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第73話 リアダン12


「事実だからな。二度の太陽圏戦争の問題点はいわゆる先進技術集団層が狙い澄まされたかのように死亡したことなんだ。現行人類は発展途上にいた僻地の生き残りに過ぎない。私たちヴァルヴァは人類の後に発生して最初からやり直した人類ともいえる」

「宇宙に進出した人類は三百億人にも届きそうだったともいわれています。【審判の日ジャッジメント・ディ】によって技術者は脳内に仕込んだAGIの停止により死亡しました。発展途上層が生き残ったところで文明が存続できないのです」

「文明を維持するための技術者、労働力、インフラ、環境。そして継承者。それらが死滅した。脳内にAGIデバイスを挿入しなかったものさえ居住している宇宙艦が制御不能になり多くが死んだ。今かろうじてこれだけの文明が残っているほうが奇跡に等しい」

「実際に地球、煌星、火星。木星や土星の衛星群の人類は宇宙に人類生存層を作り出した先進集団でしたが、即死しました。地球は無数の巨大宇宙艦墜落によって環境が激変し、多くの者が火星や煌星へ移住することになりました」

「しかし先進国と途上国には大きな問題がある。人工の不均等だ。高度文明ほど少子高齢化が進み、文明が進んでいない集団は多産となる。先進国では技術の継承が断絶する可能性が高いのだよ。ゆえに我々ヴァルヴァが生まれた理由の一つとされる」

「文明の継承? ヴァルヴァが?」

「人間より頑強で寿命も長い。むろん種族差もあるがな。動物似アニマルライクの基本種はもちろん、我々龍人似や天使似の幻想寄りレヴェリールライク、そして新たに判明した神性寄りディーアティライク、何故この三種のカテゴリで開発されたかは不明だ。労働力だけなら人間を直接生産したほうが早いからな」

「不明なんですか?!」

「文明レベルが著しく衰退したといっただろう? 以前は農作業など必要なかった世界だったそうだよ」

「みんな職を失いそう」

「無人生産活動が多くの余剰を生んで人間の生活を支えていたのだよ。人々は職に就くまでもなく生活ができた。だから開発と開拓に明け暮れたのさ」

「そこまでの文明が存在していたということですね。そして神性寄りはその文明の片鱗に触れることができるのか」


 リアダンには働く必要が無い文明など想像がつかない。


「なぜ特徴のないヴァルヴァが誕生し、虐げられたかの原因は不明なんでしょうか?」


 ブランジュが尋ねた。


「そこだ。以前には神性寄りなどいなかった。おそらく三十年以内に誕生した種で、非合法の工場でのみ発生していたヴァルヴァなんだ」

「工場で特徴のないヴァルヴァが生まれ、失敗作と思われて廃棄処分だったと?」

「ヴァルヴァ工場は煌星支部の利権なんだよ。生産した種に対して自分たちは上位者になるわけだからね。ヴァルヴァは便利な存在だったのだろう。ヴァルヴァは人類亜種だから育成に金も時間もかかるからな」

「十歳以上生かされた私はまだ運がいい方なんですね」

「幼少期に辛い人生を送ったんだ。不遇だったとも。しかしブランジュはリアダンの言葉によってアンジ殿が動き、ヴィドルド夫妻の娘になった。これは幸運だと私は思うよ」


 リヘザの表情は優しい。彼女がどんな目に遭ったかも知っている。それを否定せず、現在を見るように促したのだ。


「間違いありませんね。過去を忘れることなどできないですが、パパとママやリアダンの家族になることできて今は幸せです」


 ブランジュの言葉にウタが微笑む。


「忘れるほどもっと甘やかさないといけないですね。あなた」

「そうだな!」

「私はもう大人ですし!」

「私の娘になったからには、あなたはずっと私の子供です。逃さないわよ」

「ウタが本気になった相手を逃すことはない。諦めるんだな!」


 リヘザが冗談をいい、場を和ませる。


「ではもう一つ続報があるようだ。リヴィルド。頼んだ」

「はい。今日の神性寄り同時多発誘拐事件。幸いにも本人やヴァルヴァの協力があって今の所被害者はいないのですが気になる情報が一つ。――そのなかにヴァルヴァの少女を通りすがった人間の作業服姿の男性が助けてくれたそうで。黒髪の東洋人のような特徴で歳は三十前後とのこと」


 全員の視線がヴィドルドの方に注がれる。


「少女が礼をいう暇もなく姿を消したと。彼である可能性が高い。我々も引き続き、その人物の消息を追う」

「私達も探そう」


 リヴィアが発言する。


「気持ちはわかるけど、それはダメよ。誘拐されそうになったばかりでしょあなたたち」


 冷静なウタにたしなめられる一同。


「猫似のボクだけなら探しにいけるよ」

「ダメです。今回の件でリアダンはブランジュの関係者と顔が割れたの。そういうところを犯罪者集団はついてくるから」


 ウタは理路整然と娘を制止する。感情的ではない分、説得力を増している。

 怒っているのではなく、事実として述べているのだ。


「ウタの言う通りだな。犯罪者集団なら本人より周囲を狙うだろうさ。それにアンジ殿の行動を察するにモレイヴィア城塞を離れている可能性が高い」

「ダメかぁ……」

「もし彼だとしても朗報だ。危険な職業にはついていないということだからな」

「それは…… そうですね」


 リヘザの言葉にリヴィアも寂しそうに同意する。

 仕事を選ばなければ危険な仕事や割りのいい仕事はたくさんあるはずだ。それでもアンジは整備士という職にこだわっている。正体不明の東洋人がアンジだと信じたいという思いもあった。


「さて。では私達は保護者懇談会に入る。四人は積もる話もあるだろうから、移動するといい」

「私の部屋にいきましょう」


 ブランジュが誘い、四人の少女は部屋を出る。


「我が家近辺は厳戒態勢ですね。懇談会とはいえないレベルです」


 リヴィルドが苦笑した。リヴィルド邸はフーサリア三機まで動員されて厳重な警護下にある。


「リヘザ様と神性寄りの少女が三人もいるのですから」


 レンカはこの場にいることがいまだに恐れ多いようだ。


「当時のリアダンが起こした行動がブランジュを。そしてレナを救出したことにつながっていたなんて思いもしなかったわ」

「その点ではリアダンも重要人物になるよ。アンジ殿の影響は大きすぎる。ヴァルヴァにとっても。あの子たちにとってもね」

「ヴァルヴァ解放戦線にも、煌星支部軍にも悟られないようにしないといけませんね」


 四人の影響力は非常に大きい。とくにリヴィアやレナという特徴が無いヴァルヴァ二人が飛び級で大学したことも知る者はいる。

 少なくとも異質な才能を秘めていることは違いない。


「あの子たちが何をやらかすやら。そちらのほうが私は楽しみでもあるし、心配でもあるんだ」

「同感です」


 リヘザの言葉にウタがしみじみとうなずいた。なまじ才能があるだけに、少女たちが国に影響を与えるレベルのことをしかねないと思っている。

 深くうなずくリヴィルドとレンカも同じ考えのようだった。


「幸いなことに今日は彼女たちの点と線が繋がった。娘たちがアンジ殿を追い掛けるまでは我々が見守ろう」


 リヘザのそれは、紛れもなく子を想う母の言葉であった。

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