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第106話 リヴィア14

二人が出会って三度目の昼が訪れる。

 アンジの出撃回数は以前より若干少なくなっている。太陽圏連合煌星支部軍の捜索が激しくなっていた。

 わずか一年足らずで十箇所以上ものヴァルヴァ非合法生産工場がアンジによって解放され、摘発されていた。

 アンジはヴァルヴァの多いモレイヴィア国で英雄扱いだったが、名声が高まるほど煌星支部軍からの賞金も高まっていた。


 アンジと一緒にラクシャスを整備していたリヴィウは異変に気付く。


「アンジ。ラクシャスの肩関節のジョイントに異常がある」

「戦闘が激しかったからな。腕部を交換しても、胴体へのダメージは蓄積しているか」

「まだ同型機の胴体予備はあるから部品はあるけど…… 解放は少し控えめにして、数年大人しくするのはどうだろう」

「数年、か」


 アンジは考え込む。

 その頃にはアンジ自身が生きてはいないと考えていたのだ。

 リヴィウをどうするか。それだけが心残りだ。


「考えておくよ」

「うん」


 リヴィウも口論は避けたい。

 アンジがリヴィウを最優先に考えてくれていることは知っている。

 むしろもっと自分を大事にして欲しい。


(アンジ。死ぬときは一緒だからね)


 リヴィウの決意は変わらない。

 廃品回収を生業にしていた整備士くずれの青年と、廃棄物と呼ばれた子供。

 世界は彼らがいなくても回っていく。


 しかし当のアンジがそう思っていないことを、リヴィウは知る由もなかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 二人が出会って三度目の夜がきた。

 アンジの出撃回数は半分以下に減り、リヴィウとの時間に割いていた。

 リヴィウは素直に喜び、アンジもそんなリヴィウを見て満足感を覚えていた。


 ある日のこと。

 アンジは妙に疲れ果てていた。ラクシャスから降りると、椅子に座り込む。


「リヴィウ…… いや。すまん。やっぱり俺がやろう」


 無理をして立ち上がろうとするアンジを、慌てて制止するリヴィウ。


「アンジ? どうしたの? 休んで!」

「整備と調整を頼みたかったんだが、妙に疲れていてな…… 部品の交換などはないはずなんだ」

「ボクがやるよ。きっちり調整してみせる」

「ラクシャスを頼んでいいか? 俺は少し横になるよ」

「うん!」


 アンジにラクシャスを頼まれ、リヴィウは念入りに整備の確認を行った。


「完璧じゃないか。むしろここまで整備しているなんて珍しいな……」


 この時リヴィウは異変に気付くべきだった。後々まで後悔することになる、ほんの少しの違和感。

 リヴィウが多少手を入れると、ラクシャスは万全な状態になる。いや、それ以上だ。調整がしやすくなっている分、性能の底上げスープアップも容易だ。

 アンジに任されたので、気合いをいれてラクシャスの性能を最適化して性能の底上げを試みる。新しい腕部と脚部のせいか、反応速度や運動性が大きく上がった。


「これでよし!」


 リヴィウは満足げな表情を浮かべラクシャスを見上げる。

 特殊な兵装は装備していない。いつもの突剣と盾、ウイングスラスターのみだ。


「疲れただろうリヴィウ。ほら、これを飲んで」

「ありがとう!」


 差し出されたホットミルクを飲み干す。いつもより甘味が強いと感じ、一気に飲み干した。


「俺も今日は早く寝る。ゆっくり休んでくれ」

「うん……」


 集中して疲れ果てたリヴィウはいつものようにアンジの腕にしがみついて眠った。


「良い仕事をしてくれた。これで生きて帰る確率もあがったかな」


 アンジが小声で呟いていたことを知らずに。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 リヴィウは夢の中で、何もない場所に立っていた。

 そのリヴィウを、巨大な影が覆う。


「ラクシャス……!」


 整備したはずのラクシャスは、残骸のような状態になっていた。

 胸部装甲が剥がれ落ちている。残っている装甲には修復不可能なほどの亀裂が入っていた。

 腕と脚は、応急処置したかのような、程度の悪い部品に換装されていた。


「なんで? 昨日、あんなに万全な状態にしたのに」

『あなたのおかげで搭乗者は生還しました。当機は活動限界を迎え、これでお別れです』


 巨大な影が片膝をついてリヴィウに話し掛ける。


「やだよ! アンジとラクシャスとボクはずっと一緒なんだ!」

『搭乗者の願いもそうでした。しかしそうもいかなくなったのです。今のあなたには理解できないでしょう』

「理解できないよ! なんでそんなことをいうの?」

『搭乗者はあなたの幸福を願っています』

「待って! アンジもラクシャスもいない人生なんて意味ないよ!」

『生きている限り意味はあるのです。リヴィア。あなたは決して廃棄物などではないことを自覚してください』


 巨大な影が薄れていく。


「やだよ! いかないでラクシャス!」

『良き人生を』

「待ってラクシャス!」


 ラクシャスの姿が見えなくなった。


「ラクシャス!」


 リヴィウが叫びながら目を覚ました。


「起きたかリヴィウ」


 リヴィウが呆然として左右を見回す。ラクシャスのコックピットだった。いつものように後部座席にいる。

 寝ているリヴィウをアンジが抱えて後部座席に乗せたのだろう。たまにあることなのでこれ自体は不思議ではなかった。

 異変に気付く。あちこちにアラームが鳴り響いているのだ。


「アンジ! 大変! ラクシャスが……!」

「いいんだリヴィウ。ラクシャスはもういいんだ」

「え? 何を言っているの? 頭部センサーに異常、リアクターが停止状態。今は予備超電導バッテリーで動いているだけだよ…… はやくリアクターを修正しないと」

「手脚頭部は無事だろう? 問題ない」


 この時のリヴィウは知らなかった。

 アンジが帰投後、すぐに四肢の部品を換装していたことに。


「レーダーに機影があるよ! 囲まれている!」

「安心しろ。味方だ。三機だな」

「うん…… どうしたの? どうしてこんな状態なの?」


 アンジはリヴィウの問いに答えなかった。

 まったくの無表情を貫いている。


「アンジ……」


 昨日に限ってリヴィウが深い眠りについたことも疑わしい。寝ている間に大変なことが起きていると悟った。


「到着だ」


 ラクシャスのメインカメラには明らかに異常がある。

 そのカメラが捉えた光景は、モレイヴィア軍のハザーだった。

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