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第74話 リアダン13

 ブランジュの部屋に四人は集まる。ブランジュのキングサイズベッドに乗って車座になっていた。

軽く雑談したあと、リアダンがリヴィアに問いかける。


「リヴィアはいつ男装と髪染めをやめたの? 司法取引でアンジがあなたを預けたの?」


 リヴィアは一瞬体を強ばらせて語り始める。


「いいえ。アンジは私が誰に預けられたかは知りません。私の願いは生まれ変わりたい。一人の女の子として、彼の前に立ちたい。そう思って今はリヴィアなのです」


 リヴィアはアンジに出会った日を語る。

 兵士に虐待されていたこと、そんな自分が汚いと思っていること、そして何よりアンジの別れの際に、彼をひどく傷付けてしまったことを。


「飛び級の天才? 現実逃避に勉学に勤しんでいただけ。卒業後、母にアンジが今なおリヴィウのためになけなしのお金を送金していることを知り、泣きました。あの人は人生を捨ててまで私に道を拓いてくれたのに…… だから虐待されていて恩知らずの汚いリヴィウではいられない。生まれ変わりたい……」

「リヴィア…… アンジは汚いだなんて思っていないよ」

「私もね。なんとなく理解できるわ」


 ブランジュが移動して優しくリヴィアとレナの肩を抱きしめる。


「私が救助された時、教育なんて一切受けてなくてね。性的虐待を受けていることさえ自分では理解していなかった。殺されないだけよかったと動物のよう。言葉もろくに話せずにね。でもね。普通の生活になって学んで。いかに自分が悍ましいことをされていたか理解して何度も死にたくなった」

「……廃棄物扱いされた人には共通の体験ですね…… うまく話せなくて虐待されて……」

「うん」


 リヴィアがブランジュに体を預け、同じく言葉をうまく話せなかったレナがブランジュの服をそっと掴む。


「夜中にね。飛び起きて死にたいと何度思った事か。叫びそうになった時も。それが五年ほど続いたわ。そのたびにリアダンが大丈夫だよ、怖くないよって一緒にいてくれたのよ」

「ボクは何もしていないよ」

「アンジとリアダンがいなければ私とレナは生きていないわ」

「うん」

「本当に何もしていないって。したいことがあるけど、先は長いなあ」

「リアダンのしたいことはなんですか?」


 リヴィアが尋ねた。ブランジュは知っているのだろう。優しく微笑んでいる。


「まずボクのことを話そう。三人と違ってボクは家族の愛情があった。今の両親や姉に可愛がられて甘やかされた! まずこの前提でね。ではアンジに必要なものって家族じゃないかな、って思ったんだ」

「それは思います。アンジは今なおリヴィウを本当の家族のように愛してくれました。きっと、今もどこかで」

「アンジもリヴィウも両親はいないって言ってたもんね。――だからボクはアンジを守って、仕事もあって、そして実はアンジを守りたいだけの人を集めた家族のような組織を作りたいんだ。守るためには兵力もいる。ハザーは確保したいね。整備はアンジの仕事でさ」


