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第107話 リヴィア15

「降りるぞ。リヴィウ」

「いやだよ。降りたくないよ」


 嫌な予感しかしない。


「しょうがないな」


 アンジは強引にリヴィウを抱えると、ラクシャスのコックピットから降りた。

 モレイヴィア軍の兵士が大量に整列していた。銃を所持しているが、構えてはいない。


「解放者ラクシャスのパイロットですね」

「ツキモリアンジだ。この少年を頼む。俺が誘拐した」

「何をいっているんだよ!」


 ヴァルヴァの女性兵士がリヴィウの身柄を確保する。


「解放者ラクシャスのパイロットであるアンジ。大量殺人及び幼児誘拐の罪で逮捕する」

「抵抗はしない」


 アンジは両手に手錠をかけられた。


「待って! なんで? アンジ! 幼児誘拐だってありえないよ! ボクは人じゃない。廃棄物だから! モノ扱いでいいんだよ!」

「お願い。そんなことをいわないでリヴィウ。あなたがだからこそアンジは誘拐といったの」


 涙目をこらえながら懇願するヴァルヴァの女性兵士。


「いやだ! アンジと別れるぐらいならモノでいい! ボクはアンジの所有物なんだ!」

「ダメよリヴィウ。あなたのその言葉はアンジを傷つけるから…… アンジはあなたのために、投降したのだから……」


 周囲は完全に沈黙していた。

 おそらく兵士たちもアンジをこのような形で迎えたくなかったのだろう。

 しかし幼いリヴィウは兵士たちの心情を理解することはできなかった。


「アンジ。お願い。今なら兵隊さんたちも見逃してくれるはずだよ……」


 髭面の将校が渋面を隠そうともしない。

 リヴィウのいう通り、アンジさえその気なら見逃すつもりはあったのだ。


「少年はこういっておられるが、どうかなアンジ殿。考え直してみては」


 リヴィウは期待を込めてアンジの顔を見つめる。


「いや、いい。二度手間になっても面倒だ」

「了解いたしました」

「アンジ! 嘘だ!」


少年は暴れる。ヴァルヴァの女兵士が驚くほど力が強かったが、成人のヴァルヴァには敵わない。


「ずっと一緒だと言ったじゃないか!」

「すまない」


 アンジは振り絞るような声を絞り出して謝罪した。


「嘘つき! アンジは嘘つきだ!」


 アンジは俯いて答えない。


「ねえ? 怒ってよ! 嘘つきじゃないって! どうして俯くのさ!」

「リヴィウ。行きましょう」


 女兵士がリヴィウに移動を促すが、全力で抵抗する。


「離して! アンジ!」

「さよならだ。リヴィウ。達者でな」


 アンジは死をも覚悟していると悟ったリヴィウは、大粒の涙を瞳に湛えた。


「うわーん!」


 号泣の涙をこぼして取り乱すリヴィウに、別の女性兵士が駆け寄って抑える。


「アンジ! アンジィ! やだよぅ! ぼくも一緒に行くよぅ!」

「ダメなの。あなたは一緒の場所にはいけないの」

「いやだ! いやだ!」


 リヴィウにとってアンジはすべてだった。

 アンジと出会って、人生が始まったのだ。アンジのいない未来など、死と同義だ。


「リヴィウ…… すまない……」

「アンジなんか……! アンジなんか……!」


 リヴィウは嗚咽で言葉にならない。


「——大嫌い!」


 叫んだ瞬間、リヴィウは息を飲んだ。

 アンジの顔が泣き顔でくしゃくしゃになって、絶望に染まっていた。


 少年に深い絶望を与えたことを、心から後悔していた。

 しかしどんな言葉をかけようが、いいわけにしかならない。無言を貫き、髭の士官はアンジを促して連れていく。


「——」


 待って、と言おうとした時には、アンジはすでに連行されていった。

 大嫌いなんて言うつもりなどなかった。こんな別れ方が嫌だった。


 両肘をついて地面に伏したままリヴィウは号泣した。

 女性兵士たちは痛ましい視線を送りながら、泣き止むまで待ち続けた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 リヴィウは軍に保護された。

 上層部の命令でリヴィウは丁重に扱われていたが、食事さえ摂らず餓死を望んでいるかのようだ。

 優しい女性兵士が根気よく食事を摂るよう説得したが、頑ななリヴィウは決して食事を口に運ぶことはなかった。


 そのうちリヴィウは強制的に眠らされ、栄養剤を点滴されるようになった。

 完全に心を閉ざしているリヴィウに訪問客が現れた。

 虚ろな瞳で窓を見ているリヴィウ。病室に入った女性は珍しい龍似ドラコライクの、若い女性だった。


「私と話そうじゃないか。リヴィウ少年。私はリヘザだ。よろしくな」


 答えることもしないリヴィウ。


「会話する気がないか。ではこうしよう。君が質問するならツキモリアンジの現状を話そう。拒否するなら——そうだな。君が少年ではなく少女だったとアンジに伝える」


 我に返ったリヴィウが、大声をあげる。

 寝ている間に着替えも済ませてあった。女だとばれているだろう。


「やめて! お願い! それだけは!」

「なあに。脅すわけではない。私と話をしてくれるだけでいいんだ」

「脅しだよ…… ボクのような廃棄物と話して何がしたいの?」

「それはもちろんアンジ殿に君を頼まれたからさ。直接ではないけどね」

「……どういうこと?」

「私と話す気になったかな。会話する気があるならアンジ殿の状況も説明しよう」

「……会話します。アンジのことを教えてください」


 リヴィウは渋々と答える。


「アンジ殿は逃亡生活に限界がきていた。とくに煌星支部軍に目を付けられていたからね。ラクシャスも稼働の限界がきていた」

「はい」


 別れた日のラクシャスの姿を思い出す。応急修理されていたものの、激戦をくぐりぬけて帰投したのだろう。両腕部と両脚部まで交換されていたのだ。


「煌星支部軍はモレイヴィア国にもアンジ殿を引き渡すか殺害するように要求していた」

「なんだって……」

「彼は殺しすぎたんだよ。だから自分が殺される前にモレイヴィア国に司法取引を申し出た。自分を煌星支部軍の兵士を大量虐殺した罪と、幼児誘拐をした罪で逮捕するようにと」

「なんでそこで幼児誘拐なんて言葉がでてくるの?」


 リヴィウはリヘザを睨み付けるように投げかけた。

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