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第79話 レナ4

「できたよー」

「おお、これは凄いな。いただきます」


 教えたわけでもないのにアンジの好物が並んでいる。


 目玉焼きハンバーグに白味噌の味噌汁。漬物にサラダだ。


「うん。美味しい」

「よかった」


 とくに会話が弾む事は無かったが、 アンジの話に相槌を打つレナ。



「俺の好みをよくわかっているな。本当に美味しいよ」



 レナははにかんだ笑顔のようなものを浮かべて首を縦に振るだけだった。


 食事が終わり二人で後片付けをして、リビングに戻る。

 作りかけのプラモデルを取り出し、製作を開始する二人。


「レナと一緒でつまらなくない?」


 レナが声をかける。


「どうしてそう思うんだ。楽しいぞ」


 二人で同じ共通の作業をしている一体感がある。

 アンジとしても悪い気はしない。


「レナ。上手に話せないから」

「俺のことは知っているだろう。ずっと話し続けられるよりよほど心地よい」


 レナはその返答に無言で答えた。


「気にしたことは一度もないぞ」

「嬉しい」


 レナはぽつりとそういった。


「あとはだな。怒るかもしれないが……俺は知っている。レナの言葉は、俺とラクシャスのせいでもあるということも」

「怒る」

「だよな。ただ後悔は尽きないんだ。もう少し上手くやれてたらなって」


 レナ救出時のことも、その後の出来事もはっきりと覚えている。

 モレイヴィア王国軍にレナの身柄を預けた時、医療担当者から告げられたのだ。

 頭部を強く打ち、左前頭葉にあるブローカ野に損傷が見られるということだ。

 後天的な運動性失語であり、単語の意味は理解できるが会話は難しいかもしれないと医務スタッフに告げられた。

 医療スタッフはできる限りのことをすると約束してくれたが、接続詞や助詞をあまり使わない現在のレナの姿をみて完治できなかったと思い知った。

 この日、アンジがレナの部屋に赴いた理由こそ、彼女と真摯に向き合うためだ。


「――あなたは最善を尽くしたYou did best


 レナはアンジの瞳を見据え、短いながらも力強く言葉を告げる。


「アンジは知っているはず。レナはもともと会話できなかった。ケモノのように」

「ああ。知っている」


 薄汚れた服を着せられ、飼育されているような環境だったレナをアンジは知っている。


「アンジとラクシャスがいなければ人としての人生を歩めなかった。あの状況でレナが助かった理由。アンジとラクシャスがいたから。否定しないで」

「わかったよ。否定しない」


 アンジがラクシャスに乗りレナを救出したことは紛れもない事実。

 アンジとラクシャスのみが救出可能な状況だったことも。


「レナ。あのあと、勉強もリハビリもがんばったよ。褒めて」


 アンジは知らないがレナの無表情も運動性失語の影響だ。運動麻痺の影響で表情筋が発達していない。


「ああ、褒めるとも」

「ほら。額に傷もない。アンジが応急処置してくれた」


 レナの髪型はセンター分けの前髪なしウィズアウトバングスのロングヘアだ。

 美しい金髪に、大きな額には傷一つない。


 アンジは無言で優しくレナを撫でる。

 嬉しそうに眼を細めるレナだったが、不安そうに顔をあげた。


「レナを助けて後悔していない?」

「どうしてそう思う?」


 アンジにとっては予想外な問いかけだった。


「レナを助けた結果。ラクシャスは太陽圏連合本部に追われた」

「そんなことまで知っていたのか。――あの時もいったが、生きていてくれて本当に良かった。心からそう思う」

「うん」


 アンジは少し恥ずかしそうに笑う。


「自分でいうなと思うかもしれないが…… 俺とラクシャスの存在はレナのなかで大きいんだな」

「大きい」


 再会時にはアンジにキスをしたレナだが、あの時の少女だと理解するとアンジのなかでもレナに対する見方を改めた。

 部屋のなかのプラモデルの多くがラクシャス、または似せたもの。もっとも力を入れたプラモデルはレナを助けた時のラクシャスを模したものだと人目でわかる。