 気恥ずかしそうにリアダンがいう。


「あの人はボクの大切な人を守ってくれた。無茶したボクを鉄くずのなかから引き揚げてくれた。手を差し伸べられたあの光景は今も覚えている」

「リアダンは私達を助けるために、ハザーに乗って農具を改造した鉄槍で特攻しましたね。覚えています」

「それは私も初耳!」


 ブランジュが目を丸くする。


「無謀」


 レナにまでそういわれると、リアダンが恥ずかしそうに顔を赤らめる。今思うと本当に無謀だ。


「ボクの頼みでラクシャスが境地に陥ってたんだ。傍観することはできなかったよ。あの人は本当に……」


 アンジを懐かしむリアダン。


「そのアンジのための組織というか会社というか。そのために勉強して投資して会社を作りたい。大学に合格したばかりで資本も技術もないからね」

「私はリアダンと少し違ってね。アンジには深い感謝しかないけれど、何より今の家族が大事だから。姉としてリアダンの夢を応援したいの」

「アンジのことが大好きで死んでも構わないって人以外入れないような会社にしたいんだよね」

「その組織にはアンジに身も魂も捧げる覚悟を要求するのですか?」


 リヴィアがまっすぐにリアダンを見据える。リアダンの瞳には迷いがなかった。


「そういわれると恥ずかしいけど……そうだよ。そうじゃないとアンジの傍にいて欲しくないもの。あの人はね。自己評価が低い。低すぎるんだ。本人が嫌がっても愛情を注いで。好意をぶつけて。それぐらいじゃないとあの自己肯定感の低さはひっくり返らない」

「リヴィルドとウタにさんざん甘やかされたリアダンとリアダンの結論ですね。あなたはここにいていいと、本人に理解してもらうためにも深い愛情は必要なのです」

「二人の包容力は凄いからね! アンジにはボクにはあなたが必要なんだよと何度でも繰り返し伝えたい」


 リアダンはそういうが、ブランジュにしてみれば包容力が一番高い女性はリアダンだと思っている。

 ずっと暗闇に怯えて過ごしたブランジュを数年にわたり支え続けたリアダンは、面倒見の良い猫のように包容力に溢れていた。


「私は大学を卒業したらリアダンに投資して応援したいのよ。アンジの居場所を作るって夢、私の願いでもある。あの人が連続殺人犯扱いでお尋ね者みたいな生活を送っていいはずがないもの」

「あなたはここにいていいとアンジに理解させる、ですか。私達にはアンジが必要です。その考えに深く同意します」


 リヴィアとレナが視線を交わす。同じ考えのようだ。


「二人には応援とかアドバイスをして欲しいよね。ボクよりもずっと良い案がありそうだから」

「――リアダン。私とレナが資金と技術を提供します。すみやかに会社を興してください。大学在籍中でも起業はできますよね?」

「え? え?」


 突如切り出したリヴィアに、リアダンは目をぱちくりさせた。


「アンジのために身を魂も捧げる決意をもった人間で構成された家族のような組織。彼のための居場所。私達も彼を必要とすると伝える環境。漠然としたプランはもっていましたが、リアダンが言語化してくれました」

「えっと。何が用意できるの?」

「資金、兵力、技術すべてを提供します。ハザーではなく、アンジが搭乗していたフーサリアを用意しましょう。三人分ですね」

「フーサリアまで?! 技術はどんなものがあるの?」

「煌星を作り出した文明の復興が可能になる、その一端です」


 そこまで言われるとリアダンとブランジュも表情が変わる。


「ひょっとしてAGIと接続できる神性寄りとは…… あなたたち二人なの?」

「うん。私とリヴィアはAGIとお話できる」

「その事実を知っている者はリヘザとレスリック大統領しかいません。起業は考えましたが私達二人が表社会にでるわけにもいかない。リアダンを利用するようで気が引けますが……」

「いやいやいや?! そんな重要な人物が表にでるわけにはいかないよ! ボクでいいなら喜んでリーダーになるけどさ」

「リアダンがリーダーなら私も安心できる。お願い。リーダーして」


 レナにも頼まれ、リアダンは微笑んだ。


「いいよ。どこまでやれるかわからないけど、やってみよっか。技術はともかく、じゃあ表向きはヴァルヴァ向けの傭兵組織にしよう。アンジを整備士として迎え入れることを最優先。それでいいよね」

「あなたは相変わらずですよ。子供の時から、以心伝心で頼もしいですね」

「褒めても何もないよ! で、親会社が傭兵組織で。子会社を技術。これは…… ――リヴィアたちが用意してくれる技術を偽装するためのものだ。無からフーサリアがポンとでてきたら疑惑に思われちゃう」


 頭の回転が速いリアダンが矢継ぎ早にアンジに必要なもの、リヴィアとレナを守るために必要なこと、想定される困難を洗い出す。


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