「兵器のスクラップ工場だろ? 大型の溶融炉に運搬するトレーラー搬入口があるはずだ。そこから溶融炉まで繋がっているはずだ」
鉄くずを拾い集めて生計を立てていたアンジには、おおよその構造が想像できる。
兵器といえば機兵や戦車、大型ドローンの処理であり、溶融炉で溶かしてレアメタルをリサイクルするシステムだ。
「無茶だ! 下手したらラクシャスも飲み込まれるぞ! ラクシャスでも苦しいかもしれない。合流するまで待て」
「次の処理はいつか聞き出せたか?」
処理という言葉を自分で口にしてぞっとするアンジ。
なんとしてでも阻止しなければならないと心のなかで誓った。
「明日の15時だ。遠すぎる。次の子供たちはもう間に合わない」
「ラクシャスなら間に合う。教えてくれ」
「仕方ない。敷地内の搬入地点は数カ所ある」
ヴィドルドから構内図が送付された。
「十分だ。任せろ。俺が失敗したら頼んだぜ」
「無茶だけはするな」
「太陽圏連合軍本部部隊が相手になるかもだ。多少の無茶はするさ。そちらも準備だけは進めてくれ。人がどんな理由があろうとも溶融炉に生きたまま投げ込まれるなど許されない」
「当然だ。私たちもなるべく早く駆けつける」
通信を終え、ラクシャスを見上げる。
この場所は何故か感知されない不思議な場所だ。 レーダー索敵も地形全体がラクシャスの存在を遮断してくれるかのような、不思議な場所でもある。
「精霊さんが護ってくれているのか。いつもありがとう」
アンジは一人呟くと再びラクシャスに乗り込み仮眠を取る。
連戦や即時出撃する場合に備えて、普段から換装用や目的に応じた発掘品を用意していたのだ。
「この地点なら低空飛行と地上走行の切り替えでいけるな」
ラクシャスは地上速度で最高五百キロメートル以上の速度を叩き出すが常時は不可能。
短時間での飛翔も可能だがそれでも千五百キロメートルもの距離は大陸横断ともいえる長距離だ。
「それでも――危機には駆けつける。だからこそフーサリアという名称がつけられたと聞いた」
地球時代の先史においてのフーサリアは各国の救援に駆けつけたことで有名だったらしい。
歴史が好きなアンジはその由来だけは知っていた。
「間に合わせる。いくぞラクシャス」
アンジはリヴィウと過ごすようになってから、廃棄物と呼ばれる子供の存在を気にかけるようになった。
世に生きて出ることも敵わず廃棄処分され、またリヴィウのように捨て値で売られる子供もいる。
生きているというだけであり幸運にも、などという形容詞を使いたくないほどの扱いを受けている。
ラクシャスは地球時間6時に出撃した。陸路で千五百キロメートル離れた地点だ。航空機なら三時間もかからないだろうがラクシャスは人型兵器。陸路を行かなければならない。
四、五時間は必要だとアンジは判断している。
「間に合ってくれよ……」
祈るような気持ちで独り言を呟くアンジ。
ラクシャスは森や山岳地帯を駆け抜ける。
地球時間で十時を過ぎたあたり、目標地点に近付いた。
広大な森林地帯が続いている。モレイヴィア国の国境沿い近くの山岳地帯であり、百キロメートルの地点まで敵らしく兵器と接触することはなかった。
「五十キロメートル地点…… レーダーに反応ありか。ずいぶんと遠いのにな」
廃棄物処理場の中でもとくに大きなものだ。国の施設ではない規模としては異例だろう。
国境線近くの緩衝地帯であった。このあたりに存在する企業は少なく、また紛争の種も多い。数多くの宇宙艦が落下したという曰く付きの場所でもある。
表向き目標の工場はモレイヴィア国や隣国の兵器を処理している。
「レーダーに映る機影とリアクター反応は――
ラクシャスは文明がもっとも発達した時代の残滓ともいえる。レーダーも高性能だ。
機体としてのラクシャスはレーダー性能を落として反応速度を上昇させている。レーダー処理で負荷が重いと反応が遅れるためだ。
それでもハザーはもちろん、高性能機であるトルネードトルーパーを上回るレーダーを有している。
