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第96話 リヴィア4

「だろうな。それに俺にも似たような経験があってな。リヴィウが肌を晒したくないとか、髪色を変えるとか。気持ちはわかるんだよ。不細工なおっさんにいわれても困るだろうが」

「当時のアンジは青年ですよ。どんなことかお尋ねしてもいいですか?」

「——煌星に移住したときだ。気候が合わなくてな。落ち着くまで投薬治療だったんだ。その影響で白髪交じりの髪色みたいになってな。デブで白髪交じりだから同年からおっさんおっさん言われてイジられたよ」

「投薬で白髪…… 知りませんでした」

「十歳ぐらいか。星の気候に馴染むと落ち着いた。ただまあそんな体験があるからリヴィウの隠したい気持ちはわかるってもんだよ。俺にバレないよう髪染めを買っていたようだし」

「隠し事はあまりしたくないと言っていたんですけどね」


 リヴィアの本音だった。今も隠し事をしている。

 あの時からアンジは知っていたのだ。


「だから最初リヴィアをみたとき、リヴィウだと思ったのかもしれないな。リヴィウは白髪か銀色だと予想していたんだ」

「……そうでしたか」


 気まずいリヴィア。

 アンジが気付いている可能性を頭のなかで巡らせていた。レナのいったとおり、手遅れになるかもしれない。


「本当の髪色はあいつが元気にしている姿を遠目で眺める時に確認するよ。俺はリヴィウに会うことはないし、会う資格もない」


(やっぱり気付いてない!)


 リヴィアは鈍感なアンジに泣き笑いしそうになる。


「もう少しだけ待ってください」

「焦らないさ。俺はここでみんなの機体を整備する。それがリヴィウのためにもなると信じているよ」

「はい」

「そろそろ寝よう。おやすみ」

「おやすみなさい」


 リヴィアも昨夜は遅くまで作業していた。レナとの一件もあり、自然に寝入ってしまう。

 無自覚にアンジの腕にしがみつくような姿勢で寝る。


 アンジは軽く嘆息した。リヴィウが弟ならリヴィアは妹のようなものなのだろうか。

 そうはいっても異性として意識をしているが、仕草までリヴィウそっくりなのだ。


「アンジ…… ずっと…… ずっと一緒……」


 アンジはふと隣にいるリヴィアに視線をやる。

 寝言だったらしい。


「寝言までリヴィウと一緒か」


 リヴィウもアンジの腕にしがみついては寝ていた。

 寝言でよくリヴィアと同じ言葉を口にしていた。


「リヴィアはしがみつく姿勢や表情までリヴィウそっくりだな」


 リヴィウのように安心した表情で眠るリヴィアに、アンジは何もする気は起きない。

 ただ、もう二度と大切な存在を泣かせてはならないと強く決意するのみだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 髪を染められた日は忘れられない。

 リヴィアと同じ廃棄物のヴァルヴァが上半身裸で三人並べられていた。

 狐耳の老女が嘆息する。


「お前たちを売っても二足三門ダートチープにしかならないからねぇ。夕飯一食になるかどうか。——つまり生きているだけ、お前たちのコストがかかるから廃棄物なんだよ」


 彼女たちの価値は土のように安い。

 老女は子供を餓死させるほど残酷でもなかった。


「だからといってあたしだってひとかけらの良心がある。だからお前たちの髪を黒く染めて、今から鞭でぶつんだ」


 鞭でぶたれたあと、背中にミミズ腫れのような打撃痕の痣が残る。みんな悲鳴をあげたくなることを必死に堪えていた。

 その後は彼女たちの目立つ髪を、老女が黒色に染める。


「お前たちは虐待されていた男の子として売る。女の子として売ったら生き地獄になるからねえ。あたしだって女だからそんな真似はしたくない。それに廃棄物だから男だろうが女だろうが大して値段も変わらない」


 老女はささやかな良心のために彼女たちを鞭で打ち、黒髪に染めているのだ。


「誰かが哀れんで買ってくれたらよし。そうでないなら諦めな。自死しろとはいわないけれど、せめて必死で逃げるんだ。あたしゃそれしかいえない」


 廃棄物の少女たちが頷いた。

 この老女は自分に害が及ばない範囲で、ろくでもない結末を迎えるしかない少女たちがほんのわずかに生き残る可能性を与えてくれたことを理解している。


 それからほどなくして廃棄物の少女たちは売られた。リヴィアは残り二人の行方は知らない。

 質の悪い兵士に愛玩用として買われたリヴィアは歯医者に連れていかれて歯を全部抜かれた。その脚で酒場に同行を命じられて奉仕するよう強いられた。

 酷い目に遭いそうになりながらも、運良くツキモリアンジという日系の整備士に助けられて人生は変わった。

 歯がなくてリヴィアは自分の名をうまく言えず、アンジは男性形であるリヴィウだろうと考え、リヴィアはアンジの誤解を利用してリヴィウとなったのだ。


「今日からお尋ね者だからな。町へ行ける機会はそうないが、まず歯医者だ」


 背中の醜い傷痕も丁寧に治療用人工皮膚を貼り付けてくれたが、歯だけはどうしようもない。

 歯を抜いた目的を察したアンジは一瞬激怒したが、すぐに落ち着きを取り戻してリヴィウをヴァルヴァの闇医者に連れていった。


「ふーむ。幸いなことに抜かれた歯はすべて乳歯だったようだな。永久歯を阻害しないタイプの義歯を作ってあげよう」

「すまん。助かる」


 殴打の応急手当はしたが、歯までは彼の手に負えない。


「廃棄物だからといって虐待していいわけではない。あんたはいいことをした。俺だってヴァルヴァだからな。商売だから金は取るが安くしておいてやるよ」


 治療代は相場の二倍程度で済んだらしい。普通なら五倍は取られるところだ。

 二倍といっても法外な価格だが、アンジは貯蓄から治療代を工面して払ってくれた。


「アンジ。ありがとう」


 見ず知らずの自分を助けてくれただけではなく治療までしてくれた。


「いいってことよ。辛かっただろうが、しばらくは一緒に旅しよう」

「ずっと! ずっと一緒がいい!」

「わかった。ずっと一緒だな」


 照れくさそうに恰幅のいい青年が笑った。

 太っているといってもいいレベルだが、不思議と愛嬌がある男だった。


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