 そして並べられているプラモデルのなかでも、ひときわ異彩を放っているものが仏像だ。


「羅刹まであるとは思わなかった」

「――ラークシャサ。和名は羅刹天。そのなかの当て字の一つ羅刹娑ラクシャス

「そうだ」

「アンジはリヴィウを護るため。護法の鬼となった」

「そういう意図で名付けたよ」

「羅刹はレナの守り神でもあるんだよ」


 羅刹の仏像、そしていくつかのラクシャスは手のひらを上のほうに向けている。羅刹というよりは仏のようだ。


「そう思ってくれているとは嬉しい」


 レナを見るアンジは切り出した。


「レナは俺のことを…… なんていえばいいのか。とても学習しているなと感じている。味の好みや俺の経歴。太陽圏連合本部の事件など当時のリヴィウも知っていないはずだ」


 レナはこくんと首を縦に振り、アンジの予想を肯定する。


「嫌だった?」

「嫌なわけあるものか。料理はとても美味しい。愛情が込められているとはこういう味なんだろうな。その上でレナのおすすめや自慢の逸品が必ずある」

「気付いてくれた。嬉しい」

「そこまでしてもらうほどのことをしたとは思っていないが、そうじゃないってことはここにきて身に染みて理解したつもりだ」

「まだ理解が浅いよ」

「そうか……」

「レナのこと気持ち悪くない? 苛立ったりしない?」


 不安気にアンジを注視するレナ。


「しないよ。リヴィア以外ではレナと一番長く一緒にいるじゃないか。起きている時間を考えるならレナと一緒にいる時間のほうが長いかもしれない」

「うん」

「嫌だったら他の人間も呼ぶか、一人で作業する」

「レナの話し方。暗号や電報みたいといわれていた。普通の人だと苛立つ。わかっているつもり」

「そんなヤツのことは気にするな。その分俺に話しかければいい。俺は会話そのものが下手だからな。こういう風に同じ時間を共有すればいいさ」 


 アンジはプラモデルのランナーをつまんで見せた。


「そうする」

「どれぐらい俺のことを知っているんだろうとは気にはなる。俺の知らない俺のことまで知っていそうだ」

「レナはリヴィウから聞いた情報。ラクシャスに助けられた人々の証言。当時のニュースから分析した。リヴィウを褒めて」

「そんなに覚えていたのか、あいつ」

「リヴィウの情報をもとにアンジの人生を再構築リコンストラクトしただけ」

「目玉焼きに白味噌の味噌汁が好きということまでわかるのか」

「アンジは日本の家庭食が好き。幼少期は西日本。リヴィウの聞いた情報からだよ。アンジがもし自由に食事できるなら食べさせてあげたいと思った料理」

「凄いなレナは。大学も卒業しているし。凄いに決まっている」

「め」


 レナはアンジの唇に一指し指を当てた。


「学歴の話なんかしないの。働いているのにリヴィウを助けたほうが凄い。リヴィアも同じ事をいうはず」

「もういわれた」

「やっぱり」


 俯いたレナはそっと小声で自分の思いを言葉にする。


「アンジ。お人好し。襤褸を着てケモノのような私たちを助けようとして。ラクシャスでも危ない場所を飛行した」

「ラクシャスのマニピュレーターが間に合わなかったら一生後悔していただろうな」


 レナの頭を撫でながら、間に合って良かったと改めて思うアンジ。

 ラクシャスのプラモデルや羅刹の手のひらには見覚えがある。レナと初めて会った日の再現なのだろう。


「あの前のことも。あとのことも。今日は色々話したい。アンジの話、聞きたい。昔の私は理解できなかったこと。今は全部知りたい」

「いいよ」


 アンジも救助したあとのレナのことが気がかりだった。

 その後の話を知りたいところだ。


「うまく話せないけど」

「心配いらない。レナのペースで話してくれ」

「うん、今日は一緒のベッドで寝ようね。眠くなるまで話そう」

「どちらかが寝たらお開きということか」

「そうだね」


 プラモデル作成も一段落し、二人はベッドに移動する。

 長い夜になりそうだった。



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