ヴァルヴァの子供たちが移動させられる。
小さな小部屋に入れられたと思うと壁がなくなる。
鉄格子の檻だった。
「え? まさか……」
「いや…… いや……」
以前見せられた光景を思い出し、恐慌に陥る子供もいた。
諦めている子供もいる。
レナはどちらでもなかった。
(もしひとりいきのこったらくるしいとおもう。みんなとしんだほうがまし)
子供たちを檻にいれた兵士が告げる。
「どうせ死ぬんだ。騒げ。祈れば誰かが助けてくれるかもしれんぞ」
「だれかってだれですか?」
一人の少年が尋ねた。
かすかな希望が芽生えたからだ。
「俺にもわからん。
少年が暗い表情に戻った。無駄な希望だったからだ。
「ジェットコースターだと思えばいい。そんな娯楽、知らないか。最後までスリル満点だぞ」
実際トロッコの構造はジェットコースターのように曲がりくねった構造で、最後は垂直に近い角度で降下――落下して子供たちは停止地点で檻が開き、溶融炉に落とされる。
ジェットコースターや溶融炉の存在を知らない子供たちでも、その結末は想像できた。
「あと三十分もすれば動きだすはずだ。そうしたらお前らは楽になれる」
そう言い残して兵士は立ち去った。
楽になれるということは、死だ。
「しにたくないよぅ」
「どうして……」
「だれにいのればいいんだろう」
子供たちがすすり泣く。
レナは自分が選んだ選択を受け入れる。
(当機の声が聞こえるか。諦めるな子供たち)
かすかに聞こえた声。
レナはうずくまり膝を抱えて座り込む。監視されているであろう子供たち。
この残酷なショーを仕組んだ者たちに悟られたくはなかった。
(あなたは誰?)
問い返す。以前に聞いた声とはまったく違う、無機質な声。
(当機の呼称はラクシャス。当機のパイロットが君たちを助けるために向かっています)
(本当?)
(当機の言葉に偽りはありません)
(わたしは――わたしたちはなにももっていない。たいかもはらえない)
(対価は不要。乗り手はただ子供たちを救いたいという思いのみがあります)
何故か以前聞こえた言葉よりも優しく感じる声の主だった。
(かわったひとだね。あとさんじゅっぷんもしないうちにトロッコがうごくよ?)
(了解しました。あなたの視覚内に映っているものをイメージとして当機に伝えてください。当機からは情報提供者の言葉として伝達します)
(わかった)
(交信を終了する)
レナは顔をあげる。
「みんな。ふくをぬいで」
「どうして?」
「あのとけたてつにおちたくないでしょう? すこしでもじかんをかせごう」
「どうするの?」
「わたしがあなたたちをふくをつかっててつのぼうにくくりつける。わたしはおりにつかまる」
「おねがい。7」
7とは当時のレナの名前だ。レナの問いかけに答えた少女は3と呼ばれている。
「なくだけだとかいけつしない。しぬにしてもなにかしてから」
レナはみんなをすこしでも励まそうとする。
声の主ラクシャスは伝えない。もし間に合わなかった場合――来なかった場合、より残酷な結末になるからだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アンジは防衛線を突破して工場の敷地内に潜入する。
撃破した敵は十四機。工場の護衛にそこまでの機兵は必要ない。トルネードトルーパーなどあり得ない話だった。
『量子センサーにおいて情報提供者と交信あり。あと三十分以内に処刑が開始します』
ラクシャスの音声がコックピット内部に響く。
驚いたアンジがモニタに視線を注ぐ。
「量子センサーに直接情報提供をもたらした者がいるのか?」
『正体は不明です。座標を割り出しました。最適なルートを演算します。――最短ルートなら間に合う可能性は高まりますが溶融炉上空を飛行するのでリスクを伴います。迂回して直接子供たちを助けにいくルートもありますが約十五分以上のタイムロスが生じます』
「最短ルートだ」
『了解しました』
「搬入炉は近いということか。ギリギリ間に合うかどうかだが、間に合わせるぞ」
アンジがレバーを握る。機兵の操縦システムはパイロットの脳波を読み取り、レバーとペダルのみで操作を可能とするBMI技術――Brain-machine Interfaceを極めたもの。
パイロットの脳から量子レベルで情報を読み取ることも可能であり、情報提供者はこのシステムを利用してラクシャスに位置情報を知らせたのだ。
目標地点の倉庫が見えた。
「この倉庫か。いくぞ」
ラクシャスは頑丈なシャッターをプラズマブレードで切り裂き、突入する。
倉庫のなかには巨大なクレーンがいくつかある。巨大な兵器をクレーンで引き揚げ溶融炉まで運ぶのだ。
産廃物の搬入経路に突入する。機兵や戦車を吊り下げ移動させるので通路の移動に問題はない。
ラクシャスの侵入に、小型宇宙艇内部の警報が鳴り響く。
「なにごとだ?」
「先ほどの侵入者が単機で溶融炉に突入したようです。おそらくですが子供たちの救出を目論んでいるようです」
「は? 誰が廃棄物の命などを気にかけるんだ」
「わかりませんが、機兵のルートや行動をみるとそうとしか思えないのです」
「つまり、私達が何をしているか、モレイヴィア軍にばれている可能性もあるということですね?」
隣にいた女性科学者がヒステリックな叫び声をあげた。
「はい……」
「処分を早めよう。証拠を残してはいかん」
「そうですね」
予定よりも十五分早く、檻を載せたトロッコが動き出す。
(もうトロッコが動いた)
ゆっくりと、焦らすかのように。
檻を載せたトロッコが動き出した。レナは心のなかで念じた。
返答はなかったが、ラクシャスからアンジに伝わっていた。
『トロッコが動き出しました。管制室は小型宇宙艇内部のようです』
「もうすぐ溶融炉だ。――なんだこりゃ……マグマの湖か」
広大なマグマの湖が広がっている。
『千四百度のマグマ湖を利用した溶融炉です。推定十二平方キロメートルもの広さをもちます』
噂には聞いていたがこれほどの規模とは予想外だった。
眼前には煮えたぎったマグマが広がっている。
「通りで長い通路のはずだ。火山のマグマ地帯を利用した溶融炉。気化したレアメタルを回収するという仕組みだな」
ラクシャスは十キロメートルもの距離がある地下通路を疾走してきた。
煮えたぎるマグマで、目標物を発見する。
『トロッコの最終地点はおよそ十二時。進行方向と推測されます』
「あれだな」
吊り下げられた宇宙艇が視界に入る。
アンジは迷わずラクシャスを溶融炉として使われているマグマ湖上空を飛翔させる。
巨大なマグマ空間は完全に制御されている。失われた技術の一つなのだろう。
「侵入者だ! 防衛部隊は何をしている!」
「ハザーなんかじゃないぞ。溶融炉の上を飛翔している。ありえるのか?」
「モレイヴィア軍が保有するフーサリアだろう。目的はなんだ?」
パニックに陥る科学者たち。
宇宙艇に自衛手段はなく、ラクシャスが宇宙艇に飛び移るまで眺めるしかなかった。