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第98話 リヴィア6

 リヴィウは悲惨な状態だった。

 背中は鞭に打たれた後で醜く腫れ上がり、歯は性的目的のために全部抜かれていた。

 アンジは間一髪間に合った。しかし男の子でも悲惨な末路を迎えていた可能性は高いことを思い知る。

 女の子なら生き地獄だっただろうと想像に難くない。


「ボクたちみたいな廃棄物、か」


 子供が自分のことを廃棄物と言うような世の中が嫌だった。

 太陽圏になって新たな種が生まれても、差別までは根絶できなかったことが不思議でしょうがない。


「リヴィウは寝たか起こさないようにしないとな」


 リヴィウはアンジの腕にしがみついて寝ている。アンジはそっと腕を抜いて考え事をしながらラクシャスの足元に座り込んだ。

 今の煌星は原始的な農業が盛んだったが、巨大宇宙艦が流星群のように降り注いだ地球ではその農業ですら困難になりつつある状況だった。


 アンジの父母は幼いアンジを連れて日本から煌星にやってきたが、苦労の連続であっけなく逝った。

 残されたアンジも生き残ることに必死だったが、死んで当然という境遇ではなかった。


「今まで名前もつけていなかったな相棒。ラクシャスという名だ。受け入れてくれ」


 地球時代に父親から教えてもらった模型という趣味があった。煌星のアフロディーテ大陸は中欧東欧の移住者が多く、その文化を色濃く受け継いでいる。

 アンジたちのように日本からの移住者も少なからずいて多様な文化だった。日本とポーランドはWW2以前から友好的な関係でつながりが深かったという。日本と中欧は嗜好こそ違うが模型文化が盛んという面も共通していた。


 フーサリアの存在を模型で知っていたアンジは、廃品漁りをしていたある日偶然発掘したのだった。リアクターが健在であり、脚と腕さえあれば修理できそうな状態だったのだ。

 戦場跡だったのだろうか、同型機らしいフーサリアのパーツがあちこち点在しており、探知機で丁寧に発掘していき機体を完成させた。


「ラクシャス。俺は戦いたい。お前も手伝ってくれ」


 何気ない独り言のつもりだった。

 ラクシャスから電子音がした。まるでアンジの願いに答えるように。

 偶然とは思えない。遥か昔の高性能機兵だ。思考も可能であれば意志があってもおかしくはない。

 アンジは少し驚いた様子でラクシャスを見上げる。


「お前にも意志があるのか。——決めたぞ」


 そういってアンジは廃品置き場に向かった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


翌日リヴィウと朝食をとり、おもむろにアンジがタブレットを取り出した。


「今日は作戦会議だ。もし言うことを聞けないなら連れていけない」

「いきなり何を言い出すの?」


 リヴィウは目を丸くする。これほど真剣なアンジは珍しい。


「ヴァルヴァの非合法工場を解放するんだ」

「え?」


 思いもよらないアンジの言葉に、リヴィウは息を飲む。


「非常に危険だ。俺のいうことを厳守しろ」

「する!」

「良い子だ。大変危険な作戦だ。二人とも死ぬかもしれない」

「いいよ。一人で生き残りたって仕方ないもの」


 リヴィウならそういうと思ったアンジは、強く首肯した。


「地理的に考えてみた。闇工場の兵力は少ないはずだ。目立ちたくないからな」

「うん。兵士の姿はそれほど多くなかった記憶がある」

「まずは現地で場所の確認。次に事前の策だ。俺達が失敗しても、子供たちが助かるように。お前の力が必要だ」

「なんでもやるよ!」

「頼むぞ。俺達が工場を制圧しても、数が足りない。また子供が多い場合は俺達二人ではどうしようもない。わかるな?」

「うん。だから無理だと思っていた」

「そこは公権力を利用しよう。世の中善人もいる。幸いこの地域はモレイヴィア国のヴィーザル領に近い。ヴィーザル領はヴァルヴァが統治している公国でヴァルヴァ保護にも熱心だ」

「その人たちなら助けを求めても大丈夫そうだね」

「そこでだ。リヴィウ。お前の任務はヴィーザル家の憲兵に助けを求めることだ。現地を確認した上で、手紙に詳細を書いてお前が渡すんだ。その間に俺が工場に乗り込む」

「一緒じゃないの?」

「一緒じゃない。お前次第だ。お前がうまくヴィーザルの兵士に嘆願できれば、彼らは援軍を出してくれるかもしれない。そうでないなら俺は一人で戦うことになる。二人一緒にいくよりよほど生存率が高まるんだ」


 アンジはヴィーザル家の評判を知っている。

 老公爵は義侠心に篤い男であり、ヴァルヴァ保護にも積極的だ。


「やれないなら置いていく。二人死ぬ必要はない。俺だって死にたくはないが、俺が生き残るための作戦でもある」

「やる。アンジを助けてもらうようにお願いする!」


 リヴィウにとって責任重大な任務だ。

 感情的になってラクシャスに乗り込んでも二人で死ぬだけなら、援軍を呼んだほうがいいだろう。


「その意気だ。うまく援軍を呼んでくれ。万が一俺が失敗しても、ヴィーザル家がなんとかしてくれるかもしれない」

「失敗させないよ」

「死ぬまで戦うわけじゃない。危なくなったら逃げるさ」

「約束してね?」

「ああ。約束だ」


 アンジとしても生き残る方策だ。

 リヴィウのためにも死ぬ気はない。


「でもどうして公権力というならモレイヴィア軍じゃないのかな」


 モレイヴィア軍は強力な軍事力を保有している。大統領のレスリックはヴァルヴァで、ヴァルヴァと人間の宥和政策を推進している。


「モレイヴィア軍だと組織が大きすぎてプロセスが複雑になるんだ。受け取った人間かその上司が吟味して、さらに上の責任者へ報告。検討。調査って具合にな」

「意志決定までに時間がかかりすぎるんだね!」

「そういうことだ。その点ヴィーザル家ならヴィーザル公の保有する軍隊だからな。そちらに賭けたい」

「うん!」


 アンジも本来公権力とは程遠い立場だが、ヴァルヴァの保護を熱心にしているヴィーザル家なら動いてくれる可能性は高い。

 モレイヴィア国軍も評判は良いが、大きな組織ほど意志決定に時間がかかる。この戦闘にはまず間に合わないだろう。

 明確な判断基準があると知り、リヴィウも不満はなくなった。


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