目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第105話 リヴィア13

「アンジ。戦闘が激しくなっている。ボクも整備を手伝いたい」


 僻地の町からの救難信号が増えている。アンジは迷わず駆けつけるのだが、リヴィウも心配になるほどの頻度だった。


「おう。頼む」

「リアクターの調整とかしたいんだけど…… ダメかな?」


 六歳ぐらいの子供に機兵の核融合炉を任せる者はいないだろう。

 しかしアンジはリヴィウの非凡な才能を知っている。


「いや。どんどんやってくれ。制御系に数値の不備があったら見て欲しい」

「任せて!」


 リヴィウの手によるリアクターや挙動の制御プログラムの修正によって、ラクシャスの性能は二割増し程度になった。

 アンジは思わず舌を巻く。


(ちゃんとした学校に入れてやりたいな。俺と一緒にくすぶっていいような才能じゃない)


 すべてはアンジに褒めてもらいたいための努力であり、成果だったのだがまだ二十歳であるアンジにはそんな少年の心遣いはわからなかった。


「ラクシャスが強くなればずっとアンジと一緒にいられるね」


 無邪気に笑うリヴィウの笑顔に、アンジの心が痛む。

 危険な目に遭わせていいわけではない。


「そうだな」


 そうはいうものの本格的にリヴィウの将来のため、アンジに何ができるか考え始めた時期でもあった。


 二回目の夜が来る頃、多くの事件が起きた。

 戦場で助けた少女が後のヴァレリアであったこと。

 リヴィウがぐっすり眠っている頃、アンジが一人でヴィーザル家の救援に向かったことを当時知らなかったこと。

 その後、リアダンたちを一緒に救出したあと、リヴィウはリアダンと数日一緒に暮らしていた。

 その間、アンジは危険なマグマ湖を利用した溶融炉でレナを救出していた。


「解放者ラクシャスの名も有名になっちゃったね」


 少年は喜ぶ。自慢のアンジであり、ラクシャスだ。


解放者メサイアか。そんな大げさなものではない。恐れ多いよ」

「そんな言葉なんだ。本来地球にあった宗教名にもなった人なんだよね」

「勉強しているな。信仰は心の拠り所だからな。煌星にそんな言葉が残っていたこと自体が驚きだ。それらの宗教は地球に深く根付いている」

「そうなの? そういえばあまり信仰している人たちを聞いたことがないね。アンジみたいな日本から来た人たちも違う」

「AGIが人間を管理していた時代の影響なんだろう。あくまでモチーフとはいえ多神教だからな。地球を管理していたAGIは御使い、いわゆる天使をモチーフにしていたんだ。火星の事情はよくわからん」


 人類の生存域は地球を中心に、火星と煌星の三大惑星が主だった。木星の衛星にも多くの拠点があったが、太陽圏戦争と【審判の日】によって絶滅寸前にまで追いやられた。


「地球も辛かったんだよね。ごめんね。変なことを言って」


 アンジの両親は煌星移住後、数年後に亡くなっている。アンジ自身も地球時代のことはほとんど覚えていない。

 地球は氷期が訪れ、人類の生存域は限られている状態だという。


「地球から煌星に移住できて良かったと思っているよ」

「アンジが煌星にいてくれて良かった。これからもずっと一緒」

「そうだな」


 リヴィウは心からそう思っている。

 アンジが死ぬときは一緒だと決めているが、そんなことを彼に話すと本当に置いていかれてしまう。決して口には出せなかった。

 だから、当時のリヴィウはひたすらに。

 ずっと一緒としか言わなかった。

 しかし強い想いは口に出る。

 アンジの腕にしがみつくように眠るリヴィウはよく同じ寝言を口にするようになった。


「アンジ…… ずっと…… ずっと一緒……」

「寝言か。ああ、ずっと一緒だ。そうだといいな」


 リヴィウを見守るアンジの瞳は優しい。

 ずっとどころか、アンジ自身が一年後に生きているかさえわかっていないのだ。


 ヴァルヴァの生産工場を解放しなくても戦闘は続く。煌星支部軍の横暴に助けを求める人々はたくさんいた。

 アンジは可能な限り、現場に急行して救援のため戦闘を行っている。

 リヴィウはアンジとラクシャスに限界がきていることを肌で実感していた。

 換装した部品は調整しても限界がある。装甲も応急処置が増えてきた。それだけラクシャスの被弾が増えているということだ。


(……アンジ。もう無理に解放しないで。ボクとずっと傍にいて)


 リヴィウの思いは悲痛なほどになっていた。

 彼が寝ないとアンジは整備しない。しかし寝ると、その時間を利用して出撃して翌日には何事もなかったかのように振る舞う。


「ねえ。昨日出撃した?」

「俺はずっとここにいたぞ。ラクシャスが話してくれたら、証明してくれるんだろうが。心配するな」


 そういってアンジは誤魔化した。

 リヴィウは寝るとき、ラクシャスに呼びかけた。


(ねえラクシャス。アンジは本当に無理していないのかな)


 その日、自分でも驚くほど早く眠りに落ちた。


(アンジは常に貴方のために最善を尽くします。当機もです)

(また会えた! あなたはラクシャスだね!)


 夢のなかでリヴィウは対話している相手の姿こそ見えないが、ラクシャスだと知覚する。


(搭乗者が為すべきことは正しいこと。あなたの願いから生まれた原動力ではありますが、人々を救うのです)

(そうだよ。ボクが願ってしまった。どうしたらいいの?)

(リヴィア。あなたの為したいがままに。当機は機械であり道具。搭乗者の意に応えることこそが存在意義)


 遠のく気配。ラクシャスが離れようとしている。

 精霊さんもそうだが、ラクシャスはリヴィウの本名を知っている。


(待って! ラクシャス!)


 目が覚めたリヴィウは、格納庫にあるラクシャスをじっと見つめた。


「どうしたリヴィウ」


 この日はリヴィウが心配するような戦場には出撃していない。


「あのね。ラクシャスって話せるのかなって」

「話したことはあるだろう。話せるぞ」

「ごめん。そうじゃなくて。魂とか心とかあるのかなって」

「俺はあると思っているけどな。リヴィウだって一回怒られただろう」

「うん…… 本当にあるよね。確か精霊さんはラクシャスを心無き者と呼んでいた気がする。心がなくて、意志がある。そんな感じだった」

「——哲学的な問いだな。心の証明は地球、遥か古代から続くテーマだ」


 アンジにとっても重要な話だ。真剣に考える。


「兵器であるラクシャスには心があってはいけないんだろうな。しかし間違いなく意志はある。精霊さんの意見に俺も賛成だ」

「そうだよね」

「朝飯を食べて出撃だ。準備しとけよ」

「うん!」


 最近のリヴィウも気付いている。

 アンジがリヴィウを連れていく戦場は事前に決めてある戦場で、かつ危険度が少ないもの。

 危険度が高い戦場についてはアンジから確認してくるが、リヴィウが頑なに拒否するので最近は尋ねずとも一緒に行くことが前提になっていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?