだ。ひとめ遠くから元気にしている姿が見たいだけなんだよな」
「アンジも気にしている?」
「しているな。後悔しかなかったが…… ただあのまま二人で死ぬよりはましだったと思いたい」
「死ぬなんて絶対ダメ。その結末ならリヴィウも死んでいるよ」
「そうだな。最悪だけは免れたと思いたい。後悔しないようにするさ。ありがとうな、リアダン」
「ボクは何もしていないよ。じゃあさ! ここにいることも後悔しないでね!」
「恵まれた環境すぎて目眩がしそうだ」
「おおげさだよ-」
リアダンの内心は違う。アンジを戦場に出すつもりなど毛頭ないが、アンジの性格上こういった方が環境に慣れていくだろうと推測していた。
アンジはリヴィウのために背伸びをしているといった。英雄に相応しい業績も、ただはじめて出来た家族であるリヴィウのため。
そのリヴィウのためにもう一度アンジに背伸びをしてもらい、今度こそ確固たる場所を築いてもらう必要がある。
アンジは古いタイプの男性であり、前線は男が出る場所で女子供は避難して欲しいだろう。その意を汲まないと失敗するとリアダンは知っている。
「今日はここまでかな。今日一日だと無理だから明日やろうね」
「もうこんな時間か」
アンジも気付いている。
リアダンは絶妙ともいえる距離感を保ってくれている。無闇に話し掛けるわけでもなく、必要な時は軽い雑談を交えながら、説明が終わるとリアダンも真剣な瞳をして作業に戻る。
むしろ作業環境としては心地よすぎるぐらいだ。
「これからはアンジに任せっきりになるかもだけど」
「俺に任せてくれ。リアダンはやるべきことをやって欲しい」
「手が空いたら手伝うからさ!」
「その時は頼むよ」
任せるといってくれた少女の手伝いを断るほど、アンジも野暮ではない。
「じゃあシャワーを浴びて食事だ。お風呂は夜ゆっくり入ればいい。今日はレナが作っているはずだよ」
「そうか」
作業用の手袋を脱ぐ二人。
リアダンはすかさずその手を取り、脱衣所にまで引っ張る。
「おいリアダン」
「男女別の脱衣所まで一緒だよー。他の女の子なら一緒に入るといい出しかねないからね! ボクでよかったねアンジ」
「そうだな。ああ、本当にそうだ」
リヴィアからも一緒に風呂を迫られているアンジはまんまとリアダンの策にはまっている。
(アンジの手。ようやく、つかめた)
あの時――崩れ落ちたコックピットの中。差し伸べられた腕。
引き揚げられ、抱きかかえられた安心感。
あの時と同じ手だ。機械作業で使い込まれたてのひらは硬く、厚い。
現場仕事に従事し続けてきた男の手であり、繊細な作業を伴うパイロットの手ではない。
亡くなった両親にも似た、リアダンの大好きな手だ。
「防錆の匂いは洗い流さないとね。慣れちゃったけどさ」
「俺もさ」
アンジが微笑む。現場作業で働く者にしかわからない会話だ。
シャワー室前のリアダンは少しだけ名残惜しげに手を離すがアンジは気付かない。
「またあとでね。待たなくても大丈夫だから」
「そうか。また食事の時だな」
リアダンが焦燥感に駆られることはない。
望んだ人は、いつでも手が届く場所にいるのだから。