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第97話 リヴィア5

 距離感も心地よい。アンジとリヴィウは一緒に風呂にも入った。

 下半身を見られるとまずいので、恥ずかしいと言い張ってタオルを巻いた。アンジも無理にタオルを剥がすようなことはしない。


「恥ずかしいよな。俺も子供の頃、裸を見られるのが嫌だったさ」


 そう理解を示してくれた。

 二週間もするころには、リヴィウはアンジの腕にしがみついて寝るようになっていた。

 その後、下半身だけタオルをして一緒に風呂に入ることが幾度かあったが、アンジは女の子だと疑うことはなかった。


 リヴィウにとってアンジとの共同生活は常に新鮮だった。まずは英語とアルファベッドを教えてもらい、検索用に安物のタブレットを買い与えられた。

 太陽圏連合は地球に連なる英語が基礎となっている。プログラムを含む形式言語やインターネットで使われる主流が英語だったからだ。

 二十一世紀から急速に国際言語という価値のみならず、とくにプログラミング言語は英語ベースで九割以上のシェアを誇ったことに起因する。

 AGIの祖であるAIは深層学習の発展によって急速に進化したからだ。その後太陽圏連合でも英語は実質的な共通語として普及したという歴史がある。


「もうこんな問題までやっているのか。凄いな」

「アンジのおかげだよ!」


 リヴィウは一を聞いて十を知るまで調べ尽くす少年だった。

 知的好奇心が旺盛で、飽くなき探究心でタブレット片手に勉強をし続けた。一ヶ月の共同生活を過ごす頃には、すでに高校レベルの知識を吸収していた。

 つまりアンジより修学の点では上回っていたのだ。


「リヴィウ。勉強は楽しいか?」

「楽しいよ!」

「それは良かった。俺が教えてやれることはもうないからなぁ」


 アンジは目を細める。自分は勉強など嫌いだったが、目を輝かせる少年に話すようなことではない。


「どんなものを学んでいるのかな。——ずいぶんと専門的なものが並んでいるな」

「そうなんだ?」

「クーロン障壁と量子トンネル効果。パウリの排他原理やワイル空間式。湯川中間子理論まで……」


 五、六歳の少年が学ぶものではない。


「湯川って人はアンジの故郷にいた人なんだよね?」

「そうだよ。四つの力のうち強い力を発見した人物だな。その後実証されて量子色学に繋がった、はずだ」


 おそらくもうリヴィウのほうが詳しいだろうが、一応頭の片隅に残っていた知識を活用するアンジ。


「面白いよ!」

「そうか。どんどん学んでくれ」


 そうとしか言えなかった。早めに学校にいれてやりたいと思うアンジだが考え直す。

 ただの学校では駄目だ。専門的に学べる環境が必要ではないかと少し焦る。

 二人にとっては穏やかにも思える日々。

 しかし決して平穏な日常ではなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アンジは太陽圏連合軍煌星支部軍の兵士三人を殺害した罪により指名手配犯となっていた。

 拠点となっている宇宙船の遺構とは三百キロメートル以上は離れている場所にあったが、煌星支部軍は煌星全域に勢力を保っている。

 煌星支部軍の兵士はめざとく見つけては戦闘を仕掛ける。


「アンジ! 十時の方向にハザーが二機!」

「おう!」


 アンジと機体である名前のないフーサリアは即座に交戦状態に入る。街への買い出しでは十回に一回は発見される。少ないようでかなりの頻度だ。

 ライフルを構えたハザーを、アンジの機体は突進して突剣で刺し、装甲内部から破壊する。


「なんだこいつは!」

「欲を掻きすぎたな」


 アンジはそういうと残り一機も突き穿ち、破壊する。


「アンジ。ボクのせいでごめんね」

「お前が謝るな。悪いのは連中さ」


 実際アンジはそう思っている。

 あのままリヴィウを見捨てたら、一生後悔することになっただろう。


「欲を掻くってどういう意味?」

「あいつらは俺に賞金をかけている。このおんぼろ機体を血眼になって探しているのさ」

「そんな……」

「あいつらも食い扶持がないだろう。給料だけじゃ物足りない。俺は刺激的な獲物なのさ」

「欲を掻きすぎだね」

「だろ?」


 アンジは苦笑した。賞金欲しさに命を落としては元も子もないだろうと思っている。

 二人は隠れ家に戻り、ラクシャスの整備を行う。


「この名無しのフーサリアだって時間をかけてスクラップを組み上げたものだ。俺がどこかのエージェントだと勘違いしている可能性はあるな」

「フーサリアってなんなの?」

「地球の中欧が起原でな。機兵としては有翼衝撃重機兵ってヤツに分類される。今はもう再現できない技術で作られている。宇宙船落下地点は厳重に封鎖されているが、俺はその周辺を漁ってこいつを組み立てた」

「名無しって。この機体に名前はないの?」

「ないな。つけるか。——リヴィウを護るために羅刹。そのままだな。少し捻ろう。ラクシャーサ、ラクシャス……ラクシャスにしよう」


 リヴィウのために名付けられた機体。

 顔を輝かせて質問する。


「羅刹って?」

「仏教の護法鬼神だ。本来は悪鬼なんだが、改心して人々を守るようになったのさ。人々を救うんだ」

「格好いい!」

「外連味たっぷりだが…… 俺のやっていることもあいつらにとっては悪鬼の所業かもしれない。ちょうどいいか」

「アンジとこの機体は悪鬼なんかじゃないよ!」

「そうだな。お前を護るための機体だ。今日からな」


 リヴィウとの会話により、アンジはスクラップから組み立てた名前のない愛機をラクシャスと命名した。

 その日、アンジとラクシャスの運命を変える会話があった。


「いつか、ラクシャスにお願いしたいな。ボクたちを救って欲しいって」


 子供がしてはいけないような、遠い目をしていることが気がかりだった。


「ん? どういうことだ?」


 リヴィウのラクシャスを見上げる目は真剣だ。

 仏像という概念を知らないはずなのに、どこか祈りを捧げるような気配がある。


「ヴァルヴァを生産する工場があってね。ボクたちみたいな廃棄物が生まれるんだ。みんなろくな目に遭っていない。だからその工場を停止して、悲惨な運命を迎えるために生まれる廃棄物を無くして欲しいんだ」

「非合法のヴァルヴァ生産工場か」

「うん」

「場所はわかるのか?」

「文字を覚えたらわかったよ。地図でいえばこのあたり」


 リヴィウがタブレットで座標を示す。

 アンジの知る限り宇宙船の落下地点付近であり、侵入禁止区域なので近付く者もいないはずだった。


「こんなところに。ボクたち、か……」

「ごめんね。ボクだけでも手一杯なのに」


 ふと我に返ったリヴィウが慌てて言った。

 これ以上アンジに迷惑をかけるわけにはいかない。


「いいってことさ」


 アンジにとって他人に興味などない人生だがリヴィウと暮らすようになって考え方が大きく変わった。


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