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第80話 レナ5

 幼少時の記憶。

 レナにとって存在しないにも等しい時間だった。

 白い部屋に、安っぽい絵画の大部屋に廃棄物と呼ばれる少年少女が十人ほどいた。少年が三人、少女が七人だ。

 大部屋にはトイレが二つあるのみ。着替え用の下着。上着は共通でシンプルな灰色のワンピースだ。汚すと殴られるので、子供たちは自然に汚さないよう気を付けるようになった。

 知育用ブロックの玩具があるが、誰も遊ばない。

 世話をする人間もおらず、レナたちは大人たちの会話を通じて言葉を学んだ。

 レナという言葉も、当時はなかった。少女7。それが彼女の呼び名だった。


「今日の食事だ」


 食事は三食。水と完全栄養食の幼児用ゼリーのみ。

 適度な硬さがあり、歯を噛む訓練にも適している。

 多少の甘みはあるが虫歯にならないように処理されている。


 代わり映えのない日。自分たちがどんな存在かも知るよしもなかった。

 言葉も概念も教えてくれる者がいないのだから当然だ。


 ある日、見慣れぬ男性が部屋に入ってきた。後日、回想すると煌星支部軍の兵士だったとレナは知る。


「今日はお前たちを外に出す」


 不安になる少年少女。

 外に出されたことなど一度もない。体調不良で部屋の外に出た者で、戻ってきた者はいない。


 車に乗せられ、トンネルを通る。

 降ろされた場所は、かなり暑い場所だ。


「あれは……」


 子供の一人が呟く。

 巨大な空間には、中心に大釜のようなものがあり、熱い溶けた鉄がぐるぐると渦巻いている。

 ベルトコンベアや吊り下げ式のクレーンで運ばれた、破損した機兵や車輌が自動的に投げ込まれている。


「あれは溶融炉だ。スクラップをあの場所で処理して金属資源を回収する」


 大人の一人が答えた。


「よく見ておけ。そして自分たちがああ・・ならないように努力しろ」


 モニタが出現し、同年代であろう子供が移されていた。

 檻のようなものに入れられている。檻は巨大なトロッコに載せられていた。


「選ばれなかったら、ああなる」


 トロッコが動き出した。

 最初は緩い下り坂だったが、突如急傾斜となり凄まじい勢いで下り坂を突き進む。

 子供たちが悲鳴をあげた。


 時間にして二十秒も経過していない。

 トロッコがレールの終わりにある断崖で急停止した。檻がひっくり返り、勢いのまま子供たちが投げ出された。

 溶融炉に落ち、悲鳴もないまま消えていった。


「ひぃ」

「いやぁ」


 死という概念が希薄な子供たちでさえ、眼前の光景が惨いものであると本能で知った。


「お前たち廃棄物は世に出すと厄介なんだよ。廃棄物は覇気物処理場で処理するだけだ」


 にこりともせず兵士がそういった。見慣れた光景なのだろう。 

 別の兵士が口を開く。


「お前たちが生きる道もある。選ばれることを祈っておけ」


 そういってバスに戻り、いつもの部屋に戻された。

数日後。同じ男が部屋に入ってくるやいなや、こう言い放った。


「これよりお前たちを移送する。この煌星を管轄する、大変偉い方々だ。殴られなかったら失礼のないようにな」


 部屋の外にでるとろくな思いをしないと学習した子供たちは嫌がる者もいたが、溶融炉に投げ込むぞと脅されるとおとなしくなる。

 バスで移動し、飛行機に乗り換えて移動した。

 連れられた場所がどこにあるかは不明だった。


「さあ。とっとと歩くんだ」


 兵士は身体能力が高いヴァルヴァの子供が相手なので容赦がない。

 連れられた場所は長い時間を経ても稼働した形跡がない管制室のような場所だった。 


「一人ずつ。指示されたパネルに手を置くんだ。合図したら離れて、何か起きたら正直に話せ」


 順番にパネルに手を置いては、五分経過して次の子供に移る。

 レナの番になり、パネルに手を置く。


(君は私の声が聞こえるか?)


 パネルに手を置くと、頭のなかで不思議な声がした。

 かすかな声。男とも女ともつかない声だ。


(きこえる)


 レナは表情一つ変えない。

 乳児を終えて物心がついた頃から、泣いたことも笑ったこともない。


(良かった。君だけは死なずに済む)

(あなたのこえがきこえたらわたしいがいがしぬの?)

(そのために創造された存在だからだ。報告して私と契約すればいい。早く報告したまえ)


 その声にレナは返事をしなかった。

 君だけ。その意味に利己的なものを感じたからだ。

 他の子供たちが死んで自分だけ生き残ってもろくな未来は待っていないだろう。


(きこえない)


 実際、レナがそう念じると声も聞こえなくなった。


「お前。何も起きなかったか?」


 レナは首を縦に振る。


「そうか。では次――」


 他の子供たちは何も聞こえなかったようだ。

 数日後、再びバスに乗せられる。


「今日はいいところに連れていってやろう」


 兵士がにやりと笑う。

 子供たちは無邪気に喜ぶ者もいたが、レナは死が近付いていることを察した。


 自分だけが生き残るならこの子供たちとともに最後までいようと決意していた。

 きっとあの不思議な声が聞こえると言ったところで、ろくな結果にならないと子供心に感じていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アンジはモレイヴィア軍のヴィドルドと別れてから数時間でラクシャスの整備、装甲の換装を終えた。

 加速を重視したウイング型追加スラスターに、突剣とシールド。展開型のプラズマサーベル。そして長射程を考慮したロングバレルのビームライフルのみ。


ヴィドルドから連絡も入っていた。


「非合法のヴァルヴァ解放工場は国境沿い近くの山岳部にあった。表向きは兵器のスクラップ処理場で巨大な溶融炉もある。少女の証言通りだ」

「よく情報を吐いたな」

「拷問も辞さない緊急事態だったがパイロットの一人が司法取引を申し出た。そのパイロットすらも胸くそ悪いと吐き捨てる悪趣味な扱いだったらしい。我々は申し出に応じ、あとは正誤を残りの犯罪者どもに確認するだけでよかった」

「多少の良識はあったヤツなんだな」

「少女の虐待にも加わっていないことも確認した。あの連中ではましなヤツだ。詳細な情報を話してくれた。有意義な取引だったよ」

「少女に手を出していない、か。そいつにだけは手心を加えてやってくれ。他の連中は知らん」

「無論だ。残りの連中から出来うる限りの詳細な情報を聞き出した」


 どんなやりとりで聞き出したかは聞かないことにするアンジ。

 それよりも情報が欲しかった。


「正確な座標はわかるか?」

「座標は港から陸路で千五百キロメートル離れた地点となる。この場所となる。工場の場所や敷地はわかるが、内部構造が不明だ」


 アンジは地球の地形をもとに1500キロメートルという距離を計算する。

 彼が生まれた日本を参考にすると名古屋から北海道の札幌ぐらいまでの距離だ。


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