「無理ですよ…… 今の私があのリヴィウと繋がっているか、自分でもあやしいのに!」
「弱音はダメ。リヴィアがはじめたこと。私は協力している。アンジが一人を選ぶとしたらあなただけなのだから。しっかりして」
レナなりの叱咤激励なのだろう。
リヴィウとは別人のリヴィアとしてアンジと再会する。
そのために彼女は十年かけた。レナはずっと傍にいた。くだらないこだわりなどと笑うつもりはない。
その強いこだわりこそリヴィアが抱える心の傷の深さを物語っていた。
「それとね。過去のリヴィウと比較されると今のリヴィアだって辛くなるよ。もう過去の自分に嫉妬しているでしょう?」
「頭で理解はしているんですけどね」
「感情はままならないね」
「私が見た感じ、レナのほうがよほど相性は良さそうです」
それがリヴィアの精一杯の憎まれ口だった。
「うん。レナもそう感じる。でも相性が良いだけではどうしようもないこともあるんだよ」
寂しそうにレナは笑う。
レナのそんな表情はリヴィアもはじめてみた。
「レナはリヴィアも愛している。同じ想いを共有して。ラクシャスに焦がれて。マカイロドゥスは私達の想いそのものでしょう?」
「私もレナを愛しているよ。同じ想いを共有して。——ゾルザを通じて共有までした。あなたに差し出された救いの手がどれだけ大きいものか。私とレナにしか共有できない」
「うん」
「おじさまの依頼を終わらせたら、レナのアドバイス通りアンジと親密になる努力をします」
「サワの修理は私とゾルザに任せて」
レスリックからの依頼はモレイヴィアに伝わるフーサリア【サワ】の点検と修復だった。
喪失した技術では復元できないものも多く、サワもまた予備のフーサリアからパーツ取りをしている状況だ。
「いいのですか?」
「サワ一機と、三機分のフーサリアをばらしたものが使えるかどうか確認するだけ。使えないものならサワ用に新造する」
「わかりました。レナの言葉に甘えます」
リヴィアは力無く、開発室を出て行く。
思うところがあったのか、ゾルザがレナに話し掛ける。
『いつになく厳しかったですね』
「ラクシャスの設計思想がわかったんだもの。リヴィア自体が把握してなければ反映されるはずがない」
『あるじ様がレナに語ったわけではありませんよね。レナはあるじ様がどのような設計思想を持っていると予測したのでしょうか?』
「リヴィウととこまでも旅をすること。リヴィウみたいな人がいたら駆けつけることができること。間に合わないこと、手遅れにならないことを極度に厭った」
『事象が発生してから対応すると往々にして間に合いません。実にあるじ様らしいですね』
何故か自慢げなゾルザ。彼女のあるじは彼女が慕うに相応しい人物だ。
「迷う暇などなかった。能力の有無など考えることもなかった。不器用な生き方だよね。愚直といってもいい。私はその愚直さで救われた。以前は憧れがあったかもしれない。今はとても愛おしい」
『あるじ様はリヴィウのために常にここで整備をされていました。私はすべて記録しております』
「リヴィウがリヴィアだと判明したら双方の心の傷が広がるだけ。協力はする。——生まれ変わるなんて容易なことじゃない。あの子はリヴィウなんだから」
『肯定します』
ゾルザもまた二人の関係を気にしている。アンジにとってリヴィアとリヴィウ、ともに欠かせない人間となっている。
同一人物だと知ったら、彼は周囲を恨むのだろうか。それとも気付かなかった自分を呪うのだろうか。
それは誰にもわからなかった。
その頃、すでにベッドに横たわっていたアンジの傍にすっとリヴィアが寄り添った。
今日はリヴィアとアンジ二人きりの日だ。
「なにかあったのか」
アンジは起きていたらしい。リヴィアを気遣ってくれた。
「起きていたんですか」
「レナとのことか。なんにもないから安心してくれ」
「レナとならあっても構いませんよ」
リヴィアの表情は変わらない。
「なあリヴィア。リヴィウは本当にレナにも、俺の家族になってくれなんて言ったのか?」
「断言できます。その言葉には偽りなどありません。リヴィウは私とレナにそういいました」
「二人の言葉を疑うわけではなかったんだが…… 俺にはリヴィウに可愛い彼女ができて欲しかったんだよな」
「あんなヤツ。放っておいても人間の女性にモテモテですよ」
「そりゃそうだ。要らぬお世話だったな」
アンジが苦笑する。リヴィアなりの自虐なのだが、アンジはあんなヤツという言い方に、リヴィアのリヴィウに対する親愛の情として受け取った。
「心配してくれているんですね。私もリヴィウも」
「そりゃな。そろそろ寝るか」
「なにがあったかは聞かないのですね」
「個人の事情はあるだろうし、立ち入っていい話か俺にはわからないからな」
「無遠慮な人よりよほどいいです」
「俺は無遠慮だぞ。それに隠したいこと、人間には誰だってあるだろう。リヴィウにあったぐらいだ」
「リヴィウが? どんなことです」
「いや…… 本人に怒られそうだから」
「私相手に怒ることはありませんよ。どんなことを隠していたのでしょうか」
いつになく食いついてくるリヴィアに、アンジも思案する。
「そうだな。リヴィウは髪を黒色に染めていたんだよな」
「知っていたんですか?!」
跳ね起きるように上半身を起こしたリヴィウが、呆然とアンジを見下ろす。
アンジは眠そうに片目を瞑った。
「そんなに驚くことか? 知っていた。触れられたくないことだろうと思って聞かなかった」
「……リヴィウはバレていないだろうとばかり思っていましたよ」
「そこまで鈍感じゃない」
リヴィアが枕を抱えてうつ伏せになった。
(鈍感なくせに! もう!)
正直、そこまで気付いていて何故リヴィアに気付かないのか不思議だった。
「本当の髪色は知らない。あれだけの美少年だ。目立つ髪色は避けたかっただろうな」
「アンジと会う前は色々ありましたからね」
できる限り動揺を隠さなければいけない。
リヴィアは必死に冷静さを保とうとする。