「問答無用。――いくぞ」
確たる証拠もなく――
アンジは一瞬だけ思考し、雑念を振り返る。虐待されていた少女の悲痛な訴えが嘘だとは思えない。
なによりトルネードトルーパーや重装甲輸送機がこの場にいることは本来ありえないのだ。
ラクシャスは飛翔し上空からトルネードトルーパーを狙撃する。
一機につき三射。確実に仕留めるためだ。
「よし」
三機はどこから攻撃されたか不明のまま撃破した。パイロットも何が起きたか不明だっただろう。
ラクシャスは即座に着陸して陸路を進む。
展開していた部隊はパニックに陥った。
「どこからだ!」
「上空だったが、もういない」
「何かかが向かってくるな。モレイヴィア軍に察知されたか?」
混乱するハザーのパイロットたちに襲い掛かるラクシャス。
迎撃しようにも神出鬼没のラクシャスに翻弄されるハザーの防衛部隊だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
防衛部隊の連絡を受けたヴァルヴァ生産施設の工場長が来賓に声をかける。
「どうやらモレイヴィア軍がきたようです。少数とのことなので威力偵察の一環だと思われますが万が一ということもあります。ショーの時間を前倒しにしましょう」
「よかろう」
ラダ大陸から来訪した老科学者が答えた。
「あの子供たちが選ばれるかどうか。――選ばれていた場合はなんらかの反応があるだろう」
「特徴のないヴァルヴァがAGIを目覚めさせるという件ですか?」
「そうだ。この地下にもAGIはいる。完全に停止したそのAGIがAIを通じてヴァルヴァという種を作らせた。私の仮説だよ」
「新たに生まれた種、特徴をもたないヴァルヴァはAGIの依り代として生み出されたのですよ」
隣にいる美しく着飾っている女性が補足する。
「各地の工場で、一斉に生み出された廃棄物たち。AGIと接触する、なんらかの感度が必要だという仮説だな」
「成功例は二例のみ。それも断片的な接触にすぎません」
「完全停止したと思われていたAGIが実はまだ内部では稼働していた。それがわかっただけでも大きな前進だ」
「子供たちが死の間際に誰かに助けを求める。もしくは封じられたAGIが外部との接触を取る手段を取り戻すために。――文字通り必死、でしょうね」
「死という概念は教えてあるが神という概念は教えていない。人工胎盤より生まれた存在ゆえに父母もいない。助けを求める何かに手がかりがある。残酷なようでこれは私達が文明を取り戻すための儀式なのだ」
老科学者は自分が罪深き存在かのように首を横に振るが、罪悪感はひとかけらもない。
「廃棄物は世に出しても捨て値。売ろうが死のうが軍の懐に入る収入に影響はないだろう」
「それならこの貴重なショーを楽しんだほうが良いでしょうね。生きている人を溶ける鉄に投げ入れる。――太陽圏全領域でも重罪ですから」
「ゆえに廃棄物と名付けたんだよ。案の定広がっている」
老科学者はにやりと笑う。
「今回はどのような趣向なのだね?」
工場長に尋ねる老科学者。
「来賓が百人近くいます。いつもなら崖上からの見学でしたが、今回は皆様に間近で見て貰うためにも、溶融炉上に頑丈な閲覧席を用意しております。万が一奇跡が起きた場合、その現場も目撃できるでしょう」
「溶融炉の上を移動するのか。小型の宇宙艇を使うのだね」
「はい。溶融炉に投げ入れる吊り下げ式のクレーンを用います。切り離しできないように処理していますし、クレーンの操作は宇宙艇の内部で行います。安全対策も万全です」
「ふむ。クレーン操作は私にもできると?」
「お望みとあらば。誤操作防止機能もあります。どれだけ廃棄物に接近するかは皆様のご希望通りに」
老科学者は満足そうに頷いた。
奇跡が起きれば歴史の瞬間。そうでなくても来賓を満足させるにたるショーになるからである。
残酷なほど、人は興奮するものだ。それはこの煌星でも変わりは無い。