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第78話 レナ3

アンジが宇宙艦ゾルザに到着してから十日が経過した。

 彼の想像以上にシルバーキャットの出撃回数は多かった。


「少人数の傭兵集団が有名になるわけだな」


 整備の仕事も忙しい。

 寝る間を惜しんで整備している。


「アンジはちゃんと休んでください!」

「これだけはやらせてくれ」


 自分が出撃するならいいが、少女たちの身に万が一などあってはいけないのだ。

 フーサリアは装甲重視。だからといってかすり傷一つで装甲板を交換するわけにもいかない。

 念入りに傷を見つけ潰していく。傷を見つけ、微少な錆を除去して丁寧にコーティングし直すのだ。


「次は弾倉作業だな」

「ボクがやるから、アンジはそろそろ休んでよ! 明日は土曜日だから仕事しちゃだめだからね?」

「戦場に土日はないぞ。それにリアダンは帰投したばかりだろう。俺はずっとここにいるから明日も残った作業は少しさせてもらう。本来の業務ぐらいさせてくれ」

「レナが手伝う」


 レナがひょっこり顔を出す。


「休養もパイロットの仕事だ。リアダンは休んでくれ」

「んもう! 仕方ないな。レナ。タイミング見計らって切り上げなよ。アンジはレナに従って」

「うん」

「わかった」


 二人は中途半端に消費した弾倉に弾を詰める作業に入る。

 無言のまま時間が過ぎる。


「今日はここまでにしようか」


 さすがに無心に作業するレナが心配になって、アンジから作業終わりを宣言した。

 時間は二十一時を過ぎている。


「うん」


 二人は作業を終えて、遅めの夕食を取った。

 アンジは会話をしなくていいレナといると気楽だ。


「アンジはレナと一緒にいることが多いですね」


 就寝時、隣にいるリヴィアが思わず口にするほどだ。


「心配するようなことは何もないぞ」

「知っています。ここにいる女性たちはみんな、心配するような事態になっても大丈夫ですから」

「それもどうなんだ」

「我慢強いですね」

「リヴィアがいうな」

「ふふ」


 ベッドの上は交代制だ。リヴィアも別の寝室があるようだ。広い宇宙艦には当然それぐらいあるだろう。


「環境に慣れてくれて嬉しいです」


 リヴィアからすれば、アンジが異性に興味がないか不安になるほどだ。


「みんなの枕代わりになるのも悪くないと思い始めた」

「喜ばしい変化です」


 リヴィア以外は二人、もしくは三人と同じベッドで寝る。

 複数人同じ布団にいれば変な気を起こそうとは思わない。

 リヴィアと同衾すると理性の限界を迎えそうなこともあるが、何故かリヴィウと一緒にいるような既視感を覚えてしまうときがある。

 そうなると不思議と気分も落ち着くのだ。


「レナはどうですか?」

「とても気配りが上手な子だ」

「ええ。自慢の妹です」

「プラモデルを一緒に作ってと誘われた時は驚いたけどな」

「レナは昔から好きなんですよ。とくにフーサリアのプラモがお気に入りです」


 アンジもレナといる時間は有意義だ。

 レナはリビングにいてプラモデル製作やゲームに誘ってくる。

 四人の少女とは世代も違い、共通の話題は少ない。しかしゲームプレイやプラモデル製作は同じ作業をしている。かといってレナは無理矢理話しかけてくるわけでもない。

 レナはアンジにとって距離感が絶妙なのだ。


「レナの人生はラクシャスのマニピュレーター――掌から始まりましたから」

「……そうだな。知っている」


 アンジが出会った人々のなかでも、レナはもっとも命がぞんざいに扱われていた少女だった。


「明日はレナと話をするか」

「喜びますよ」

「そうだと嬉しい」


 本来なら休みである土曜日に朝からアンジは残った作業を続けている。

 当然のようにレナも合流してアンジの作業を手伝いにやってきた。


「ありがとう」

「レナがやるべきことでもあるから」


 本来四人しかいないシルバーキャットという組織のなかで、誰かがやらないといけない作業だ。

 昼食はシルバーキャットの面々と一緒だ。今日は全員揃っている。

 食事が終わる頃、アンジが思い出したようにレナに聞いた。


「今日はレナの部屋でプラモ作りの続きをしたいんだが、構わないか?」

「歓迎する。お願い。来て」

「わかった。土曜日だしスクランブルもなさそうだ。作業は早めに切り上げよう」


 そういって二人は作業場に消えた。


「どういうことですの?!」


 ヤドヴィガは驚愕した。アンジが女性陣の部屋に行くことなど決してなかったからだ。


「いい感じの恋人同士……のようには見えないけど。むしろ年季の入った夫婦に見えるよ」


 ヴァレリアが苦笑する。二人が作業している姿を見かけたが、無言だ。

 阿吽の呼吸で作業している様は、言葉を発しなくても互いを理解している夫婦のようだ。


「アンジとレナか。リヴィア。ひょっとしてあの件?」


 思い当たる節があるリアダンがリヴィアに確認する。


「そうです」

「二人に何があったか、リアダンは知っているの? レナの言っていた溶融炉の件?」

「それだね。私の姉さんが絡んでいることでもあるから。あの二人は話したい事があるだろうなと察していたよ」

「ブランジュが?」


 ヤドヴィガとヴァレリアもリアダンの姉であるブランジュのことは知っている。

 ブランジュもリヴィアやレナと同じ神性寄りのヴァルヴァであり、シルバーキャットの外部協力者だ。


「アンジが溶融炉のある工場に向かった理由こそ、ブランジュの同胞を助けて欲しいという願いだったの」

「詳細をお尋ねしてもよろしいのでしょうか?」

「いずれ話さないといけないと思っていたよ。リヴィア。補足してくれないかな」

「ええ。今日のお茶会は長くなりそうですね」


 四人がブランジュとレナの件を話し合っている最中にも、アンジとレナは作業を続けた。

 地球時間で15時になったころ作業を切り上げた。

 アンジは着替えて、レナが自室に案内する。


「今日はずっとレナの部屋にいてくれるの?」


 無表情ながらも期待していることが見て取れた。

 レナの部屋はリヴィアの部屋と同じような構造をしている。

 部屋のなかには製作済みのプラモデルが綺麗にディスプレイされている。アンジはひときわ目立つものに気付いたが、あとで話すことにした。


「レナがいいなら」

「夕ご飯がんばる」

「簡単なものでいいぞ」

「作らせて」

「わかった」


 せっかく張り切ってくれるので断るのも申し訳ないとアンジは引き受けた。

 レナが料理をしている間、プラモデル製作にかかっている。



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